第12話 Umber Suit

 職員会議を終えてせわしなく自分の教室に向かっていく先生たちがいる中、僕の担任となる中年の男教師は、えらくゆったりとした足取りで職員室から顔を出した。


「すまん、待たせたな」


「いえ」


「……」


 先生がじっと観察するように黙り込んで、何故か僕の全身へと視線を注いでくる。僕の身嗜みだしなみがおかしいのだろうか。もしかすると、さっきリィールゥとたわむれたせいで、新しい制服にシワでも付いてしまったのかもしれない。僕はブレザーの裾をつまんでピンと張ってみる。


「……似てるな」


「はい?」


 ぎりぎり聞き取れないくらいの声量で、ふと先生が何かを呟いた。


「あ、いや。何でもない。——教室はこっちだ。ついてこい」


 僕は指示に従って、教室へと先導してくれる先生の後ろをついて歩く。


 鷹村先生というらしい。年季の入っていそうな焦げ茶色のスーツを着た、中肉中背。年齢は五十もいかないくらいだろうか。雰囲気からしてベテラン教師そのもので、その落ち着いた歩調はどこか貫禄のある感じがする。程よく日焼けした肌がいかつい印象を際立たせていて、先生には悪いけれど、何だか怖そうな人だという感想しか出てこない。


「——桐山」


「はい」


 先生は後ろの僕を一瞥いちべつすると、どっしりとした渋い声で僕を呼んだ。


「そんなに緊張しなくてもいいぞ。身内贔屓みうちびいきではあるが、うちのクラスには学年でも特に楽しい仲間が揃ってるからな。自己紹介に失敗しようが、すぐにでも馴染むことができるさ」


 どうやら僕の不安に一目で気が付いたらしい。流石は恐るべきベテランの眼差し、と言いたいところだが。今ここにおいてはその不安よりも、先生が怖そうだということの方がより気掛かりでならない。いやまあ、先生の言っている不安も決して間違ってる訳じゃないけど……


「それは、楽しみですね」


 僕は少し困ってしまい、当たり障りのない返答をする。


 新しいクラスでも、新しい学校でも大丈夫。そんな言葉で不安を拭おうとする度に、依然として心に引っかかる何かが、僕の胸をモヤモヤさせて仕方がなかった。そんな僕を見て、先生も思うところがある様子だったが、今度は何も言わないまま、僕と先生は教室の前で立ち止まる。


「すぐに呼ぶから、少し待っててくれ」


 そう言い残し、先生は先に教室へと入っていった。

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