第2話 目覚め

「おっ、目が開いた。隊長、目覚めましたよ!」


 目を開けると真っ先に茶髪の女性の顔が飛び込んできた。その女性はルアが目覚めたことを確認するとそそくさと部屋を出ていった。

 ルアは自分の体の方へ目をやってみせると、自分が軍服ではなく白い病衣を纏って横たわっていることに気づく。

 まだ意識もハッキリしない。頭がぼーっとして何か考えているようで何も考えられない時間がしばらく続く。


 私は何故ここに?

 サーヤやキンハ達はどこにいるんだろう?

 私のサラクは?

 昨日何食べたっけ?


 と、ルアが脳内に大量の疑問符を浮かべていると、ドアを軽くノックする音が聞こえた。


「失礼するよ。」


 ルアの返答を待たずに白髪の男性が入ってくる。女性の方は軽く笑みを浮かべていたが男性は疲れ切ったような表情を浮かべる。

 二人はルアのベッドの隣にあるソファーに腰掛けると口を開いた。


「まずは自己紹介からかな。私は共同陸軍特別独立試験機動部隊少佐のヒイラ・アスプロス。こっちは中尉のサリル・ブロインだ。」


 それを聞いた時、ルアは一瞬固まった。二人とも自分よりも階級が上、しかも一人は佐官クラス。

 その状況を理解した瞬間、ルアの軍人としての本能が脳味噌を介さずに体を動かした。


「わ、私は共同陸軍特別機動部隊少尉の……痛ッ。」


 勢いよくベッドから飛び起きたルアの体を激痛が走る。ゆっくりと体を下ろし、ベッドの上にちょこんと座る。


「あまり無理をしない方がいい。アルザーに掴まれた衝撃で体を痛めているから。」


 その言葉を聞いた時、ルアは記憶を一気に取り戻した。自分が戦場でどのような目にあったのか、何故こんな場所で眠りこけていたのか。

 震える声でルアはクリミアに問う。


「あ、あの…、私の他に誰かいませんでしたか…?同期二人と上官が一人いたはずなんです…。」


 ヒイラとサリルは複雑そうな顔を浮かべる。サリルはヒイラの膝の上に手をそっと置くと軽く頭を下げて合図をする。

 ヒイラは軽く息を吐くと報告書を鞄から取り出し、淡々と読み始めた。


「発歴46550年3月16日、哨戒任務に出動した共同陸軍特別機動団第439小隊が小型アルザー三体とその他の外的要因の襲撃を受け壊滅。生存者はルア・アイボリー共同陸軍特別機動部隊少尉のみ。破壊されたサラク及び死亡した搭乗者は現場から消失。おそらく『ハナビエ教』によって強奪されたものと思われる。」


「………え?」


 ルアは頭が真っ白となった。以前まで一緒に笑い合っていた仲間が自分が眠っている間にもうこの世にいなくなっている。


「嘘だ嘘だ。ねぇ、冗談ですよね…?ねぇ?」


 ルアは救いを求めるようにサリルにすがりつく。だが、帰ってきたのは救いの言葉ではなく、慰めの言葉だった。


「残念だけどこれが事実なの。本当に不運としかいえないけど…。」


 その言葉を聞いたとき、ルアの全身の力が抜けた。ベッドのマットに勢いよく背中を下ろし、右腕で目を覆い隠した。じんじんと目頭が熱くなり、病衣がじんわりとにじむ。


「うっ…ううぅ……。」


 ルアの啜り泣く声が静かな病室に響く。その声が一段と部屋の空気を重くする。


「少し一人になって心を整理するといい。後日改めてまた来るから、その時に詳しく今回のことについて教えてくれ。」


 そう言葉を残すとヒイラはサリルを連れて病室を出た。ゆっくりと扉を閉め、廊下に出る。

 そして外にいた部下に指示をだす。


「ここで見張っていてくれ。身内でない限り中には入れるな。」


 部下が素早く返事をし、敬礼をすると軽く手を振りその場を後にする。



 ガコンッ



 鈍い音が小さな部屋に鳴る。病院のフリースペースにある自販機でヒイラは缶コーヒーを二本買った。一本をサリルに渡すと椅子に腰掛ける。


「また値上げしたな。」

「ありがとうございます。追い込まれていますからね、人類は。まだコーヒー豆が取れるだけマシですよ。」


 二人はプルタブを外す。カコッとさっきとは違う尖ったような音が鳴る。しばらく缶の熱で手を温めた後、飲み口を口に運び少しずつ飲み始めた。一口飲んだ後、二人は怪訝そうな顔をする。そして顔を見合わせ、再び飲み始めた。

 「味が落ちた」なんて無粋なことは二人とも口に出さなかった。


 缶の中身が半分ほどに減った時、ヒイラが口を開いた。


「今回の件は不可解なことが多すぎる。」

「確かにそうですね。何故『ハナビエ』の連中が出てきたのか。」


 サリルも口を開き、議論を開始する。


「奴らが意味もなくなんの旨味もないただの辺境の哨戒任務中の小隊を襲うとは考えにくい。それ相応の理由があるんだろう。それとあの小隊の隊長はグラウ大尉だった。あの人が呆気なく殉職するなんてありえない。」

「元は大隊クラスを任されていた人物ですよね。軍に反抗的で降格、左遷されましたが。」


「そんな実力者がこうも簡単にやられると考えられるか?あの人なら小型アルザー数体に負けるはずがないし、並のハナビエのサラクだったら返り討ちにするはずだ。」

「では、もっと驚異的な存在が今回襲ってきたと?」

「多分な。もしかすると一番動いて欲しくないやつが動き出したのかもしれん。」


 少し空気がピリついた。ヒイラは先からずっと項垂れたように下を向いている。


「『ラピッド』ですか?ですがあれは6年前少佐が大破させたはずでは。」

「あの時は機体の残骸が回収出来なかった。もしその大破した機体がハナビエに回収され、修復されたと考えればありえない話ではない。」

「そうですか……。また人がたくさん…。」


 二人の口からため息が出る。ヒイラは一気にコーヒーを飲み干すと手で顔を覆い、頬の皮膚を伸ばす。


「あと一つ分からないことがある。」

「なんです?」

 

 サリルは横に座るヒイラに目をやる。


「あいつ、生身で一体アルザーを倒してるんだよ。」


 そういうと人差し指でルアの病室を指さす。


「……はっ?」


 サリルは顔からも声からも困惑した感情を表した。


「でも、討伐報告書には少佐が三体のアルザーを討伐したと…。」


「諜報部の連中にバレないように偽造したんだよ。まぁ、どこからか情報が漏れてさっき病室の前で追っ払ったけど。」


 すると、ヒイラはカバンの中からタブレットを取り出し、ある資料を表示するとそれをサリルに渡した。


「あの子の訓練生時代の成績ですか?これといって特別なところはない様に見えますが。強いて言うならセレマ貯蔵量が人より少し多いことぐらいしか……。」

「『セレマ操作に関する才覚』って欄があるだろ。あの子は『他者よりも多少秀でるものアリ』って書かれてる。でも、これが『多少』かねぇ。」


 ヒイラはサリルからタブレットを取り上げると、胸ポケットから一つの小さな箱を取り出す。それを開けると一枚のSDカードが入っていた。カードをタブレットに差し込み、何層にも重ねられたパスワードを解き、映し出された画面をサリルに見せる。


「なんですかこれ!」


 そこにはルアが生み出した水の槍を遠くから撮影した写真が何枚も映し出されていた。それは紛れもなく生身でアルザーを倒したという動かぬ証拠だった。


「俺の機体の記録データから抜き取った写真だ。アルザーを視認したと思ったらこれだよ。」

「信じられない。生身でアルザーに対抗できた例なんて数えるほどしかないのに。」


 サリルは信じられないようで、画像を見比べたり拡大、縮小を繰り返し行っている。そのたびに「なぜ?」という表情が現れる。


「だねぇ。不思議だよねぇ。」


 ヒイラは何か意味を含んだように返した。

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