第5話

「美味い! モンスターの肉はこんなにも美味かったのか! 前世で噂だけは耳にしたことはあるが……まさかこれほどとは。僧侶のギフトがあって本当によかった……」


 俺はモンスターの肉に浄化魔法をかけ、焼いて食べた。

 塩さえ使っていない、とても料理と呼べないような、荒々しい食べ方だ。

 なのに頬が溶けそうなほど美味かった。


 モンスター肉から毒を消すには、多大な労力が必要なはずだった。

 しかし俺は、自分一人の浄化魔法でできるという確信があった。


 俺は前世で、素材の善し悪しを調べる魔道具というのを作ったことがある。そのときの知識を活かして、分析魔法を実行。

 モンスターの肉から毒が消えているのを確かめた。

 とはいえ、それだけでは安心できない。毒味をしよう。

 俺はまず肉の小さな切れ端だけを口に入れる。大丈夫。毒はない。毒はないのだが、その代わり、美味すぎて固まってしまう。

 ある意味では毒より厄介だ。

 もう市販されている肉では満足できないかもしれないから。

 そこから俺は我を忘れて食べまくった。

 実に幸せな時間だった。

 色んなモンスターを食べ比べるのを趣味にしてもいいかもしれない。


「さて。腹が膨れたし、次はあっちの気配を探ってみるか」


 この山にはモンスター以外に、よからぬ存在がいる。気配でわかるのだ。

 その気配の場所に行くと、黒いナニカがうごめいていた。

 それらは人の形をしていた。だが輪郭があやふやだった。人相もまるで分からず、ただ赤い瞳が二つ、恨めしそうに光っている。


 幽霊、か。


 そういえば父さんから聞いた覚えがある。この山ではかつて、冒険者のパーティーが全滅し、幽霊になってさまよっていると。

 かなり実力派のパーティーだったという。いつも余裕綽々でモンスターを狩っていた。自分たちがモンスターに殺されるなんて絶対にあり得ないと思い上がってしまうほどに。

 そして最後の最後に全滅した。自分たちが全滅したと、彼らは理解できていないのだろう。だから山をさまよっている。


 幽霊たちは六人。もう人間ではないから六匹と数えるべきか? いや、命がけで戦った者たちだ。敬意を表して六人と数えよう。

 死んでもさまよい続けるというのは、俺にとって他人事ではない。

 俺は一度死んで、転生している。肉体があるかないかの違いだけで、俺だってある意味、幽霊のようなものだ。


 だからこそ、ああして肉体を失い、自我があるかないか分からないような状態になって現世にとどまり続けるのは、見るに堪えない。もし自分があんな状態になったら、早く誰かに浄化してほしいと思うだろう。


 幽霊たちの赤い瞳が俺を見た。

 助けを求めているように感じた。

 俺の思い込みかもしれない。

 それでも俺は幽霊たちを浄化すると決めた。


 幽霊たちはいつの間にか武器を持っていた。剣や槍、弓。

 黒い矢が飛んできた。俺は防御結界で剣を作ってそれを弾く。

 違和感。

 まともな物質ではない。当然か。なにせ幽霊が放った矢だ。おそらく魔力の塊。俺の剣も同等の存在だから弾けたのだ。もし鉄の剣だったら一方的に破壊されていた。


 幽霊が迫ってくる。そいつの武器は弓ではなく剣。俺はその一撃を自分の剣で受け止めた。それから足払い……手応えがない。透けてしまった。

 俺は後ろに飛び退いて、幽霊たちと距離をとる。

 すると幽霊の一人が石を拾って投げてきた。


「俺の足払いは透けるのに、そっちは石を投げられるとか、反則じゃないか」


 幽霊は物質に干渉できる。だが、こっちは結界で覆わないと幽霊に触れられないらしい。

 一方的なルールだが、そうと分かれば、全身を結界で覆い続ければいいだけのこと。


「そもそも、六対一ってのが反則だな。一気に決めさせてもらうぞ!」


 俺は結界を操って、剣の刃渡りを伸ばし、フルスイング。

 全ての幽霊を一刀両断にした。

 が。

 上半身と下半身に分かれたというのに、幽霊はすぐもとに戻ってしまう。

 その後、結界に炎の術式を刻んで撃ち込んでみたが、それも効果がなかった。

 さすが幽霊。すでに死んでいるから、なかなか死んでくれない。


「やはり浄化魔法が必要か」


 幽霊を浄化する魔道具も前世で作った。

 そして今の俺は僧侶のギフト持ち。

 六人の幽霊を浄化するくらい簡単なはずだ。

 最初からそうしなかったのは、色々試したかったから。


「実験体にして悪かった。これで眠ってくれ。浄化!」


 俺の体から光が広がる。それは幽霊を構成する黒いモヤを吹き飛ばした。モヤは大気に溶けて消えてしまう。

 いや、消えたというより、溶けて混ざったと表現すべきか。


 人間も動物も植物も、死ねばその魂は大気に溶け、混ざり合い、大きな流れの一部になる――という理論がある。


 ところが希に、その流れに逆らって、とどまり続ける魂がある。それが幽霊と呼ばれるものだ。

 俺のように死後も自我を残しているなら、幽霊になるのもいいだろう。

 しかし、さまようだけなら、大気に溶けて自然に帰ったほうが幸せだと思う。


「それにしても……こうして改めて目をこらすと、かなり漂っているものなんだな」


 かつて魂だったもの。

 大気に溶けた、大きな流れ。

 マナ、と呼ばれるもの。

 理論は知っていたが、マナをハッキリと感じ取ったのは初めてだ。

 これも僧侶のギフトのおかげだろうか。


「マナの流れ……新しい魔法の参考になりそうだな……」

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