第5話 Gateway 1
湿った反響音のこだまするトンネルを抜けると、
夢心地な気分でそっと
ドライブを
運転席に座る姉さんの方を向くと、ルームミラーを通して不意に目が合った。
「ん、おはよう。よく眠れた?」
「……まだ眠い」
「ならまだ眠ってていいよ。着いたら起こしてあげるから」
僕は姉の優しさに少し罪悪感を覚えた。彼女が夜通し運転しているのは、面倒くさいことに付き合わせている僕のせいなのだ。それなのに、昨夜は大した話し相手にもなれず、ひとりで眠りについてしまった。静寂に冷め切った退屈な真夜中を紛らわせるのは、スピーカーから聞こえてくる、音量の小さなピアノ曲だけ。非常に申し訳ないことをしたと思う。
「あとどれくらいで着くんだ」
「そうだね……三十分くらいかな」
「まだ結構あるんだな」
目の醒めるような景色に夢中になれたなら、きっと時間も瞬く間に過ぎ去っていくことだろう。だけどここじゃ、いくら見渡しても青い山だ。とてもじゃないが、何の面白みも感じられない。姉の厚意に甘え切った僕は、また眠り直そうと目を瞑る。
その矢先、座席に放り出した僕のスマホが鳴りだした。アラームじゃない、電話だ。
手に取って確認してみると、それは母親からだった。
「……」
「早いね、もう気が付いたんだ」
僕の反応から察したらしい。
時刻は午前六時過ぎ。早朝から僕の家出に慌てている母の姿でも想像したのか、姉さんは得意げに微笑んだ。僕の方はと言うと、とてもそんな余裕なんてなかった。
「どうしたらいい?」
「出なくていいよ、どうせ面倒くさいだけだし」
もし出たなら、母さんのことだ。きっと怒鳴り調子で居場所を問い詰めて、僕を連れ戻そうとしてくるに違いない。申し訳ないけど、抵抗させてもらおう。この家出は正真正銘、僕自身が覚悟を持って選択したものなのだ。今回ばかりは、折れてやる訳にはいかない。
自室の机には戻らない旨を記した手紙を置いてきた。僕の家出に姉さんが関わっていることも、ちゃんと書いてある。だから、かつて姉さんが失踪した時のように、警察沙汰になる心配はないだろう。……たぶん。
「——あ、とまった」
僕は鳴りやんだ携帯をすぐさま機内モードに設定する。そうでもしないと、耳障りな着信が続けざまに掛かってきて、せっかくの穏やかな朝が台無しだ。
「今のうちに着信拒否の設定しておきなさい」
姉さんに言われて、僕はひとつずつ連絡先をブロックしていく。母だけではなく、父やその他、彼らと繋がりのあるであろう連絡先もすべて。その作業を終えると、もう後戻りできない深刻さが身に染みて感じられてきた。
嫌な気持ちから逃避したくて、僕はまた眠り直そうとするが。……なかなか難しい。
「……不安?」
苦し紛れに身じろぎを繰り返していると、姉さんが僕を気遣って声を掛けてきた。僕は素直に不安だと答える。それを聞いた彼女は「そう……」と言ったきり、それ以上のことは何も言わなかった。姉の僕に対する理解能力は、時として恐ろしさを感じてしまうほどだ。
大丈夫だと安易に鼓舞すればいい話ではない。そんなことで不安が
とはいえ、新生活への不安は依然として僕の心を捉えて放さない。僕はちゃんとやれるだろうか。充実した高校生活を、僕は取り戻すことができるのだろうか。
僕はまだ、自分を信じることができないでいる……
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