第2話 前世の記憶

 俺の名前は、レオニス・バルカム。

 ここロクシャールの町で生まれ育った。

 両親はどちらも冒険者で、しかも二人とも剣士だ。

 当然のように剣術の英才教育を施され、両親から「まあまあ」と評価される程度には強くなれた。

 俺にはどうやら僧侶のギフトがあるらしいが、あまり興味がない。これが攻撃魔法のギフトだったら話は別だ。強力な攻撃魔法で広範囲のモンスターを一気に殲滅するのは、気持ちが良さそうだし、絶対に格好いいから。


 けれど僧侶というのは、他人が戦っている後ろで支援するのが仕事。必要なのは分かるが、自分がそれをやりたいとは思わない。


 両親が剣の達人で、熱心に技を伝授してくれるし、やってみると結構楽しかった。

 だから俺は素直に剣術を磨いて、まあまあ強くなった。

 きっと将来は、剣を担いだ冒険者になるのだろう。

 そこに不満はない。ないはずだ。

 俺は父さんも母さんも好きだし、剣も嫌いじゃない。

 なのに、本当にやりたいことが別にあると思ってしまうのは、なぜなのか。


「レオニス。お前は来年、十六才になる。つまり剣術学校に入学する歳だ。あそこを卒業すれば、剣士として一流だという証明になる。卒業してから冒険者ギルドに行けば、色んなパーティーから仲間にならないかと誘われるぞ。それだけじゃない。兵士とか傭兵とか、ほかの職業をやるにしても信用度がまるで違う」


「お父さんもお母さんも、剣術学校に行きたかったけど、若い頃はお金に余裕がなかったの。けれど今は違うわ。だからレオニスには剣術学校を卒業して欲しいの」


 父ローランと、母セシルの言葉に、俺は頷く。

 そして入学試験にトップ合格し、予定通り、年が明けてからロクシャール剣術学校の一年生になった。


 三年制の、全寮制。

 つまり一時的な帰宅を除けば、三年間は実家を離れての生活だ。

 早めに友達を作らないと、寂しい日々を過ごすことになる。

 なのに俺は、最初からつまずいた。

 カール・ゴードンという金持ちの息子に目をつけられ、そいつの意思によって、俺は虐められる立場となった。


 理由は単純。

 授業中の模擬戦で、俺がカールを倒してしまったからだ。


 カールは自分こそが新入生で最強であり、入試で俺がトップの成績だったのはなにかの間違いだと主張した。そして俺と一騎打ちしたいと教師に進言した。

 一騎打ちくらい放課後にやればいいだろうと俺は思ったが、カールは生徒や教師が大勢いるところで実力を証明したかったらしい。

 カールの父親は資産家で、剣術学校に多額の寄付をしている。だから教師はカールの頼みを聞き入れ、木剣を使った模擬戦の許可を出した。


 結果、俺が圧勝した。

 するとカールは「三本勝負だ!」と急に新しい条件を出してきたので、俺はもう一度カールを叩きのめした。

 すると「今のは不意打ちで卑怯だ」とか「剣に細工をしたに違いない」とネチネチ言ってきた。

 腹が立った俺は、剣に細工などないと証明するため、素手でカールを殴りまくって気絶させた。

 カールは大勢の前で実力を証明したわけだが、それは本人が信じていた結果とは真逆のものだった。


 どうやらカールにとって『自分が一番強い』というのは絶対普遍の公理であり、それと異なる結果になった現実のほうが間違っているらしい。

 彼は現実を正すため、親に泣きついて魔法剣を用意させた。


 魔法剣。

 それは魔道具の一種。剣が武器の象徴とされているせいか、魔道具の中でも魔法剣は特にポピュラーな存在だ。

 カールが父親に買ってもらったのは、持ち主の技量とは関係なく自動的に戦闘を行うという魔法剣。


 まずカールは、その魔法剣を使って、自分をあざ笑う生徒たちを叩きのめして、舎弟を増やし、学校内に一大勢力を築いた。短期間でそれを可能にするほど、魔法剣が強かったのだ。

 それからカールは、自分に付き従う生徒に、気前よく贈りものをした。放課後に食事を奢ったり、なにか買ってやったり、金をばらまいたり。人心など金でどうとでもできるのだと主張するかのように、彼はトモダチを増やした。


 生徒は誰しもカールの言いなりだ。教師でさえ、カールの父親に目をつけられたくないから、注意の一つもしない。

 剣術学校なのに、己の剣術ではなく道具の性能に頼って勢力を拡大する。

 それはたんに素行不良な生徒が一人いるという話にとどまらず、学校の質を問われる問題だ。なのにカールの父親からの寄付金に目が眩んで、誰も対処しようとしない。


 だから俺の味方は学校に一人もいなかった。


「おい、レオニス。今日も放課後、訓練場に来いよ。くっそ弱いお前のために、稽古をつけてやる!」


「カールさん。こいつビビって来ないんじゃないですか? なにせ昨日もあれだけボコボコにしてやったんですから」


「ふん。来なかったら探し出して引きずっていくだけさ!」


 カールは毎日のように俺を気絶するまでいたぶってくる。しかも生徒を大勢集めて。

 一応、刃を鞘に収めたままだから斬撃ではなく打撃。終わったあとにポーションをくれるから次の日に怪我は残らない。

 だからこそカールは気兼ねなく俺に鞘を振り下ろせるわけだ。


「ぐ……っ!」


 肩に強い一撃をもらった。骨にヒビが入ったかもしれない。

 俺は悲鳴を上げそうなのを我慢し、それでも痛みの余りうずくまってしまった。


「おら、立てよ! この俺がせっかく稽古をつけてやってるんだぞ!? 少しくらいは根性見せろよな!」


 なにが稽古をつけてやってる、だ。

 攻撃も防御も、全ての動きは魔法剣がオートで行う。

 カールはなにもしていない。ただ魔法剣を持って立っているだけ。カールの動きはカールの意思ではなく、魔法剣に操られているのだ。

 なぜそれで勝ち誇れるのかと、俺はカールの精神構造が気になった。

 しかし、それを言っても負け惜しみにしかならない。

 俺はこうして手も足も出せないのだから。


「くそ……」


 俺はカールに負けているわけじゃない。あの魔法剣に負けているのだ。

 それでも、悔しい。

 父さんと母さんに教わった剣術を愚弄されている気がする。


「くそったれがっ!」


 俺は叫び、立ち上がり、訓練用の木剣でカールに殴りかかった。


「お、そうこなくっちゃな」


 渾身の振り下ろしを、カールの魔法剣は容易く弾く。

 分かっていたことだ。ゆえに俺は次の一撃を打ち込む。

 薙ぎ。突き。切り上げ。

 弾かれ。絡め取られ。避けられる。

 全て分かりきっている。

 カールは魔法剣の性能に任せ、いつも似たような動きをする。それが俺の速度を超えているだけで、動き自体はそう複雑でない。


 いくら速くても、予測できれば、対処できるはずだ。


 俺はこの三ヶ月、ほぼ毎日、あの魔法剣にいたぶられた。

 だから見切れる。

 今だ。このタイミング。ここで打ち込めば、魔法剣の反応はわずかに遅れる。渾身の力で打ち込めば、カールは体勢を崩すはず。そのまま力で押し切れば、勝てる!

 完璧だ。カールは気づいてさえいない。なにも考えていないから。俺が押していることさえ意識の外。このまま。行け。仰け反らせて。倒して。一撃を――。


 ――折れた。


 俺が握っていた木剣は、俺の力に耐えきれず、真っ二つになった。

 一方、カールの魔法剣は無傷。当然だ。向こうは木製ではない。魔力で強化された鋼鉄。

 為すすべがない。唖然とする俺の頭に、魔法剣の鞘が振り下ろされた。

 衝撃。意識が一瞬途切れた。気がつくと仰向けに倒れている。

 空。赤い。まだ夕暮れには早い時間なのに。血。頭が痛い。吐き気。なんだ。これ。死ぬ?


「あははは、無様だなぁ! お前はそうやってぶっ倒れてるのが似合ってるぞ、レオニス! やっぱり僧侶のギフトなんか持ってる奴は弱くて駄目だ。そんなのを授かるくらいなら、ギフトがないほうがマシだよ!」


「……カールさん。これ、ちょっとヤバくないですか?」


「あ? まったく、柔い奴だなぁ! ほら、ポーションだ、飲め! よし、これで大丈夫だ。人間、そう簡単に死ぬもんか。さあ、みんな、なんか食いに行こうぜ。俺の奢りだ!」


 カールと、その取り巻きが去って行く。

 俺は頭が割れそうな激痛の中、死の恐怖に怯え……そして、自分が、、、生まれる前、、、、、の記憶、、、を思い出した。


 いくら努力しても増えない魔力。

 それを魔道具で補った。

 モンスターを倒し、大勢の怪我を治療し、災害とも戦った。

 いつしか俺は賢者と呼ばれる――。


 どういうことだ。俺は死んだはず。いや俺は誰だ。俺は賢者か。レオニスか。

 まだ生きている。頭が痛い。

 一生分の記憶が流れ込む。

 生まれ変わり? 人格を乗っ取られる?

 俺はレオニスだ。両親の記憶も、この学校でいたぶられた記憶も鮮明にある。

 なのにもう一人の、かつて賢者と呼ばれた男の記憶もある。

 どっちも俺で、俺は俺。


「くそ。まずは怪我をなんとかしないと……あのポーションじゃ足りない……」


 回復魔法。

 俺はごく自然にそれを使って、頭部の傷を治した。

 流れていた血が止まり、激痛が嘘のように消えてしまう。


 俺は確かに僧侶のギフトを持っている。

 しかしギフトというのは、才能を示しているだけで、なんの努力もせずに技が身につくというものではない。

 俺は回復魔法の練習なんて一度も……いや、前世、、でやったな。

 賢者と呼ばれたあの男は、気が遠くなるほど、様々な魔法の練習をしていた。

 魔道具に術式を刻めるくらいに、理解を深めていた。

 俺は魔法の鍛錬をしていないが、それでも少しは魔力がある。ほぼゼロだった賢者からすれば、莫大な魔力に見えるだろう。なら回復魔法で怪我を治せても不思議ではない。


「前世……少しずつ実感が湧いてきたぞ。これも俺で、あれも俺なんだ。俺は強くなりたかった。強い魔法師になりたかったんだ。なるほど、剣術にピンとこないはずだ……いや、剣術だって嫌いじゃないんだけど」


 俺は立ち上がる。

 自分の中にある魔力を感じ取る。

 微弱なものだ。けれどゼロに比べたら、なんと頼もしい力だろうか。


 剣術学校こんなところでのんびりしている場合じゃない。

 魔力を鍛え、魔法を練習しなければ。

 僧侶系の魔法といえば、回復、防御、浄化――どれも攻撃には向かない。

 そう世間では思われている。

 だが、本当にそうだろうか?

 俺は前世からずっと疑問だった。

 試したい技がいくつかある。

 山ごもりして鍛えるぞ。

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