第135話 精神疾患


栞菜さんの言葉に耳を疑った。

きっとこれは紗耶香や凛明も同じであろう。今俺のことをなんて言った……?お父さんだと?


「お父さん!帰ってきてくれたんだ!早くこっち来て!ぎゅーってして!」


ベットの上でこちらに手を広げている栞菜さんの姿が映った。

……やっぱり、幻聴じゃない。

俺は恭子さんの方を見た。彼女の頷く姿を見て俺は栞菜さんのそばまで近寄って……抱き寄せる。


「えへへ、待ってたんだよ?いつも帰ってくるの遅いんだから。あ、お母さんも来て来て!一緒にお話しよ!」


「……えぇ。そうね」


未だに呆然としている紗耶香と凛明の背中を押しながら恭子さんが近くまで寄ってくる。二人の姿を見ると、栞菜さんは首を傾げた。


「?お母さん。その人たちだぁれ?知り合いの人?」


「ッ!?か、栞菜さん……?」


その言葉に紗耶香がショックを受けたかのように彼女の名前を言い放ち、凛明も目をぱちぱちと瞬きをしている。

俺も抱きしめながら呆然と彼女の言葉に耳を傾ける中、恭子さんが伝える。


「そうよ。この子たちは貴方のお友達。覚えてない?」


「そうなの?うーん……まぁいっか!お母さんがそうならきっとそうだよ!」


俺から離れ、ぼーっとしている二人の手を握る。


「二人ともよろしくね!私、かんな!」


「……あ、はい。その……よろしくです。紗耶香です」


「……………凛明」


「さやかちゃんに、りあちゃん?どっちも可愛い名前だね!」


お喋りなのか、栞菜さんは二人の様子など気にせずに話し始めた。

その間俺は恭子さんの方に視線を向ける。


「……どういうことですかあれ?なんで栞菜さんが俺のことをお父さん呼ばわりを?」


「……医者から聞いた話よ。今の栞菜は精神的に幼くなってるわ。現実から目を背けるためにね」


「つまり、精神が退行してるってことですか?」


俺の言葉に恭子さんはしっかりと頷く。


「一種の精神疾患って言ってたわ。お父さんとお母さんが亡くなったって現実が栞菜の心に深く傷がついたみたい……無理ないわよね。両親のこと、ずっと待ってたから」


「………何か治す方法はないんですか?」


それに対して恭子さんは首を横に振る。やはり普通の病気と違って精神的な病気に治す方法はないらしい。


「……いい?私たちの役割は栞菜の心を安定させて、記憶を取り戻すことよ。下手に刺激すると精神が崩壊しかねないわ」


「……もし、あのまま元に戻らなかったらどうするんですか?」


「その時は……彼女の記憶を全部消す」


「ッ!?」


恭子さんの言葉を聞き、あまりの衝撃的な言葉に口が塞がらない。


「記憶が全部無くなってしまうけど、トラウマを呼び起こさなくて済むわ。あまり辛い思いをさせてほしくないもの」


「……どうしても必要なことなんですか?」


納得がいかない……同時に、栞菜さんが苦しむくらいならと思う自分がいる。

だがもし彼女の記憶を消したら、今まで俺たちが過ごしてきた栞菜さんはどうなる……?


「勘違いして欲しくないけど、記憶を消すのは最終手段よ。医者から勧められたけど、私だってそんなことしたくないわ」


「……そう、ですよね」


「とにかく、やることは一つよ。私たちがあの子のお父さんとお母さんになりきって、栞菜の精神を安定させること……いい?」


「……はい」


彼女の言葉に対して深く頷き、俺たちは楽しそうに……どこか悲壮感を纏って笑顔で話している栞菜さんの姿を見守るのであった。




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