第126話 幼い記憶 〜春香〜


幼い頃、私にはお兄さんみたいな存在がいました。その人は隣の家に住んでいる近所の人だった。

私は親の諸事情で色々な場所で転々も引っ越すことが多いため、友達という存在がいることがなく……どうせ離れるんだと、思い込んでしまって作ろうとも思わなかった。


でも、そんな私と彼……雄介さんと関わることになるのは一人で公園で遊んでいた時だ。


幼い時の私も、虐められていた。ほんとに自分でも情けないと思うが、どうして虐められるのだろうか。

その時に、彼はつかさず助けてくれたのだ。助けてくれたのはいいのだが……複数の子供に蹴られ棒で叩かれて、正直に言えばとてもかっこいいものではなかった。


それに、元々人間不信だった私はその時の雄介さんのことを怪しい人だと思ってしまったのだ。


でも、そんな私が彼に心を開くきっかけになったのは……。


『きみは、泥団子が好きなの?』


そんな、特別でもなんでもないありふれた言葉だ。

正直、なんで心を開いたのかなんて分からない。でも、自分に初めて興味を持ってくれる他人……今思えばそれが嬉しかったのかもしれない。


雄介さんと一緒にいると毎日新鮮でたまらなかった。

一緒にご飯を作ったり、どっちが固い泥団子を作れるか、なんて勝負もしたことがある。


それに、その時の彼は配信をしており、私は彼の動画がアップされる度に毎日楽しみで楽しみで仕方がなかった。


でも、そんな楽しい思い出は……一瞬にして消えることとなった。

親の転勤だ。まだその時は借金をしていなかったものの、生活は決して裕福なものではなかったのだ。


またどこかに行く。せっかく繋がりを持てた人もいる。それが凄く嫌で……私はついムキになって一度家から出ていってしまった。


どうしてなのだろう、なんで私ばっかり……そう思う時もあった。

そんな思いで近くの公園に行くと……見慣れた姿があった。


「ゆうすけさん……」


彼だ。どこかいつもの様子の違う、どこか葛藤してるように見える姿……私は雄介さんに近づこうとしていた。


「……やめるしかないか……配信」


その言葉に私は動きを止めてしまった。配信というのはよく彼が動画を撮る時に言っていた言葉だ。

彼はそれをやめると言ったのだ。


「……なんで?」


自然と言葉が出ていた。その言葉に雄介さんは気づいたのかこちらに振り返ってきた。


「は、はるちゃん?」


「なんでやめちゃうの?なんで?」


……その時は分からなかったけど、多分だけど配信でしかもう彼の顔を見ることができない。

だから私は混乱したんだと思う。そして、やめてほしくないって願ってしまった。


でもその時の雄介さんの顔は、とても罪悪感に満ちていて……それぎより一層私の心を取り乱した。


「……雄介さんなんて、大っ嫌い!!」


私は彼から離れるように公園から立ち去った。

でもそのおかげか、私は無事に家に戻ることができた。彼のお陰というのも……皮肉なものだ。


こうして、私はあの日から一度も雄介さんと話すことなく……引っ越していったのだった。





「……ふぅ」


今私は、学校に通ってる時に働いていたバーで正式に正社員として働いている。


借金は……凛明ちゃんのおかげで無事に返すことができた。

彼女、高校生なのに私の借金を普通に返してしまうのだからほんとに凄いものだ。


『……ん。まだお金なら残ってる……大丈夫』


凛明ちゃんの余裕の表情が私の脳裏で蘇る。

初めて出来た、私の唯一の同性のお友達。前の彼女は学校に来ることなどなかった。多分彼女が学校に来ることができたのは……。


「……多分、あの人のおかげなんだろうな」


どこか掴めない、不思議な魅力のあるあの人の……祐介さんのおかげ。

彼のことは……正直、複雑な気持ちを抱いているのは今も変わらない。

でも、あの病院で初めて今まで思っていたことを彼に伝えて……少しだけ心が軽くなった。


「……今度、また凛明ちゃんとあの人に会おうかな」


そんなことを思っていると、スマホの着信音が聞こえた。見ると……そこには、とても単純な文が書かれてあった。


『今度、暇だったら遊ぼう』


「……ふふっ」


私は不思議と笑みを浮かべ……彼女に返信をした。

私の薄暗い毎日は……友達と近所のお兄さんのお陰で花のあるものに変化した。

だからこそ私は……いつか二人に恩返しが出来たらなって思う。


三人で笑い会えるその日を信じて。




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