第20話 Fallen Leaves 1

 舗装されていない土の小道には、秋に染まり切れなかったポプラの葉が、ちらちらと地面に散らばっていた。柔らかい足音と感触とが、踏みしめた足の裏から直に感じられてくる。


「あれが旧校舎だよ」


 黄葉おうようしたポプラ並木の揺らめく灯りに導かれた先には、雨に晒されて黒ずんだ板張りの校舎が建っていた。小鳥たちのさえずりがこだまする樹々の合間に、物静かな様子でぽつねんとしているところが何ともわびしい建物。どことなく優しい哀愁が漂っていて気分が落ち着く。


 乾井沢さんは引っ掛かりがちな木製の引き戸を開け、僕を玄関に招き入れた。


「何だか古っぽいでしょ」


「でも、外観のわりに中は綺麗だね」


 薄暗い校舎は優しい樹木の香りに満たされていた。見渡してみれば、そこら中が芸術的な木目で一杯だ。靴箱や廊下の床はもちろん、階段に至っては全てが丸ごと木で作られている。白い壁と茶色い樹木の落ち着いたコントラストが、どこか存在しないはずの記憶を呼び起こそうとしてくるみたいで、何だか懐かしい。


「実際のところ、建てられてからまだ十年くらいしか経ってないからね。掃除はここを使う生徒がこまめにするようにしてるし、古く見えるのはデザインだけかも」


 僕たちは靴を脱いでに上がり、それぞれ分厚い板作りの下駄箱に靴を突っ込む。


「都市に人がまだ少なかった頃は、ここが小中高の教室だったんだ。私も小学校の頃はここで授業を受けてたんだよ。だけど、六年前かな。新しい校舎が出来上がると、この校舎は使われなくなっちゃった。小学校も別のところに移転しちゃったし。それだけ街に人が増えたってことなんだろうけど。何かちょっと、もったいないよね」


 乾井沢さんは下駄箱から白い上靴を取り出し、つま先をとんとんと簀の子に打ち付けるようにして履くと、僕の目の前にある透明なボックスを指差した。


「スリッパはそこにあるの使って」


「うん」


 僕はボックスに敷き詰められている中から、自分の足に合いそうな深緑色のスリッパを探し出す。その間に乾井沢さんは階段の傍まで歩み寄ると、振り返って今度は天井を指差した。


「モラル研究部の部室は二階なんだ」


「モラル研究部?」


「そう。——私たちの部活だよ」


 スリッパを履いて、彼女の後に付いて行く。僕は扇子の骨のような格子で支えられた欄干らんかんを手の平で撫でながら、階段を上った。


 きしみのない心地の良い音を立てて、二人分の足音が蛇腹なリズムを刻んでいる。


「まあ部活って言っても、四人しか部員がいないから正式には同好会なんだけどね。朔久が入ってくれれば五人になって、ようやく部活認定されるんだよ」


 彼女がさっそく入部して欲しそうに目配せしてきたけれど、即決するのはいささか躊躇われるような部活動名だ。何だか委員会的な堅苦しさを思い浮かべずにはいられない。


「どんな活動してるの?」


「えっとね、基本的には毎週水曜と木曜の二日間で一つの映画を鑑賞。金曜にはその映画についての討論をする感じなんだけど。それ以外の日は適当に部室へ集まって、各々好きなように工作したり、勉強したり。一言で言い表せば、青春を謳歌する活動をしてるかな」


「モラル研究の要素がどこにもないな」


 僕は昼休みに廉太郎が言っていたことを思い出す。


「あはは……やっぱりそういう反応になるよね。部長曰く『映画鑑賞を通して、普段私たちが当たり前だと感じていることを、今一度考えてみる』だったかな? それがこの部活のコンセプトらしいんだけど。私も、あんまりよく分かってないんだ」


 階段を上り切ると、むかし使われていたものだろう。窓から小さな運動場が見えた。僕たちは廊下を左手に曲がって突き進む。


「なるほど。ってことは、今日は討論の日か」


「本来はそうなんだけど、今週はもう一昨日に討論しちゃったからね。今日は集まるだけで何もしないかも。みんな揃ってたら、新しい映画を見るかもしれないけど」


「えぇ……、なんか適当だなぁ」


 僕は道徳研修を思い返す。みんなで映画を見ると聞いて少し抵抗感を覚えた。


「期待してたならごめんね。でも、最近はいつもこんな感じなんだ。で、ここが部室」


 突き当たりの扉の前に立ち止まると、乾井沢さんは戸を三回ノックする。

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