第15話 White Chalk 3

「ちなみに、好きなタイプは?」


 彼が僕への質問に戻ってくる。


「……こおりタイプ」


「なるほどなぁ。ああ、あれとか可愛ええよな。あの丸っこい何や? アザラシみたいな、八重歯出してるやつ。——って、なんでやねんっ」


 これが関西人のサービス精神というやつらしい。何となくボケてみようとして、思わずリスキーな内輪うちわネタに走ってしまったが。さらっとツッコミを返してくれた彼のおかげで、ネタが理解されないという一番寒いスベり方をせずに済んだ。


 流石は本場、関西のノリツッコミだ。何だか珍しいものを見たような気がして、面白い。


「いやいや、『こおりタイプ』って言っても色々あるだろ。凍るような冷たい眼差しの女の子のことを、『こおりタイプ』って表現してるかもしれないじゃないか」


「へぇ、冷たい眼差しを向けてくる女子が好みなんか」


「いや?」


「そうでもないんかいっ。じゃあ何で言ったんや」


 僕は使い慣れない関西弁にカタルシスを込めて言い放った。


「流行らせたいやん」


「そうか、まあ頑張って広めるんやな」


 例によって彼は僕に素っ気なく返してくれて、それが何だか楽しい。


「で、どうなんや」


「特にタイプとかはないな」


「おいおい、恥ずかしがることなんかないで。お前が突然、無垢な女児たちと一日中戯れたいとか言い出しても、願望は願望や。ロリコンとは思えど、誰もお前を犯罪者予備軍やとは思ったりせえへん。まあ、引くことはあるかもしれへんけどな」


「引くのかよッ」


 って言うか、タイプって性的な趣味嗜好しゅみしこうの方だったのか。僕はてっきり、優しい人が好きだとか、美人やお金持ちの人が好みだとか、そういうのだと思ってた。


「そりゃまあ、自分にない価値観を即座に受け入れるのに限界はあるやろ。でも心配せんでええで。引いたとしても、みんな生暖かい目で見守ってくれる」


 そんな慈悲の眼差しは嫌だ。


「ノーコメントで」


 今後、こういう質問が来たら全部ノーコメントにしよう。


「ええ~。桐山、ちょっと顔あかいで。こういう話は苦手か。愛いやつやないか」


「……」


 僕は何だか痛いところを突かれた感じがして、恥ずかしさに顔を腕で隠す。


「まあ、別にこういう流れも嫌いって訳じゃなさそうやな。じゃあ次は——」


「はいっ、次は私が質問したい」


 彼の質問を遮って手を挙げたのは、さっき僕に手を振ってくれた、学級委員長らしき女の子だった。流石に彼の質問も三回目なので、あっさりと質問権は彼女へと渡る。


乾井沢いぬいざわか、そんじゃあ質問者交代しよか」



 それから僕はクラスメイトの質問に、ホームルームの時間が終わるまで答え続けた。


「さて、質問タイムはここまでだな。——乾井沢、号令」


 僕の声が混ざった初めての号令が教室に響く。


 挨拶が終わると、鷹村先生が空っぽの席を指差した。


「桐山の席はあそこだ」


「わかりました」


「そんじゃ、いい学校生活をな」


 教室を出ていく先生を見送り、僕は廉太郎の隣へ用意された机に向かう。まるで他人の家にでもお邪魔するかのように、恐縮した様子で着席する僕を見て、廉太郎はにやにやと笑った。


西条さいじょう廉太郎や。朔久、これからよろしくな」


 彼が手をこちらへ突き出してくる。


「ああ、よろしく」


 僕が握手に応じると、廉太郎は嬉しそうにまた笑った。

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