第21話 Fallen Leaves 2

「入るよ~」


 そう言って彼女が戸を開くと、不意に、女の子三人の瑞々みずみずしい着替え姿が、僕の目に飛び込んできた。


「……ッ!?」


 一人は恐らく、高等部の三年生だろう。彼女は上半身下着姿で、桃色の体操服袋へと手を伸ばしている。高等部には、学年ごとに指定されているカラーがあって。確か、一年生がブルーグリーン、二年生がオレンジ、三年生がピンクだったはずだ。


 どうやら中等部の女の子もいるらしい。彼女はワンピース型のセーラー服を脱ごうと、その襟元から裸足を引き抜いているところだ。高等部は男女共通でブレザー制服にネクタイ。中等部は男子が詰襟つめえりで、中等部の女子だけが異様に脱ぎ着しづらそうなデザインである。


 そして、どういう偶然か。この部室には、昼休みに出会ったラジコンの女の子——水鏡さんもいた。彼女はブラウスのボタンを外している。下にスカートを穿いていない状態で……


 振り返って僕を見た三人は、相変わらず無表情な水鏡さんを除いて、見る見るうちに顔色を驚きと羞恥しゅうちに染め上げた。僕は不意の出来事に怯み、固まって動くことができない。


「今日ね、うちのクラスに転校生が…………」


「「——ひゃぁぁぁぁッ」」


 二人は腕で咄嗟とっさにその身を隠すと、とうとう声高な叫び声を上げた。


「——ルゥ、すてみタックルです」


「ルゥっ‼」


 水鏡みずかがみさんが何やら指示を飛ばすと、何かが突然、僕の視界に入り込んでくる。慌てた乾井沢さんが急いで戸を閉めようとするけれど、その隙間をすり抜けて、その何かが僕の顔面に飛びついてきた。


「——あがっ!?」


「朔久っ!?」


 扉が完全に締まる音がして、僕は何かが顔に張り付いた余勢よせいで背中から倒れ始める。


「うおぉぉぉぉっ、しぬっ——」


「あっ、危な——」


 ——バタンッ‼


「ああっ……た、大変。どうしようっ。保健室に連れて行かなきゃ」


 背中を叩きつけられた衝撃で息が苦しい。だけど、大した怪我はなかったようで、僕は次第に回復する呼吸の中、とりあえず乾井沢さんに慌てる必要はないことを伝える。


「あの……背中は打ったけど、たぶん保健室に行くほどでもないから大丈夫だと思う」


「で、でも、さっき思いっきり頭を打って……」


「いや、頭はどういう訳か無事だった。それより、このモモンガみたいなのが顔に張り付いたままで……モゴモゴ」


 僕はよく分からない小動物の身体で鼻と口を塞がれ、息が出来ずに悶絶した。


「さ、朔久っ!? ——こら、もう離れてっ」


 彼女は尻尾か何かを引っ張って、小動物を僕の顔からがそうとしてくれるが、一向に張り付いて剥がれる気配がない。


「るぅ、るるぅ」


 何だか嬉しそうなモモンガの鳴き声を聞いているうちに、段々と意識が遠のいていくような心地がしてくる。……ああ、もうダメかもしれない。


 間もなく、がらがらと開かれた扉から水鏡さんが顔を出した。


「乾井沢さん、みんな着替え終わりました。……ルゥ、もう大丈夫です」


 モモンガらしき動物がようやく僕の顔を離れて、彼女の肩へと飛び移ってくれる。どうやらこの子は彼女のペットだったらしい。すっかり酸欠状態になってしまった僕は、必死になって呼吸を整える。そんな僕を放って水鏡さんは教室に入っていく。


 やがて息が整ってくると、乾井沢さんが僕に手を差し伸べてくれた。


「立てる?」


「ああ、ありがとう。死ぬかと思った……」


 彼女の手を取り、立ち上がる。


「席、用意してくれているみたいだから、中に入って」


 そう言われ、僕はさっき見てしまったものをどう受け止めるべきか分からないまま、モラル研究部の部室へと足を踏み入れた。

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