第3話 バカ国王
馬車が行きついたのは、森に囲まれたところで、灰色レンガの円塔が立っていた。
イークアル国王様の私邸だそうです。塔のまわりにはブーゲンビリアやローズマリー、ジャスミン、お花がいっぱい。そこで金髪の男性が剪定ばさみで植え込みを刈っていた。庭師さんかな。
「おい」
とゼイツ
「おい、バカ国王。さっさと挨拶しろよ」
ええっ!? あの人が国王なの!?
するとその人は、剪定ばさみをドラマティックに芝生へ放った。
「こんなに美しい女性に会ったら、緊張しちゃうのは当たり前だろ!」
な、なに? こっちに来る!
「なんて可憐なんだ! フェアリーアイランド王国七女フェルリナ・ルル・フェアリーアイランド様! あなたのように美しい女性に僕は未だかつてお会いしたことがありません!」
私は目を丸くして体を引いた。そんな私の手をとって、この方はひざまずく。気品のあるミディアムレングスの金髪を耳にかけ、瞳を潤ませて、縋るように私を見つめてくる。色々びっくり。年配の方を想像していたから。でもこの方は、ゼイツ准将より年上というくらいで、しかも、精力剤なんて必要なのかしらというほど……
「これがコイツの手だから、のるなよ」
ゼイツ准将が私に耳打ちする。
「申し遅れました。僕の名前はエリアス。エリアス・ダダ・イークアルランドといいます。イークアル公国の嫡男です」
アンブレラスリーブの白いシャツは襟ぐりが大きくあいていて、ダイヤのネックレスがきらめいた。
「はじめまして。お会いできて光栄です、エリアス様」
私はフェアリースマイルで挨拶した。彼はとびきりの笑顔を向けてくれた。良かった。なんていうか、酷いことはしないでくれそうだ。ここまで私を囚人として呼び寄せたのはカモフラージュで、仕方がないことだったんだろう。だって、公にこんなことが知られたら恥ずかしいものね。
心が少し楽になった。そんな時だった。エリアス様がすっと立ち上がり、ゼイツ准将の真ん前に立って囁いた。
「なぜ彼女はこのような扱いを?」
「落ち着けよ。さっそく興奮してるぞ。コントロールしろ」
「なぜ彼女はこんな酷い扱いを受けたのかと聞いているんだ、答えろ」
「牢に入れて囚人を装い連れてこいという命令だった」
「僕はそんなこと命令してないぞ……!」
「后の命令だろ」
エリアス様の表情が険しい。怒っている。それを私に隠そうとして、小声でゼイツ准将にだけ話しているのだ。私はとたんに不安になった。私のために怒ってくれているのはわかるけど、でもやっぱり怖くなった。
ゼイツ准将が言った。
「今ここでする話じゃねーだろ。不安にさせんな」
次の瞬間、エリアス様がゼイツ准将を殴った。
!!?
私は両手で口を覆った。う、うそ、今殴った? ゼイツ准将は殴られた顔を横に向けていた。ちょっと眉をひそめただけで、また前を向いた。
「あっ。~~~っ、すまない!!」
とエリアス様がこぶしを痛がっている。
「ああっ、本当にすまない! なんで僕はこんな暴力を! 女性の前で!」
エリアス様は殴っておいて自分でびっくりしている。私だってびっくりした。私は羽を震わせて、ゼイツ准将の後ろに隠れた。自分でもなんでそこへ行ったのかわからないけど、ゼイツ准将のジャケットにしがみついていた。
「ああ……僕は……なんてダメな男なんだ。女性の前で、自我を抑制できないなんて……」
エリアス様はひたいをおさえてよろよろと森の中へ行ってしまう。ゼイツ准将がちょっとふりむいて、私を確認する。
「心配すんな。女には絶対手あげねーから」
「大丈夫ですか?」
「ああ、別に。元々興奮してるうえに、元気が有り余っちまったんだろ」
私のせいだったのかしらと気づいた。精力がありあまって暴力をふるってしまったってこと?
「部屋案内するぞ、ついてこい」
「あっ、はい」
私は彼のジャケットから手を離した。アーチドアに、ゼイツ准将が頭をさげて入っていく。シチューのようないい匂いがした。壁に紙飾りが、天井から星の金細工が垂れていて、パーティーでもしていたかのような一階は、食事をするところかな。キッチンとダイニングテーブルがあって、お皿が三人分セッティングしてあった。もしかしてエリアス様、三人で食事をしようと用意してくれていたのかもしれないです。
「飯はここで摂る。好きにしていいが、俺からは離れるな。塔から出る時は必ず俺と一緒に行動すること」
「へ?」
「何だ?」
「ゼイツ様も滞在なさるのですか?」
「様なんてつけなくていい」
ゼイツ准将が開けたドアの先は石階段だった。
「二と三階はエリアスが使う。四階は俺。五階がフェルリナだな」
回り階段のとちゅう、ふとゼイツ准将が足をとめて私をふりむいた。
「その羽、飛べるのか?」
「と、とべないです」
「んじゃニワトリと同じか」
ニワトリ! ふたたび階段をのぼりだした彼のうしろを、ほおをふくらませてついていく。
「ゼイツ様、ほっぺは痛くないんです?」
「ほっぺ? なんでだ?」
ぎぇ、殴られたこともう忘れてる……。
五階までのぼって、「羽とべるのか」って質問されたわけがわかった。足が疲れた。室内は天蓋ベッドが目立っていて、窓辺には猫趾バスタブがある。青空と森とで地平線をわけ、気持ちのいい風が通って、白いレースのカーテンがふわふわしている。テーブルの上には色とりどりのお菓子が、花瓶にはガーベラがこぼれそうなくらいたくさん飾られている。
ソファにゼイツ准将が腰をおろして、脚がテーブルにぶつかった。
「お姫様に満足してもらえるような部屋、ってわけにはいかねーな」
と言い、頭を掻く。「俺の部屋どうなってんだろ」と呟いている彼の右頬に、私は気がついた。
血がでてる……?
私はハンカチを手に、彼のとなりにそっと座った。とたんにゼイツ准将がそっぽをむく。
「あの、こっち向いてくれますか?」
そうたのむと、こっちを向いてくれた。殴られた右ほおは、ほんのり赤みをおびて、真ん中にちっちゃな血の跡がある。殴られた時、指輪が当たったみたい。私はハンカチをちょんと当てた。あ、ヒゲ生えてる。と思ったらゼイツ准将が眉間にしわをよせて、また顔をそむける。
「あっ、うごかないで?」
「あのなあ」
むに。ゼイツ准将が片手で私の顔をはさんだ。両頬をおしあげられて、私のくちびるがピヨっと前にでた。
「今やっとくか? 今日の分」
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