SaLak

外都 セキ

第1話 逃走

「イヤだ、イヤだ、死にたくない!」


 乗っていたサラクの爆散する轟音が鳴り響き、辺りが全て血の赤で上書きされた戦場でルア・アイボリー少尉は叫んだ。

 上官も同期の仲間も大半がまともに戦うこともできずに死んでいった。そんな中、皮肉にも最初に戦いから逃げ出したルアのみが隊で生き残り今に至る。

 無線も壊れ、「サラク」もいない。ただの哨戒任務のはずだったため「アルザー」に対抗できる武器は数えるほどしか持っていない。そして、その武器たちも全て使い切ってしまった。

 使う用途のなくなった無線機を耳から外し、投げ捨てて地獄を走る。


「ハァ、ハァ、ハァ…ッツ、死にたくない、死にたくない…。」


 まともに役に立たない銃を抱え、棒のようになった足が折れそうになる勢いでアルザーの側を離れようと必死になって走った。

 大きく息を吸い込むたびにむせ返りそうになる程の血の匂いが鼻腔をつく。その度に吐き気が襲う。ぐちゃぐちゃになったアルザーの死体を踏みながら、半泣き状態で走り続けた。

 しかし、荒れた地面を蹴るうちに、ぬかるんだ地面に足を取られ転んでしまった。


「うっ、うぅ…痛い。」


 地面についた手を見てみるとアルザーの血で真っ赤に染まっていた。ルアは自らの「セレマ」を使い、手の血をゴシゴシと泣きながら洗い流した。


「気持ち悪い……。なんでこんな目に、誰か助けて…。」


 悲痛な声で叫ぶが期待虚しく、頭を上げると目の前には三体の小型アルザーがルアを取り囲んだ。

 目の焦点の合っていない化け物にジロジロと見つめられ、悪寒が走る。


「ひっ…ああぁぁぁぁぁあ!」


 咄嗟に本能的な反応でそれに向かって銃を撃った。震える腕で必死に振動を抑え込み、胸の内側にあるコアを集中的に狙う。

 しかし、通常隊員の支給されている銃では表皮は破れてもコア中枢は貫けなかった。そして不運なことに弾の一発が跳弾し、ルアの左肩を貫いた。


「いいぃぃぃぁぁぁぁあいいぃぃ!」


 痛みに悶絶し、左肩を必死に抑える。アルザー達は必死に悪足掻きするルアを嘲笑うように気持ちの悪い笑みを浮かべる。そして、地面に落とした銃を破壊し、ルアの体を掴み上げた。

 アルザーはルアを舐め回すように見つめた。死を覚悟したルアはすっと押さえていた左肩から手を離し、左目を閉じる。ルアを掴み上げたアルザーに向けて右手を鉄砲を撃つような形にした。左肩の痛みをかみ殺し、閉じた左目と照準を合わせる右目から涙を流す。恐怖の中、震える口で生命力を絞り尽くすような声で叫んだ。


「死ねッ!!!」


 その瞬間、ルアの指先から直径十センチほどの水の槍のようなものが生まれ、ルアを掴んでいたアルザーのコアを貫いた。アルザーが倒れるのと同時にルアも手から離され、地面に降りた。ルアは自分の手を見て驚きの表情を浮かべる。


「私、今できた…⁉︎やっと使えるように…。」


 しかし、その瞬間目の前に靄がかかり、立っていられないほどの頭痛がルアの頭を走った。

 ズキズキと頭が割れる程の痛みでそのまま地面に倒れ込み、気を失ってしまった。

 

 残されたアルザーは倒れたルアを見て固まった。しかし少しの間を置き、二体のうちの一体がガバッと腹を開き捕食体勢に入る。ジリジリとアルザーが迫り、あともう一瞬で捕食器官がルアに触れるという時、アルザーの胸のコアは吹っ飛んだ。

 

 広大な血の戦場を数機のサラクが血飛沫を上げながら颯爽と走る。そのうちの一機が自分の方へ向かってくるのをルアは微かな意識の中で見た。見たこともない真っ白なサラクだった。

 そのサラクは右手に装備した銃でアルザーのコアを撃ち抜いた。銃から発せられた熱など何も感じない白い光線がアルザーのコアを撃ち抜いた瞬間、アルザーの体は見事に吹っ飛んだ。

 コアを撃ち抜かれたアルザーはあたりにビチャビチャと血を撒き散らしながら、赤い流動体となって消える。

 残されたアルザーは危険を感じ、逃げようとしたが、急接近したサラクに首根っこを掴まれ、地面に頭を叩きつけられた。

 ギィギィと耳に障る音を立てて、ジタバタと抵抗するアルザーに対して、白いサラクは腰のアーマーに格納されていた短剣で首を切り裂いた。

 首と胴が離れた瞬間、血が吹き出し白い機体を赤く染め上げた。そして、アルザーは動きが完全に止まり、ぐったりとして生気がなくなった。ルアは生暖かい赤い雨に降られながらその光景を眺めていた。

 少しの間が過ぎ、サラクのコックピットハッチが開いた。ハッチから伸びたワイヤーをつたい、地面に降りた隊員がルアに駆け寄る。


「大丈夫か、動ける?」


 まだ意識のはっきりしないルアはその隊員をぼーっと眺めた。フルフェイスのヘルメットを被っていて顔はわからなかったが、声色は20歳そこらの男の声だった。

 少し困った素振りを見せた男は、ルアの手を取り優しく立ち上がらせた。立ち上がっても虚な目をしたルアを右腕で抱えてその男はサラクに向かい走り出した。


「冷たい…。」


 ルアは一言そう呟いた。男は少し驚いた様子で顔の見えないヘルメットの内からルアを見つめる。そして自分の右腕を見てすぐに目を逸らした。

 サラクの足元に着き、男は降りてきたのと逆の手順でコックピットへ乗り込む。

 男はルアを操縦席の後ろにあるサブシートに座らせ、備え付けてあったブランケットを掛けた。


「もう大丈夫、君は生きて帰れる。ゆっくり休んで。」


 男はそう言うとそそくさとコックピットへ座った。右手を特殊な機械に嵌め込むと、左手でレバーを握りサラクを操縦し、首を切り落とされたアルザーを担ぎゆっくりと動き始めた。

 なるべく気を使っているのか、コックピット内の振動はかなり少なかった。

 安心したルアは急激な眠気に襲われた。寝ることに若干の罪悪感がありながらも、男に言われた言葉に甘んじて瞳を閉じた。

 

 睡魔の魔力で意識が落ちる寸前、ルアは男がヘルメットを外した姿を見た。

 白い髪に包まれた黒色の瞳を持つ青年がコクピットに座っていた。


「小型アルザー一体を確保。通常型と思われる。それと新兵と思われる少女を保護、他の生存者は無し。そっちの報告は…。」


 その少年は戦いに慣れたように、絶望的な戦況を淡々と報告した。


 その後、ルアの意識が戻ったのは白いフカフカのベッドのある軍病院だった。

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