第6話 Gateway 2

「そろそろ着くよ。——ほら」


 前方に何やらゲートらしきものが見えてきた。


 想像していたよりも、ずっと現代的な雰囲気だ。


「なんか普通だね」


「なに、もっと近未来的なのを想像してた?」


 僕が頷くと、姉は「わかるよ、その気持ち」と言って微笑んだ。


 ここはモラルエンハンスメント推進都市。より道徳的になるよう、治療を施された人々のみが暮らすことを許される、柵に囲まれた閉鎖的な共同体だという。聞くからに、ディストピアな世界観が頭をよぎるけれど。人生をやり直すのにリスクは付き物。


 たとえ丸味を帯びたメタリックな世界観だろうが構わない。と、我ながら短絡的なステレオタイプを元に覚悟を決めてきたのだが。こうも変哲がないと、逆に拍子抜けしてしまう。


 車がゲートの遮断機を前に停車すると、警備員が窓口から顔を出した。姉さんは窓を開いて挨拶をする。そして、何やら免許証のようなカードを財布から取り出し、僕に予め用意させた書類とともに彼へ差し出した。警備員はカードをスキャナーにかざし、彼女へと返却する。


 それを受け取り、姉さんは僕がいる後ろの窓を開いた。「こんにちは」と、警備員が僕の顔を覗き込む。僕は少し緊張しながら挨拶を返した。どうやら仮市民証というものを発行する必要があるらしい。そのために僕の顔を確認したのだろう。


 警備員は仮市民証の発行手続きを始めた。


「この都市はデザイナーさんたちが『緑と生活の融合』っていうのをテーマに設計したらしいからね。よくあるSF映画ほどには、目に見えて近未来的ではないかな。まあ、あくまで目に見えての話なんだけどね」


 姉さんは待ち時間でさっき僕がこぼした感想に答えてくれる。少し含みのある言葉遣いは小説家である彼女の十八番おはこだ。『あくまで——』と付け足した意味は相変わらずよく分からないけど、尋ねても教えてくれないことは知っている。


「あくまでって、どういうこと?」


「さあ、私にもよくわからない」


「姉さんが言ったんだよ」


「妄言をくのって楽しいよね」


 とまあ、こんな風にあしらわれる。そのたびにもどかしい思いをさせられるのだが、それも今は心地よく感じられてならない。また姉さんと一緒に暮らせるのだと思えて、それがとても嬉しいのだ。僕は昔から、根っからの姉っ子だった。


 おまたせしましたと言って、警備員が僕に仮市民証なるものを、名札入れのようなワッペンに入れて手渡してくる。


「研修期間が終わって正式に市民証が発行されるまでは、外出時にこのワッペンを左肩に着けるようお願いします」


「わかりました」


「それでは、善い新生活を」


 姉さんが警備員に一礼して窓を閉めると、ゲートの遮断機が滑らかに開いた。


 車は再発進し、緩やかに街中へと入り込んでいく。


 ここが僕の暮らす新しい街。姉に背中を押されて、ようやく踏み出せた第一歩。


 期待と不安を抱えた鼓動はリズムとなって、僕の中で停滞していた時の流れがいま、ゆっくりと、確実に、本来の巡りを取り戻そうとしていた。

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