第4話

 ロクシャール剣術学校で、一年生が座学の授業を受けていた。

 剣術理論だけでなく、モンスターの生態や、薬草の効能、魔法師と連携の取り方など、学ぶべきことは多い。


 だが、生徒のほとんどは退屈そうにしており、知識を吸収しようという真剣さがない。

 教師も教科書を読み上げるだけで、生徒を育ててやろうという意欲に欠けていた。

 この授業だけがそうなのではない。ロクシャール剣術学校全体から、かつての熱気が失われている。

 卒業さえすれば剣士として一目置かれ、冒険者のパーティーに入るのが容易になる。それだけでなく、有名な傭兵団とか、貴族のお抱え兵士とか、あちこちに道が開ける。


 偉大な先人たちが作り上げてきたブランドイメージがあるからこそ、ロクシャール剣術学校の卒業生は敬意を払われるのだ。

 しかし今、学校にいる者は、そのブランドを食い潰すことしか考えていない。

 生徒は剣術を磨くのではなく、卒業それ自体を目的としている。

 教師は毎月の給料さえあればいいと思っている。

 経営者は寄付金さえもらえれば、実力不足の生徒だろうと簡単に卒業させてしまう。


 そんなことを続けていれば、学校のブランドは地に落ちる。現に、悪評はジワジワと広まり始めている。

 なのに経営者たちは、誇りはないのに自信だけは山の如しで「我々はロクシャール剣術学校なのだぞ」と安心しきっていた。


 全ての生徒や教師が無気力なわけではない。向上心にあふれた者だって中にはいる。

 だが、人間は他人の影響を受けやすい生き物だ。若者は特にそうだ。

 カールのような者が金の力でのし上がり、誰もそれを咎めない状況に長くいれば、やる気などすぐに萎んでしまう。

「こんなところにいたら自分は駄目になる」と悟った生徒は、サボったり退学したり。

 有能な者から去って行く状況におちいったロクシャール剣術学校は、緩やかに滅びの道を歩んでいた。


「せんせー。レオニスくんが今日もいまーせん。サボりですかー?」


 と、一人の生徒が声を上げる。

 すると教室のあちこちから、クスクスと笑い声が漏れた。


 笑ったのはカールの取り巻きの生徒たちだ。

 彼らは自分からレオニスを攻撃することはないが、カールがレオニスを呼び出して暴行を加えている現場にはいつもいる。

 自分たちが勝ったわけでもないのに、傷だらけで横たわるレオニスを見て優越感に浸れるような者たちだ。

 虎の威を借る狐そのものだが、彼らにとっての虎であるカールも父親の金に頼り切っているので、この場には狐しかいないともいえる。


「レオニスかぁ。寮にも帰っていないみたいなんだよなぁ。授業をサボったうえに無断で外泊とか駄目な奴だよなぁ。お前らはそんなことするなよぉ」


 と、教師はやる気なさげに言う。


「やっぱり、カールさんの稽古が厳しすぎたんじゃないっすか? あいつ根性さなそうっすからね」


「ふん。俺が親切で鍛えてやったってのにな。授業をサボってクラスの輪を乱すなんて許せない。次に会ったら、徹底的に分からせてやらないとな」


「もう学校には来ないんじゃないっすか? あいつカールさんにビビりまくってますからね」


「おーい、お前らー。授業中は静かにしろよぉ。ちゃんと教科書を進めないと俺の給料が減らされるからなぁ」


 教師のその発言でまた笑いが沸き起こり、レオニスの話題はいったん落ち着いた。


「それじゃ授業を続けるぞ? お前らの命に関わる話だから、これだけは真面目に聞いておけ。生徒から死者が出たら、俺の給料が減るんだから。いいか、このロクシャールの町の周りには、そんなに強いモンスターがいない。お前ら生徒だけでモンスター狩りに行っても、まあ大丈夫だ。しかし、少し離れたところに山があるだろう? あそこだけは絶対に近づくな。モンスターの格が違う。先生も一人じゃ行きたくない」


「そんなに危険なんですか?」


「ああ。特に熊タイプのモンスターが凄かった……あれを一人で倒せたら、王立騎士団にだって入れるだろうなぁ」


「王立騎士団……すげぇ……」


「こら、カール。絶対に行くなよ? お前の魔法剣でも、あの山では通用しないからな。行きたいなら卒業してからにしてくれ。強力な魔道具を何個も持って行けよ。それでもオススメしないけどな」


 普段はカールを野放しにしている教師が、強い口調で注意した。

 つまり、本当に冗談で済まされない場所なのだと生徒たちは察し、少しだけ真剣な顔になった。


「ただモンスターが強いだけじゃない。登山道さえないから道に迷いやすいから、遭難して餓死ってのもあり得る。まあ、これはあの山に限った話じゃないけどな」


「先生。モンスターを倒してその肉を食べればいいんじゃないですか?」


 とある生徒が発言する。


「おいおい。授業を真面目に聞いていないにもほどがあるぞ? モンスターの肉は人間にとって毒なんだ。煮ても焼いても食えん。一番最初の授業で教えただろう」


 半分の生徒は「そうだそうだ」と頷き、もう半分は「そうだっけ?」という顔をする。なおカールは後者に属していた。


「でも先生。モンスターの肉料理ってのが、貴族のパーティーに出たって聞いたことありますよ?」


「あの噂なぁ……モンスターの肉を大量の薬草と一緒に漬けて、更にハイレベルの僧侶が何人も交代で浄化魔法をかけまくって、それでようやく毒が抜けるらしい。はっきり言って材料費と人件費の無駄だな。金持ちが自分の経済力を自慢するためだけにやった、愚かな行為だ」


「けど、そのパーティーに出たモンスターの肉は、すっげぇ美味かったらしいですよ?」


「豚や牛の肉だって十分に美味いだろ。コストに見合ってないよ。いいか、お前たち。どんなに腹が減っても、モンスターを食おうなんて考えるな。死ぬぞ」


「なるほど……」


 教師の言葉を受けて、その生徒は納得したようだ。


「それとな。あの山はモンスターだけじゃなく悪霊もいる。大昔、山に入って全滅した冒険者パーティーの魂が、今もさまよっていて、仲間を増やすため人間を襲うんだ。嘘じゃないぞ。先生もこの目で見たんだ。悪霊には剣どころか、炎も雷も効かなかった。あれもハイレベルな僧侶が複数で浄化しなきゃ、どうにもならないだろうなぁ」


 授業が終わり、教師がいなくなってから、カールは「いいことを思いついたぞ」とクラスメイトを集めて語り始めた。


「鍵は僧侶なんだよ。レオニスは僧侶のギフトを持っている。僧侶系魔法に関しちゃ天才のはずだ。だったらあいつを連れて山に行って、悪霊と戦わせてみよう。それとモンスターの肉を食わせるのも面白いな。普通なら死ぬんだろうけど、あいつなら大丈夫のはずだ。なにせ僧侶のギフトがあるんだから。もし間違って死んでも、俺たちは悪くない。僧侶のギフトがあるのに、その程度のこともできないなんて、予測できるわけないからな!」


「さすがカールさん。いいアイデアっすね。けれど、レオニスはどうなってもいいっすけど……俺たちは無事に下山できるっすか?」


「大丈夫だ。父上に全員分の護符を用意してもらう。レオニスの護符はいらないよな。あいつは僧侶だから自分で防御すればいいんだから」


「なるほど。面白いことになりそうっすね!」


 カールとその取り巻きは盛り上がる。


 その頃レオニスは、僧侶系魔法を使って山のモンスターを惨殺しまくっていた。

 レオニスはすでに常人では想像さえできない領域に至っていたが、カールたちには知るよしもないことだった。

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