第18話 Radio Control 2

「そんなに落ち込むな。これを機に自分の走りを見直すんや。再戦の機会があるなら、俺の時みたいにリベンジマッチで打ち負かしたらええ」


 そう言って廉太郎は白熱くんの背中をトントンと叩いた。


「廉太郎って、ラジコン部だったのか?」


「ううん、違うよ」


 僕が問いかけると、高揚していた少年がそれに答えてくれる。


「西条の兄貴も最初はあのお姉ちゃんみたいに、たまたま自主練に通りかかったんだ。その時もこうやって勝負したんだけど、僕たちが負けちゃって。それ以来、西条の兄貴は暇なとき、僕たちの特訓を手伝いに来てくれてるんだよ」


 廉太郎はふたりの師匠だったのか、と僕は納得する。


 それにしても、さっき清涼顔の彼女が見せてくれた走りはすごくカッコよかった。これまでの人生であまりラジコンに触れたことがなかった僕だけど、本格的なコントローラーにはあんなにもたくさんの操作キーがあるのか。ラジコン部員に勝利したというのももちろんすごいけど、個人的には彼女が何の戸惑いもなくレースカーを動かしていたところに驚きを覚える。きっと彼女には、ラジコンに深くのめり込んだ過去が一度はあるに違いない。


 そう思って振り返ると、彼女は何故か僕のことをじっくりと見据えていた。


「ほむ……ほむ……」


 操縦器を両手に持ちながら、彼女は総菜パンを唇だけで器用に食べ進める。彼女の瞳が静かに僕をくまなく観察しているみたいで、何だかくすぐったい。感情が表面に表れないタイプなのか、細い眉や凛とした頬は無感情そのもの。何を考えているのか一ミリも読み取れなかった。


「……美味しい?」


 僕が尋ねると、彼女はこくりと頷いた。だけど、分かったことはただそれだけ。彼女は咥えていた総菜パンを完食すると、またラジコンの世界に戻っていく。巧みな操作で縦横無尽の片輪走行を披露する彼女に、高揚くんの目はキラキラと輝いた。


「すごいよ、お姉ちゃんっ。それ、どうやったら出来るようになるの」


 女の子は考えを巡らせているのか、少し間をおいて答える。


「……練習ですね」


 少しずれた回答をした彼女に、高揚くんはもどかしさを覚えたらしい。面と向かって何かを頼むのは苦手なのか、もじもじと何かを伝えようとする。


「よければ、教えましょうか」


「ほんとにっ!?」


 少女はまたこくりと頷く。どうやら彼の意図はみ取ってもらえたみたいだ。


「——水鏡みずかがみさ~ん」


 そこに、生物室からだろうか。プランターのいくつか見える窓から、白衣を着た女の先生がこちらに向かって手を振ってきた。


「はい」


 少女が振り返って返事をすると、先生は彼女に職員室へ来てくれないかと頼み込んだ。どうやら教室へ運んで欲しいものがあるそうだ。彼女はそれを引き受けると、コントローラーを高揚くんに返却する。


「今度、教えに来ますね」


 少女は彼にそう告げて、職員室へと歩き始めた。


「また勝負してくれよなっ」


 立ち直った白熱くんが再戦を申し込む。彼女は「ではまた」と言い残し、最後に何故かまた僕のことを一瞥いちべつして去っていった。何から何まで感情の読めない女の子だったけれど、去り際に見せた瞳はどこか、懐かしいものにでも触れたような、そんな優しい瞳をしていた。

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