第138話 それぞれの考え
「今日はお疲れ様。ごめんなさいね、栞菜のことを任せっきりにしちゃって」
「いえ。大丈夫です。コーヒー、ありがとうございます」
仕事を終えて家に帰ってきた恭子さんからコーヒーが入ったカップを貰う。
夜になっても栞菜さんは部屋から出てこない。どうやらほんとに遊び疲れてしまったようだ。
珍しくご飯も食べていない。紗耶香や凛明に比べると劣るけど彼女も食欲はある方なのに……。
「……栞菜の様子はどう?何か変わったこととかなかった?」
「そうですね……特に変化はなかったと思います。栞菜さんの両親……晴翔さんと葵さんについて凄く楽しそうに話してたくらいです」
「……そう。やっぱり一日じゃ何も変化はないわね。ま、焦らずに試行錯誤を繰り返しましょう」
そう言いながら恭子さんも椅子に座り、リラックスするように息を吐いてからコーヒーを飲んでいる。
「お仕事は何をされてるのですか?」
「今は事務関係の仕事をやってるわ。書類とか資料作成とか、とにかく忙しいのよ。毎日パソコンと向き合ってるせいで最近肩も凝ってきちゃってね」
「……肩でもほぐしましょうか?」
「いいの?じゃあお願いでもしようかしら」
眉を顰めながら肩を抑えて回している恭子さんにそう言うと、即答された。
俺は席から立ち上がり、彼女の後ろに回る。恭子さんの肩をつかんて掴んで揉むと……うわ、すごい凝ってるな。
「あー……そこそこ。いいわね、もう少し強くしてもらえる?」
「わ、分かりました」
……この人、まだ若いよな?肩の筋肉が硬いから思わず驚愕しながらも、俺はもう少し強い力で彼女の肩を揉む。
「んんっ、そうそうそれぐらい。貴方、案外上手なのね。私専属のマッサージ師でもなったら?お金あげるわよ」
「あはは。褒めて貰えるのは嬉しいですけどお断りさせていただきますね」
「あら、見た目の割に頑固な人ね。ほんとに雇ってあげてもいいのに……あーいいわ。普段の疲れが取れていく〜」
普段、気が強い雰囲気を漂ってるとは思えないほどの脱力感のある声が聞こえてくる。
これが恭子さんの素なのだろうか?……まだ関わってそれほど日が経ってないから分からない。
そんなことを考えながら彼女の肩を揉んでいると、恭子さんが話しかけてきた。
「……明日、栞菜を紗耶香ちゃんと凛明ちゃんと会わせるわ」
その言葉に俺は肩を揉む手を止める。
「……大丈夫なんですか?その、色々と。紗耶香も凛明もまだ動揺してるんじゃ……」
「今の栞菜にも友達と遊ばせた方がいいわよ。それに、二人にも了承は貰ってるわ」
それならいいが……二人とも、ほんとに大丈夫なのだろうか?
まだ心の整理とかしてないんじゃ……そう考えてると、恭子さんがこちらを向いた。
「一つ聞いていい?」
「な、なんですか?」
「貴方は、栞菜の記憶を元に戻してあげるべきだと思う?」
「……それは」
「私は、彼女を元にしてあげたいわ。でもその結果、栞菜が苦しむくらいならこのままでもいいとも思ってる……でも、これは今の栞菜のことをよく見ていない私の意見よ。貴方はどう思う?」
……確かに、彼女が言った通りそのままにするのも選択の一つだ。
栞菜さんの記憶が戻ったら苦しむ……それはきっと避けられない事実だと思うけど……。
「……俺は、戻って欲しいです。今の栞菜さんと関わってみてより強く思いました」
幼い栞菜さんと関わるのは……正直に言うと楽しい気持ちもあるが同時にどこか損失感もある。
それに、今までの栞菜さんが無かったことにされたようで……それはなんだか嫌になる。
「……まぁそうね。私もそう思ってるわ。それに、栞菜をこんな目に遭わせたのは私だしね。最後まで責任を果たすわ」
「恭子さん……」
「……ありがとう。十分疲れが取れたわ。少しお風呂でも入ってくるわね」
椅子から立ち上がり、お風呂場に向かっていった彼女の背中は……何か重いものを背負ってるような気がした。
彼女も感じてるんだ……自分がしたことに対することを。
「……俺も、頑張らないとな」
栞菜さんが眠っている部屋の方を見ながら、改めてそう思ったのだった。
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