第7話 Silver Case 1

 新居は綺麗な2LDKのアパートだった。


 僕は家に着くなり荷物を置いて、用意のいい姉さんが準備してくれていた、自室のベッドに身を投じる。程なく襲ってきた睡魔に身を委ね、日が高く昇る頃まで惰眠だみんむさぼっていると、市街放送だろうか。街には何やら聞き馴染みのあるクラシックのメロディーが響き渡った。時計を見れば、ちょうど正午。この街ではこの曲が時報の役割を担っているのだろう。


 時報として街に曲が流れるのは珍しいものだと感心していたら、姉が僕を起こそうと部屋に入ってきた。どうやら昼食の準備が整ったらしい。


「ご飯食べたら行くとこあるからね」


 そう言って、彼女はリビングに引き返していく。後を追って僕も部屋を出ると、優しく温かいトマトソースの香りが食欲をそそった。すでに食卓で待っている彼女に向かい合い、僕も席に着く。昼ご飯は姉お手製のナポリタンだった。



 昼食後に連れてこられたのは、この街を開発し管理する宗教団体——ユークロニア善行教団の時留ときどめ支部というところだった。何でも、この街に移住するためには洗礼を受けなければならないらしい。この洗礼というのが恐らく、人々を道徳的にする治療というやつなのだろう。


 とあるカプセル剤を服用して、二週間の研修を受ける。姉が言うには、それが「人間を道徳的に変える治療」の方法らしいのだが。何やら胡散臭うさんくさい薬を飲まされるのには、やはり躊躇ためらいがある。ただ、より道徳的になれるという効果には、少しばかり興味があった。


 建物の外見は至極普通な役所のようだった。宗教色など欠片も感じられない。教会があるようにも思えない。現代宗教の施設はどこもこんな感じなのだろうか。


 駐車場で待つという姉さんに、僕はひとり車を下ろされた。なかなか心細いが、怖いことなんて何もない。姉さんも大丈夫だと言っていた。彼女は既に研修まで終えているんだ。そんな彼女の言葉であれば、間違いないに決まっている。大丈夫……大丈夫……。


 自分にそう言い聞かせて、僕は何とか施設の中へと足を踏み入れる。


 宗教施設の支部というからには、きっと法衣ほういやら祭服さいふくやらを着た団員がそこかしこを歩いているのだろう。そう思っていた僕はまたもや拍子抜けした。中は代わり映えしない市役所のようで、職員らはみんなスーツ。住民もまた、これといって奇異な恰好かっこうをしている様子はない。


 異色なところがあるとすれば、広報担当らしきバーチャルアイドルの等身大パネルや、マスコットキャラのぬいぐるみが飾られていることくらいだ。あらゆる企業や温泉旅館が二次元アイドルとタイアップしている時代。これも今どき、そこまで珍しいものでもないだろう。


 僕は受付に今日この街に来たばかりであることを伝え、左肩の仮市民証を見せた。すると間もなく、僕は洗礼室とは名ばかりの小さな応接室へと案内された。

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