第7話

 山ごもりはもう十分だ。

 そう判断した俺は下山し、公衆浴場で汗を流してから、久しぶりに学校に行った。

 すでに放課後だ。生徒たちは寮に帰ったり、図書室で自習したり、そこら辺で遊んだりしている時間。

 カールはすぐに見つかった。今から町に遊びに行くところだったらしく、校門のすぐ近くにいた。十人近い取り巻きを引き連れているから実に目立っている


「よう、カール。元気そうだな」


 俺が声をかけると、カールたちは驚いた顔になる。


「レオニス!? 一週間ぶりじゃないか。もう来ないかと思ったぞ。こんなに長く学校をサボって、本当に悪い奴だな、お前は」


「カールさん。町に行くのをやめにして、レオニスに稽古をつけてやったほうがいいんじゃないっすか? そっちのほうが楽しいっすよ」


 取り巻きの提案にカールはニヤリと頷いた。


「そうだな。おいレオニス。訓練場に行くぞ」


「いいや、ここで十分だろう。ギャラリーも多いしな」


 放課後の校門前は、生徒で溢れかえっている。

 ほぼ全員が俺とカールの関係を知っているから、足を止めて興味深げに見てくる者が多い。


「へえ……いい度胸じゃないか。そんなに恥を晒したいのか。いいだろう。望み通りにしてやるよ。おい、誰かレオニスに木剣を貸してやれ」


 この剣術学校の生徒は、できるだけ木剣を携帯するのを推奨されていた。

 授業以外でも積極的に訓練すべしという理念があるし、もっと単純に、剣を持ち歩くのを日常にするためである。慣れていないと、剣を腰にぶら下げた剣を、結構あちこちにぶつけたり引っかけたりするから。


 しかしカールは木剣を持っていない。代わりに魔法剣を持ち歩いている。木剣ではない本物の剣は逆に校則違反のはずだが、教師は誰も注意しない。

 そして俺も、愛用していた木剣がカールとの戦いで折れてしまったから、今は持っていない。


「木剣は必要ない。俺にはこれがあるからな」


「な、なんだ……? お前、その剣、どこから出したんだ!? 木剣以外を校内で所持するのは、校則違反だぞ!」


「お前に言われたくないんだが?」


「俺はいいんだよ! 俺の父上はこの学校にもの凄い寄付をしてるんだから!」


「そこはせめて、特別に許可を得てるとか言って誤魔化せよ。父親の金の力でどうにかしてるって……それで威張れるのが逆に不思議だ」


 俺はカールの取り巻きたちにも視線を向ける。


「お前たち、よくこんな情けない奴の舎弟をやってるよな。いくら金や物を恵んでくれるからって、自分が情けなくならないのか?」


「う、うるせぇ! 俺たちがカールさんのそばにいるのは、心の底から尊敬してるからだ! 別に金目当てじゃねーよ!」


「そうだ、そうだ! いっつもカールさんにボコられてるからって僻んでるんじゃねぇ! カールさん、こいつ生意気っすよ。早く立場ってものを分からせてやってください」


「カールに頼らず、自分で俺に立場を教えてやろうとは思わないのか?」


「カ、カールさんの楽しみを奪うわけにはいかねぇんだ!」


 取り巻きたちはカールの後ろに下がっていく。

 なにせこいつらは、俺が最初の授業でカールを叩きのめしたのが実力だと知っている。『あれはなにかの間違いで、魔法剣を手に入れてからの結果こそが真実』と本気で信じているのはカールだけだ。


「レオニス。俺の友達を惑わそうとしても無駄だぞ。みんな、俺を慕ってくれているんだ。さあ、御託を並べていないで、正々堂々、木剣で俺と戦え!」


 カールは隣にいた生徒の木剣を勝手に俺の足下に投げた。

 まあ、いいか。

 木剣を防御結界で覆えば、強度は十分だからな。


「そうだ。最初から大人しく木剣を手にしていればいいんだ……あれ? さっきの剣をどこにしまったんだ……?」


「どうでもいいだろ。ほら、早く分からせてくれよ」


「さっきからなんなんだ、その態度は! 開き直ってるのか!? すぐに後悔させてやる!」


 カールが剣を構えて突進してきた。

 流れるような動きだ。

 しかし、こいつ自身の技術じゃない。全ては魔法剣が自働で行っていること。

 正確だが、いつも似たような動きしかしない。


「な、なんで防げるんだ!?」


「やっぱり気づいてなかったんだな。俺は前回の戦いで、お前の魔法剣を見切った。あのとき木剣が折れなかったら、俺が勝っていた」


「そんなわけあるか! この素早い動きを人間が見切るなんて……動いている俺自身でさえよく見えていないんだぞ!」


 それをここで言っちゃうか?

 自分はなにもしてないって宣言しているようなものだぞ?

 まあ、みんな知ってるから今更だけど。

 魔法剣の力も実力のうちとか思ってるのはカールだけだ。

 それにしてもカールはどうやって自尊心を保っているのだろうか。戦うたびに不思議に思う。


「さて。そろそろ終わらせるか」


 俺は木剣を魔法剣に叩きつける。その衝撃で魔法剣はカールの手から離れ、空中でクルリと回転してから、カールの足下に落ちて地面に真っ直ぐ突き刺さった。


「あ、危ないだろう! 少しズレていたら死んでいたぞ!」


「ちゃんと計算してやったから大丈夫だ」


「そんなことできるわけがない! マグレで魔法剣を弾いたからって図に乗るな! 仕切り直しだ! 次は手加減しない……徹底的に叩きのめしてやる!」


 カールは魔法剣を手に取り、勝手に『次』とか言い出した。

 お前、自分の意思で動いてないんだから、手加減とかないだろうに。


「これが実戦だったら次なんてないんだぞ? そういえば初めて戦ったときも、途中から三本勝負ってことになったよな。お前はいつも負けを認めず、屁理屈をこねくり回して、自分が勝ったということにする。一生そうやって生きるのか? モンスターはお前の屁理屈なんか聞いてくれないぞ」


「黙れぇぇっ!」


 少しは自覚があったのか、カールは顔を真っ赤にして斬りかかってきた。

 俺はカールの攻撃を防ぎ続ける。


「くそ、どうなってるんだ! 木剣がそんなに頑丈なわけがない! なぜ折れない!?」


「やっと疑問に思ったか。木剣を防御結界で包んでいたんだ。お前らは僧侶のギフトを馬鹿にしてくれたが、これほど戦闘向きのギフトはないぞ」


 木剣を覆っている結界をボンヤリと光らせ、可視化する。


「結界で包んだ……? 防御結界ってのは、そんな器用な真似ができるものなのか……?」


 カールは唖然とした顔で呟いた。


「ちなみに、さっきの剣も防御結界で作ったものだ」


 俺は右手で木剣を持ちながら、左手に結界剣を具現化させた。周りで見ていた生徒たちから、どよめきが上がる。


「レオニスの奴、簡単そうにやったけど、あんなのありえねぇだろ? いくら僧侶のギフトがあるからって……」


「私の親戚に冒険者がいて、僧侶系魔法の達人って言われてるんだけど……あんなこと絶対にできないわ」


「僧侶があんなことできるなら、冒険者は全員、僧侶系魔法を学ぶさ。でも、そうなっていない。普通はできないんだよ!」


「じゃあレオニスはなんなの?」


「俺が知るか!」


 生徒たちは軽いパニックに陥っている。

 どうやら、みんなの常識を根底から破壊してしまったらしい。

 俺の魔法の本領は、まだまだこれからなのだが。

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