第14話 White Chalk 2

 僕が承諾すると、彼は少し遠慮がちな周りを見渡した。彼は他に質問者が出てこないことを確認し、『じゃあ——』と言って早速質問を投げてくる。


「付き合っとる異性はおるんか?」


「……いきなり?」


「ああ、いきなりや。どうした、何かおかしいか?」


 おかしいも何も。彼はそのおかしさを分かっていて言っているのではないだろうか。いかにも白々しい、鈍感系男子のような振る舞いを見せる彼に、僕は動揺した。真面目に返答するのが正解か。いや、たぶん彼はそんなことを期待して聞いてきた訳ではないだろう。何しろ初めから、こんなふざけた質問を投げかけてくるんだ。少し、馴れ馴れし過ぎやしないか。


 彼は気楽にしろと、僕に言いたいのだろうか。気楽にするって、どうすればいいんだ。とりあえず、親しげな振る舞いをしておけばいいのだろうか。


「いやいや、どうして最初からそんなディープな質問を投げてくるんだ。もっと答えやすいやつから入るだろ、普通」


 我ながら、返答の切れ味が鈍い。何しろ、僕は初対面の相手に親しげな態度をとる経験が乏しいのだ。親密度を無視する強烈な違和感のせいで、上手く調子に乗れない。だが、彼はそんな僕の返事でもニッと微笑んでくれた。かと思えば、彼は困ったとばかりに腕を組む。


「そうは言ってもなぁ。当たり障りのない質問は、あんまりみんな興味ないやろ。それに、そんな質問やと、お前のことさっぱり分からんまま終わってしまうと思うで」


 やはり振る舞いが白々しい。どうやら彼は僕と漫才でも繰り広げたいみたいだ。あまり気が進まないが、要するに何だ、僕は彼のボケにツッコミ続ければいいのだろうか。


「だとしても彼女の存在を聞くのは、せめて場がそれなりに暖まってから——」


「いやいや、『異性』って言っても女に限らんでええで。『異性』っていうのは、他の人々と異なる性質に思える存在のこと。性別なんて関係ない。つまり、自分にとって特別な意味を持つ人間のことや。俺がこの言葉を使うときはいつもそういう意味を指す」


 折角のツッコミが早々に遮られ、彼がお笑いには似合いそうもない真面目な理屈を主張してくる。論点が大きく逸らされた内容ではあったけれど、僕は聞き慣れない価値観を耳にしてひるんでしまった。これは単なるボケなのだろうか。この街に染まり切れない疎外感を、ここでもまた感じてしまう。


「……独特な解釈だな。それとも、この街では普通の解釈なのか」


「さあな、俺も『異性』をこの意味で使ったのは初めてや」


「初めてなのかよっ。じゃあどうして『いつも』なんて余計な言葉を付けたんだ」


 予期せぬ肩透かしに意表を突かれて、調子が狂う。本当に単なるボケだったらしい。


「流行らせたいやん」


「そうか、頑張ってくれ」


 にもつかない理由を寄こしてくる彼に安心して、僕は素っ気ない返事をした。


「そんでどうなんや」


「いない。というか、できたこともない」


「なるほど、仲間やな」


 彼は共感を示すように目を閉じ、仰々しくも感慨深そうに頷いた。


「みんな、俺も朔久も絶賛恋人募集中や。気軽に体育館裏へ呼び出してな」


 余計なお世話だ。勝手に僕の恋人まで募集しないでくれ。


 調子のいいことを言って雑なウインクを放つ彼に、ある男子が「じゃあ廉太郎、今日の放課後に体育館裏な」と、それに願い出てくる。彼はその申し出を快く引き受けた。


「おっ、喧嘩か? ええで、受けて立ったるわ」


 クラスメイトを軽くあしらって、彼は教室中の笑いを誘う。ただ、この返しに対するみんなの反応は人それぞれだった。楽しそうに笑う人もいれば。少しデリカシーに欠けるのではないかと、そう思ってるのかは知らないが、素直に笑うことができない人もいる。


 僕はこの二人の関係をよく知らないので、どう反応するべきか分からなかったけど。きっとノリで間違いなかったのだろう。彼に申し出た男子が共犯的な笑みを浮かべていた。

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