第4話 執着
「彼女、精神病棟に移されたみたいですよ。」
サリルが基地の食堂で朝食を食べながらヒイラに話しかける。
食堂には二人しか居なく、他の者はまだ起きていないようだった。
ヒイラは朝食のレーションを口に頬張り、コーヒーで流し込んだ。
「そっか。まぁ彼女、少し心が弱い傾向にあったからなぁ。」
「どうしますか?ハナチを連れて行ってカウンセリングを受けさせますか?」
「いや、私たちが直接出向こう。一度面識のある方が話しやすいだろうし、彼女にもう一度会って見定めたい。」
そう言うと朝食の乗っていたプレートを片付け、コーヒーの入っていたマグカップを洗い始めた。
「いつも他人任せなのに珍しい。」
「うるせー。リニアを手配してあるから一時間後には出るぞ。」
「了解。」
サリルと皮肉を交わし、洗ったカップをラックの上に片付けた。水が滴り落ち、弾け飛んだ。
ルアは精神的に限界に近くなっていた。ベルトなどの拘束具は解かれたが、何もできない状況で自分の過去を嫌でも掘り返してしまい、自己嫌悪の渦の中に溺れていた。
頭をかきむしり、何度もリストカットなどの自傷行為を試みたが出来なかった。そんな自分に腹が立つ。
何もする気力が湧かず、ただ数日何の変哲もない空を見つめる日々が続いた。
そんな時、病室のドアをノックする音が小さく響いた。
「やぁ、体調はどうかな?」
生気の無い瞳に映ったのは能天気な口調で話す男とそれを怪訝そうな表情で見る女だった。
「少佐殿、中尉殿…。」
「まぁ、楽にして。今は階級のことなんて気にしないでいこう。あと、これ見舞いの品ね。」
そう言うと一つの袋をルアに差し出した。中を除いてみると中にはりんごやブドウなどの果物が入っていた。
「あの、ありがとうございます。果物なんて見たの久しぶりです。」
「今では高級品になっちゃったからね。じゃあ、ここからは仕事の話をしよう。」
そう言うと一気に部屋の空気がピリついた。ヒイラは膝に手をつき、神妙な顔つきになる。ルアも反射的に体が固まってしまった。
「単刀直入に聞こう。君はこの後も軍に所属して戦い続けることができるのか?」
それはルアの核心をついた言葉だった。
「君には軍を抜けて一般人として人生を過ごすという道もある。」
「……。」
ルアは何も言葉を発することが出来ず、俯いたままだった。
「若者の半数以上が軍に身を寄せるこのご時世だし、今より生活は厳しくなると思うけど、君のことを思うと一般人として生きた方が良いと俺は思う。」
淡々と自論を展開していくヒイラの口調には迷いがなかった。
「もちろんこちらからのバックアップも準備する。悪くない話だとは思うんだが。」
そうルアに問いかけると、俯いたままだった顔が少し上がり、言葉を発し始めた。
「私は、今回の件で大切な人達を失いました。もう私には生きている理由が分かりません。私はこれからどうなってもいい。出来れば早く死ぬためにまだ軍にいたい…。」
か細く、今にも消えそうな声でルアは話した。目には生気が宿っておらず、彩りがない。もう全てを終わらせたいと願っているような顔だった。
「君の願いを半分叶えて半分叶えられない方法が一つある。」
少し間を置き、ヒイラは一つの提案をした。
「ウチの隊に来い。」
その一言を聞いた瞬間、ルアはパッと顔を上げ、驚きを表情で隠せなかった。
サリルはなんとなく雰囲気で分かっていたようで、軽くため息をついた。
「死に場所はウチの隊に入って戦って見つければいい。生きていく理由もウチで見つければいい。それが自分の中で見つかるまでは、俺たちが君を守る盾となり、矛となる。」
空間は静寂に包まれ、窓から入った風の音が提案者と回答者の間を切る。その間はとても広くありながら、じりじりと幅を狭めていく。
「理由がどうあれ、私は君に生きてほしいんだ。一方的な願望ですまないが…。」
ルアはその言葉に対して震えた声で問う。
「私は…、私なんかが生きていても良いんですか?仲間を見捨て、自分の義務を放棄し、自ら死にたいと願ったこんな私が…、生きていても良いんですか?」
目は涙の膜を作り、美しく煌めいている。その姿は懺悔しに来た熱心な信者のようだった。
「でも、ダメです。ダメなんです…。」
ルアは泣きそうな声で呟いた。ルアは自己嫌悪の渦から抜け出せていなかった。そんな彼女には今すぐ軍に復帰することはできない。
ヒイラはやはりかという顔で頷き、理由は問わなかった。
「……分かった。こちらとしても残念だが君の意見を尊重しよう。退役の手続きはこちらでしておくからあと数日は傷を癒してくれ。」
重い腰を上げ、ヒイラはその場で立ち上がる。その後をサリルが一定の間隔を空けてついてゆく。
病室の扉の前に立つと二人は深々と頭を下げた。そして、義手の右手を額の前に持っていきこう言った。
「貴官の従軍に最大限の感謝を示す。」
そう言うと病室を後にし、リニアステーションまでのチャーター車に乗り込んだ。
無人運転の車の中で二人は向き合うかたちで座り、ずっと窓の外を眺めている。
「珍しいですね、引き止めないなんて。」
サリルは何か言葉を含んだように言った。
「彼女は必ず戻ってくる。戻ってこなくても軍に戻らせる。彼女はウチの隊に必要な人材だ。」
目をきらめかし、窓からサリルへと視線を向けたヒイラはそう答えた。
「彼女の軍登録はすぐに復籍できるようにしておいてくれ。」
そう言うと、クリミアは腕を組み瞳を閉じた。
「貴方はかつての仲間に執着しすぎです…。」
サリルはルアのいた病院の方を見つめ、気の毒そうな視線を向けた。
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