第2話 救命
♡ ♡ ♡
――――。
ああ……ああ……んんっ
眠りの中で、私は喘いでいた。
すっごくきもちいい……。とろけちゃいそう……
たぶん誰かが後ろから私の体を抱っこしているの。体重を全部あずけてるのに、びくともしない硬くてあったかい体なの。
目をあけると、私は白いワンピースを着たままだけど、おしっこをする時のようにふとももを広げていた。すべすべしたベッドの上にいて、金ぶちの壁紙の綺麗な部屋にいた。
「……あっ ああっ ひあぁっ」
いっぱい喘いで、何かが終わって、力が抜けた。……今すごい声でちゃった。胸を震わせて呼吸をしていると、
「大丈夫か?」
と耳元で囁かれた。顔はみえない、声だけ。ソファみたいに寄りかかっちゃってたけど、私ずっとこの人に抱っこされて、えっちなことされてたの? 私を羽交い絞めにしている腕が裸で少し怖くなる。
「……っ」
彼が指を抜くと、吸いつくような水音がして、私は恥ずかしさで震えた。彼は私の膝を閉じて、ブランケットをたぐりよせてかけてくれた。腕がむきだしだったのはランニングシャツ姿だったからで、ボトムスもブーツも履いていた。
私が体を動かそうとすると、彼はベッドからおりた。
あ……! えっ、隣の牢の人?
横顔と爽やかな短髪でわかった。どうして牢から出ているんだろう。鍛えられた背中にラフなジャケットを羽織り、襟を正している後ろ姿を見ていると、彼は眉をしかめて私をふりむいた。
「やっかいなモン持ってんなあ、妖精の王女様は」
と言う口元は笑っている。そうだわ、私、遺言のときの持病のこと口走っちゃったんだ。助けるためにしてくれたんだとは分かった。だけど……。私はブランケットを鼻の上までひっぱりあげた。
「ここで寝てろ。朝には着く。悪いが鍵はかけさせてもらうぞ」
彼が部屋を出たあと、ズブリと鈍い感覚があって鍵穴に鍵がさしこまれた。そのあと話し声がした。
「ゼイツ
「何て言ってきてんだ?」
ゼイツ
そう呼ばれて答えたのは、今の人の声。兵士に会っているのに、「むむっ、お前は! 脱獄したな!」みたいな騒ぎになってない。むしろへこへこされていて、一緒に歩いて行ってしまった。
もしかして今の人、犯罪者じゃなくて士官さんだったの?
悪いけどがまんしてくれ、って何度か言われたし、デッカイーナ大国の話もわかっているみたいだった。
でもなんで牢にいたのかな?
♡ ♡ ♡
翌朝、私は窓から緑の大地を見おろしていた。ここがイークアル公国なのかな。この飛空艇は、チュウリッツー連邦の軍のもので、イークアル公国はチュウリッツー連邦の一つだ。今のわたしにわかっていることは、それくらいしかない。
鍵がさしこまれて、ドアが開いた。私はパッとふりむいて、ゼイツ准将の姿を見た。昨日部屋を出ていった時と同じ服装で、手に鎖を持っていた。
「城につくまで、囚人のふりをしてくれ。あとで外してやるから」
彼はそう言って、私の両手首に手枷をはめた。はめている間、眉をしかめてまじめな顔をしている。わりと三白眼で、贅肉のついていない頬。こめかみに筋がういている。昨日、私を抱きすくめてえっちなことをしてきた人…… だ、だめ、考えちゃだめ。あれは救命活動だったんだから。
部屋からでると、士官たちは皆そろいの詰襟の制服を着ているのに、彼だけゆるいジャケット姿だった。こんな格好してるから犯罪者と間違えられたのかしらと思ったけど、全員が敬礼して畏まっているからたぶんそれはない。この船で一番偉かったなんて、知らなかったです。
飛空艇からおりる時、ゼイツ准将は私の腕を掴んだ。両手が不自由だから転ばないようにかしら。いかつい雰囲気なのに優しい気がした。馬車に乗りこむ時は頭をぶつけないように手を乗っけられたし、変なの。そして箱馬車の中で二人きりになると、すぐに手枷を外してくれた。
「悪かったな」
ゼイツ准将は動きだした景色に目をやって言った。
「フェルリナっつったか。なんか質問あるか」
「あの、昨日どうして牢屋にいたんですか?」
と私は聞いてみた。
「理由は二つだな。監視と、もう一つは、誘惑に負けておりてくる部下どもの抑制か」
私の監視と、誘惑……?
「何人も兵がおりてきては、オレを見て上へあがっていったのはそういうことだ」
あ。そういえばそうだった。皆さん挙動不審だった。あれはゼイツ准将がいるのに驚いてUターンしていったのね。私、誘惑なんてしてないです。ただ、息すって吐いてるだけです。でもそれだけで、妖精の王女が人間の男性を呼び寄せちゃうっていうのは、知ってる。お姉さま方がよく話していたから……。
「聞くが、それは妖精の女はみんなそうなのか?」
「……私、何かちがいますか?」
「その、匂いっつーか、雰囲気っつーか」
ゼイツ准将が窓をあける。馬車は木立に挟まれた道を進んでいて、がらがらと車輪の音が近くなる。
「まあいい。気にするな、こっちががまんすりゃあいいだけの話だ。事が済んだら故郷へ送り届けてやる。約束する」
「事ってなんですか? 今どこに向かっているんですか?」
「国王の塔だ。それ以上は本人から聞いてくれ」
ゼイツ准将はため息を吐いて、首をぐるりと回した。
なんか、ばかばかしい仕事やらされてるって態度だわ……。説明する気にもならないみたい
事が済んだら、フェアリーアイランドのお城へ帰れる。約束する、って言ってくれた。
でも、事ってなんだろう? 国王の塔って、私はまた牢屋に入れられちゃうのかな。
考え込んでいる私を、ゼイツ准将がじっと見ていた。
「タチアグラって知ってるか?」
「……モグラの仲間ですか?」
と言うと、ヘヘッとゼイツ准将が笑って外を向く。白い歯がのぞいた。かわいい笑顔だった。
「そんなようなもんだ。こっちの世界じゃ精力剤のことをいう。妖精には、その百倍力があるといわれているが、本当だったんだな」
それって……。
「私、精力剤代わりに連れてこられたんですか?」
「ああ。バカ国王に必要なんだと。世継ぎを作るためにな」
今、バカ国王って言った?
「フェルリナはただ塔で暮らしてればいい。牢じゃないぞ、普通の部屋だ」
「世継ぎ!?」
わたし国王様の妾みたいにされちゃうの!?
「もちろん世継ぎは王妃と作るためのものだ」
良かった。ほっとした。
「何も心配する必要はないと思うが。お前自身の問題はどうする。一日一回のアレは、今まではどうしていたんだ」
!! 私はかあっと熱くなった。答えられずにいる間、ゼイツ准将は眉をしかめて、窓の外に目をやったり、ポーカーフェイスでいたけれど、おもむろに胸元から紙をとりだした。
「この遺書だが、『拝啓プリシラお姉様、牢屋で――』」
「きゃああっ」
私は立ち上がってゼイツ准将から紙を取り返そうとした。
「返して!」
「さいごガクッ、って言ったよなあ? ハハハハ」
「返してください! ていうか燃やして!」
「あー着いた。おりるぞ」
馬車が停まっていた。ゼイツ准将はにっかり笑った横顔で、私の遺言を胸元にしまいながら、先におりてしまう。私の弱味をにぎったみたいなわるい横顔で。
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