第136話 歪な家族
「わぁ……!ここが新しいお家なの?すっごく綺麗だね!」
数日が経ち、栞菜さんが退院した。今彼女のそばにいるのは俺と恭子さんだけだ。
彼女の精神を安定することが優先した方がいいらしく、栞菜さんの中では俺と恭子さんのことを親と認識してるためだ。
紗耶香と凛明は一応一通り家事ができるようにはなってるが、念の為に宗治と真中、あとはるちゃんと結奈ちゃんに事情を説明して二人を任せている。
「……ここが?」
「えぇ。栞菜の両親を探すために使ってた家よ」
そう言いながら、慣れた手つきで扉の鍵を開けていく。
「さっ、栞菜入りなさい。手を洗うのも忘れないようにね」
「言われなくても分かってますよー!」
いつもの大人な雰囲気と違い、幼い雰囲気や口調を出した栞菜さんがとてとてと走って家の中に入っていく。
俺も中に入っていくと、質素だが不思議と懐かしい雰囲気を感じさせられる光景が目に入ってきた。
「この家……アパートはね。栞菜が生まれる前に二人が住んでいたらしいわよ。彼女に事情を説明して借りてもらってるわ」
……栞菜さん、あの家以外にもこんなアパートを借りていたのか……?
そう思っていると、恭子さんは自身の荷物を床に置いていく。
俺も予め持ってきておいた荷物を置き……ふと、棚の上に視線がいった。
そこには子供の頃の栞菜さんと彼女のことを抱きしめながらこちらを向いて笑顔になっている二人の男女が目に入った。
「……これが、栞菜さんの両親」
「えぇ。晴翔さんと葵さんね。そうね……もし生きていたら50歳ぐらいになるのかしらね」
……20年前の事件。おそらくその時に犯人に殺されたとすると……30代、奇しくも栞菜さんの実年齢と近い年齢であった。
「なんだか皮肉ね。こんなにも小さかった栞菜が今では大きく成長して、二人に近付いてるんだもの……」
「……恭子さんと二人は知り合いだったんですか?」
「いいえ。特に認識がないわ。私がこの二人のことを知ったのも栞菜が話してくれたおかげだし」
「何も知らないのに栞菜さんの両親を探していたんですか?」
「えぇ。それが私を雇ってくれた彼女の恩返しになると思ったからね……でも、こんな結果になっちゃうなんて……間違ってたのかしら?」
その言葉には少しだけ後悔の念が混じっており、俺は何も言うことが出来なかった。
だってもしこの人が見つけなかったら……栞菜さんは今でも笑っていられたのかもしれない。
……そんな無責任みたいなことを考えてる自分に反吐が出そうになると、急に後ろから抱きしめられる。
恭子さんも同じように抱きしめられており、背後を振り返るとそこには純粋な笑みを浮かべている栞菜さんの姿が映った。
「手洗ったよ!えへへ、ぎゅう!」
「……全く、貴方は甘え坊さんね」
そんな彼女に苦笑しながらも、栞菜さんの優しく撫でている恭子さん。
でも、今の栞菜さんは……精神が退化してるものの幸せだ。
だったらこのままでいいんじゃないかな……?そんな考えも過ってしまう。
「……お父さん?」
すると、栞菜さんが俺のことを呼んだ。みると、心配そうにこちらを見ている。
「どうしたの?何かやなことあった?」
「え?あ、あぁ……何でもありませんよ。気にかけてくれてありがとう栞菜さん」
「……むぅ!」
「えっ?いてて!?」
「私の名前はかんな!かんなさんじゃない!」
そう言いながら、俺の耳を強引に引っ張っていく。
あぁ、そうか。今の栞菜さんは俺のことをお父さんって認識してるんだ。急にさん付けされたりしたら……怒るかもしれない。
恭子さんもそれを思ったのか、俺のことをジト目で睨んでいる。
うぅ……そんな睨まなくても……。
「わ、悪かった。悪かったから許してくれ」
「……じゃあ私のことかんなって呼んで。あと今のお父さんなんかかっこよくない!」
「ぐはっ!?」
怒涛の口撃が俺の心に余計に響いてしまう。な、なんだかとてつもないダメージが……。
(……紗耶香や凛明みたいに接しろってことなのか?)
敬語を使ってるせいなのか?……確かに彼女の前ではそういう意識はあるが急にそんなこと言われても……。
「……やるのよ」
ぼそっと俺の耳元で囁かれる。視線だけを動かすと恭子さんがこちらを見ている。
「お願い……力を貸して」
そんな縋るような声。
……正直、今の俺がどうすればいいかなんてわからない。でも……栞菜さんが元に戻って欲しいと思う自分がいるのも確かだった。
「……ごめんな。もうやらないからお父さんのことを許してくれ……栞菜」
「……分かった。許す」
「あはは。ありがとう」
彼女の頭を撫でると、栞菜さんはむすっとしながらも気持ちよさそうに目を細めていた。
……演じ切ろう。今だけは自分のことを殺して……彼女のために。
こうして俺たちの歪な生活は幕を開けたのだ。
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