第5話 温かさと冷たさと闇

 退院し、軍という呪縛から解放されたルアの心境は暗いながらも晴れ晴れとしていた。

 退役の褒賞と軽い攘夷手当てをもらい、当分の生活には困らない金額もある。


 暫くは自由に生きよう。ルアはそう心に決めた。


 少し行ったところに市場があることを確認したルアは最寄りのリニアステーションへ足を運んだ。

 切符の買い方が分からず、券売機の前で挙動不審になっていると、駅員が買い方を教えてくれた。


「お嬢ちゃん、切符の買い方を知らないなんてよっぽどの田舎から来たんだねぇ。」


 年配の駅員はそう言う。確かに軍から支給されたヨレヨレの貧乏臭い服など、今時の女子は着ないだろう。田舎娘に見えても仕方がない。


 ホームに入り、列車を待つ。しばらくするとシュンシュンと風を切る音と共にリニアが入線した。

 自分の切符と席の番号を見比べ、その二つが一致した席に座る。僅か5分ほどでリニアは駅を後にした。

 とても静かな車内では、その日のニュースを告げるアナウンサーの声が響き渡る。

 今日の天気。政治や経済。芸能スキャンダル。季節のトレンド。そして、戦況報告。


 華々しい戦果が気持ちよく耳の中に入ってくる。我が軍の損害は軽微であり、ハナビエ教とアルザーに対して大打撃を与えたと。

 内地で暮らしている人達の何割がこの内容を信じているのだろうか。ただの露骨なプロパガンダだ。

 そして最後にはお決まりの戦死者追悼。モニターには50人程の兵士の名前が並び、約一分間の黙祷が捧げられた。こんなのが毎日流れれば気も滅入る。


「なんで存在しない奴らに祈らなきゃいけないんだ…。」


 戦場で戦った兵士たちは知っている。今名前が並んだ人間は存在しないということを。

 遺族たちに親族はまだ生きていると希望を持たせていると言えば聞こえはいいが、実際はただの水増しである。軍は上へ報告する残りの人員をちょろまかしたいだけなのだ。

 だから軍に入れば死ぬことは絶対にない。だが、生きてもいない。


「こんなんじゃ、誰もうかばれない…。」


 ルアは小さく呟いた。


 

 リニアを降り、街へ着いたルアはその光景を見て唖然とした。

 街中には浮浪者が蔓延り、手の行き届いていない公共施設では不良たちが何やら怪しげな煙を吸っている。野良犬はゴミを漁り、痩せこけた子供は少ない体力を泣くことに費やす。悪臭に包まれた街には生気を感じることができなかった。


「酷い……。」


 それしか言葉が見つからなかった。華々しい生活を送れるのなんて上位層の数パーセントの人間だけなのだと思い知らされる。


 少し歩いてもあるのはゴミとこの世を諦めた目をする人ばかり。警察や軍の治安維持部隊は何をしているのかと問いたくなるほどの有様である。


 こんな所に長居はできないと感じ取り、ルアはもう一度切符を買うために財布を取り出そうとした。


「…あれっ⁉︎無い…、無い無い無い無い無い‼︎」


 身体中どこを探しても財布はない。落としたか、あるいは、一瞬の隙をつかれて盗られてしまったか。


「どうしよう…、あの中のカードに全財産入ってるのに…。」


 ルアは急いで持っている端末でカード会社へ使用一時停止を申請しようとする。

 しかし、その瞬間背後から何者かに頭に袋を被せられ、パニックになり動けなくなったルアは、路地裏へと引き摺り込まれてしまった。


 何が起こったかわからない。恐怖で体が硬直しているルアを尻目に攫った本人は何やら話している。声から約三人、中年の男のようだと分かった。


 頭の袋を外されると、目の前には二十歳は歳が離れているであろう男三人が鼻息を荒くしてルアを見ている。


「お嬢ちゃん…、だめじゃないかぁ、女の子一人でこんな所にきちゃぁ…。」


 そう言うと男の一人がルアの体を弄ってきた。

 一瞬何をされたかわからないルアだったが、即座に状況を理解し、男たちに最大限の拒否反応を見せる。


「嫌っ、嫌っ‼︎やめて‼︎触らないで‼︎気持ち悪い‼︎」

「こんな所に一人でいると、こういうことになっちゃうんだよぉ。」


 セレマを発動しようとしたが、うまく能力が使えない。あの時の反動がまだ完治していないのか。もしくは男の中の誰かが相手のセレマを抑える能力を持っているのか。


 気色の悪い笑みを浮かべながら、今度は服を破いてきた。胸が露わになり男たちは低い歓声を上げた。

 ルアは体をジタバタと動かし抵抗するが、頭を地面に押さえつけられ、口を手で塞がれ、声が出せなくなってしまった。


 すると、男の一人がズボンのファスナーをおもむろに開け始めた。

 ルアは恐怖で体と心が折れかけていた。そんな中、男の行動を見て最後の力を振り絞って抵抗した。


「んんんんんんンンンンンンンン‼︎‼︎‼︎」


 足と手をとにかく動かし、男たちの拘束から逃れようとしたが、その両方を抑えられ完全に動けなくなってしまった。もう終わりだと思い、涙が溢れてくる。

 男は自らの陰部を出し、ルアに襲い掛かろうとした。


「ンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

「それじゃあ、一番槍。いただきま…。」


 

 パンッ



 路地裏に軽い拳銃の音が響く。次に聞こえたのはルアに襲い掛かろうとした男が倒れる音だった。

 皆の視線が拳銃の音がした場所へと向く。そこには白髪の七十歳くらいであろう老人が片手で拳銃を構えていた。

 男たちは命の危険を感じ取り、ルアをほっぽり出して一目散に逃げようとする。

 老人はそのまま片目でサイトを覗き、二発撃つ。その二発は確実に男二人の脳天を貫き、合計三つの屍を作り出した。


 老人はゆっくりと歩き出し、ルアに近寄る。自分の着ているコートを脱ぎ、しゃがみ込むとルアにコートをかけてあげた。そのコートからは少しタバコの匂いがした。


「もう大丈夫だ。立てるかい?お嬢さん。」


 その言葉を聞き、もう安心していいと理解したルアの顔からは涙が流れた。えずきながら老人の胸へ体を預ける。

 

「うわぁぁぁぁあああんん…‼︎。」

「もう大丈夫、大丈夫だから。」


 優しく言葉をかけ、ポンポンと背中をゆすってくれる。その光景は泣きじゃくる孫をあやす祖父の姿のようだった。

 ルアはぎゅっと老人の服を掴み、そのまま眠ってしまった。睡眠というよりは意識を失ってしまったと表現する方が近い。


 そんなルアを老人は優しく負ぶり、ある建物の中に入っていった。

 ルアが目覚めたのは次の日の朝だった。

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