私、ワタシごっこ

狂酔 文架

私の話



 夜は、人が少ない。別にそれは人が夜に眠る時点で当たり前のことだし、地球に文明ができる前から、月の前で活動する人は少ない。

 でも、私は思うのだ。月は寂しいんじゃないかって。

 同じ昼間を生きることができない存在として、月も、寂しいのだろうと。


 ある日のこと、私は二人に分かれた。いや、元々なのだろうか、私というワタシは、この身体に二人いた。

 5歳、6歳の頃だっただろうか、気が付けば私は、太陽の下を生きれなくなっていた。いや、これもきっと違う。私は元々、太陽と顔を合わせたことなんてないのだろう。

 だから幼い私は気が付いたのだろう、太陽と顔を合わせるワタシの景色を、ただ私が見ているだけということに。


 それからだ、私は、月としか挨拶を交わしていない。だから私は色々と昼のワタシにあこがれているのだ。

 友人、その友人との遊び、授業、学校、太陽の下で光のありふれた世界で生きることも、その全てが、私はうらやましい。

 だから、昼の私が体温計を片手にガッツポーズをしている姿を私の景色に入れてしまうと、少しだけその姿が妬ましい。私は行きたくても行けないのに、行けるワタシは行きたくないのだから。


 寂しくてしょうがない、友達のいない私、友達のいるワタシ、遊具をしってるワタシ、遊具をしらない私、学校を知ってるワタシ、何も知らない私。

 私の時間の中、月の前で私は、夜が明けるまで教科書を読み続けたこともある。遊具の種類も、遊び方も、なんだって知ってる。私のほうが上手にワタシを生きられる。私の方が上手に太陽の光を浴びられる。でも、いくらがんばっても私はワタシになれない。そう理解したのは、つい最近のことだった。

 

 今日も、少し曇りがかったワタシの景色を、私は見ていた。

 長い髪の子、短い髪の子、運動の得意な子、絵の得意な子、目に映るたびに楽しそうに笑っているワタシの”トモダチ”の皆、それを目に映す度に私はどうしようもない寂しさを感じていた。


 でも、今日は少しだけ違う。今私が悪いことをしているのは知ってる。でも、少しだけそれを許してほしい、月と直接顔を見合わせている私を、許してほしい。


 今日は親が家にいなかった、小学6年生になった私達はもうお留守番ができるとおもったのか、二人とも用事といってどこかへと出かけてしまった。

 だから、このチャンスを逃したくなかった。悪い子なのはしってる、でも、少しだけ、少しだけ学校に触れてみたかったのだ。


 久しぶりの外、初めて歩く深い夜は、少しだけ風が冷たい。温度という意味でもそうなんだけど、私の横をすぎていく風が、私を睨んでいるような気がして、それも少しだけ冷たかった。


 数分歩くと、私の目に白色の校舎が映る。

 白色といっても、少しコケが生えているし、茶色く変色しているところもあるし、カビだって生えて、酷いところはひびだって入ってる。何十年もあるのだ、そんなことは当たり前だ。

 でも、それでも私の目にはその年季の入った校舎が、美しくて夢であふれた大きなお城に見えた。

 こんな時間にいるはずないのに、王子様だっている気がする。


 時間は深夜0時過ぎ、もう警備員さんはいないだろう、少しだけ噂で夜の学校は警備員さんが見張ってるって聞いたことがある。

 初めてたどり着いた大きな門の前、ノックしても何も返ってこないのは知ってる。でも、その青くて大きな門を、いくらその先のグラウンドが見えていても、私はノックしたい気持ちを抑えられなかった。

  

 コンコンコン、鉄の塊をノックする、かたい鉄にノックするのは、骨に響いて少しだけ痛い。でも、ノックすると余計とお城の目の前にいるのを実感して、ノックなんてきちんとしたことをしておきながら、家から持ってきた脚立を立てて、青色の門を飛び越える。


 やっぱり風は、少しだけ冷たい。悪い子の私を見張っているのだろう、それでも私は、憧れの学校にトウコウしたという気持ちになってその興奮を抑えられそうにはなれない。

 校門の先、グラウンドに踏み込むまでの間、校舎へ続くロータリーに沿って校舎に向かう。

 毎日ワタシの景色として曇りがかった先で目に映すのとは違って、しっかりと目に映す校舎の姿は、私の足を駆け足にさせる。

 

 駆け足の私の気持ちはそれに重なるように大きくなって、気が付けば私の足音と高鳴る胸の鼓動の音も重なっていた。

 

 初めての下駄箱の前、ガラス張りの扉の先に、私の夢の空間がある。でも、私の夢がここまでなのも、私は知っている。

 校門は乗り越えればなんとかなる。でも、ここはしっかりと鍵が閉まっていて、入るには鏡を割るしかない。さっきみたいに乗り越えれば何とかなるわけでもない、私の夢はここまでなのだ。


 後悔が無い……というか悔しくないわけじゃない、でも、いい夢だった、そう思う。

 でも、その想いを否定するのは、何よりも私で、ガラス張りの下駄箱の扉に映る私の顔は、やっぱりどこか寂しそうな顔をしている。

 でも、私にはこれからどうすることもできない、ここで無駄な時間を過ごしてしまっても、もしかしたら怖い警備員さんが来てしまうかもしれない。だから、早くここを離れよう、そう思った時だった。


「……さん?」


 それは、聞こえるはずの無い声だった。

 聞いたことのない男の子の声、声の聞こえた方に目を向けてみると、ワタシの景色でよく見る男の子だった。

 多分ワタシの仲の良いトモダチなのだろう。名前も知っているのも納得だ。でも、さん付けなのはなんでなんだろうか。

 

 でも、それはそれとして、もし、ワタシのトモダチなら、私は私であることを気づかれてはいけない。なぜなら私が二人いることをワタシのトモダチは知らないのだろうから。

 

 だからといって、名前を呼ばれて無視というのも明日のワタシがどんな風に思われるか分からない。

 ワタシのフリをどんな風にするか悩んでいると……意外な言葉が聞こえた。


「はじめまして……」


 聞き間違いだろうか、『はじめまして?』なぜその言葉が飛んでくるのか分からず、一瞬頭が動きを止める。

 目の前にいるワタシのトモダチは、ワタシのトモダチのはずなのに、なぜかその言葉ははじめましてと聞こえた。

 そんなことありえるのだろうか、でも実際私はそう聞いたわけだし……。


「天色さん……で、あってる……よね?」


「う、うん!!」


 ワタシらしい返事なのかは分からない。でも、二度目の言葉を無視するわけにも行かないし、一応ワタシのフリをしてみた。


「あ、えーと、僕の名前……だよね、えーと、僕の名前は志野 暗李。はじめまして」


 どうしようか……ワタシのトモダチのはずの子は、はじめましてどころか自己紹介まで始めてしまった。やっぱりワタシのトモダチじゃなかったのだろうか。


「え、えーと、はじめまして?」


 少しぎこちない感じで聞き返してしまった。ワタシのフリはもう無理そうだ。でも、なんでかその必要もいらない気がする。


「あ、えーとはじめまして……じゃなくて、どういえばいいんだっけ……、僕が二重人格って言ったら、天色さん信じてくれる……?」


「君もなの!?」


 思わず言葉があふれてしまった。でも、そうなるくらいに、少し戸惑いながら言う目の前の男の子の言葉はここから気になるものだった。


「君もなの……って、天色さんもなの?」


 まだ戸惑ったままに、でも少し目を輝かせながら、少年は言葉を返してくれる。

 私は、心を躍らせずにはいられなさそうだ。


 「う、うん!! 私も、二重人格なの!! 

 えーと、えーと……私の名前はね! 天色 真夜。 は、はじめまして!!!」

 

 心と一緒に口からもこのあふれる気持ちを抑えられなさそうだ。

 私は運命の出会いをしているのかも知れない。そう思うと、この心の思うままに、言葉をあふれさせてしまおう。

 そうして私たちの運命は重なった。ガラス張りの下駄箱の少し先、私たちは隠れながら私たちは言葉も重ねた。

 お互い初めての二重人格どうし、夜にしか生きられない私に、初めての友達ができた。私のさびしさなんてものは、下駄箱の先であふれてた夢は、今こうして下駄箱の前で、私の王子様によってかなえられているのだ。



 「ちょっとだけ……遊ばない?」

 

 「遊ぼ!!」


 私の無理なお願いに、暗李君はうれしそうに答えてくれた。

 その言葉を聞いた途端、私たちはグラウンドの遊具に向けて思いっきり走った。

 もしこれが50メートル走ってやつなら、間違いなく私たちが一番だ。


 目に映る綺麗な遊具たち、一番最初に空を舞う遊具に乗った。

 足を揺らせば地面から身体が離れていくその景色に、私たちは隣同士で目を合わせて笑いあった。


 次は虹を滑り落ちる遊具に乗った。虹の階段を上って、二人で一緒に手をつなぎながら大きな虹を降りた時には、身体に押し寄せてくる風の気持ちの良いものだった。


 次は森を駆けのぼる遊具に、その次は小さな地球に、その次もその次も、私たちは時間を忘れて遊んだ。


 遊具で遊び終えたら私が学んで来たいろんな遊びを二人で試してみたりして、本当に楽しかった。


 気が付いた時には私達は芝生の上で寝そべっていて、もうすぐ月を隠そうとしていた。


「明日も遊ぼ! 明後日も明々後日も!! 毎日毎日遊ぼ!!」

 

 私は叫ぶように言った。その言葉に「うん!!」と満面の笑みで返してくれた彼の言葉と顔は、私の頭に張り付いて離れなかった。


「暗李君!! またね!!」


「うん!! 真夜ちゃん、またね!!」


 二人で頑張って乗り越えた校門の先で、持ってきた脚立を抱えて家に帰る道を歩きながら、私たちはお互いに手を振り合った。


 来た時とは違うような感じがした帰り道を歩く中、頭に張り付いた初めての友達との思い出にふけっていると、そろそろ姿を隠しそうな月が目に映った。


 もう消えそうな私は最後に月に向かって微笑んだ。そうするとなんだか月も私を見て笑ってくれたような気がして、私はそのまま月と手をつなぎ、太陽とワタシにバトンタッチした。

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