第96話 凛明は図太い
祐介に見送られた後、凛明と春香は一緒に学校に登校していた。
今日はあの騒がしい姉の声が聞こえず、それが凛明にとっては嬉しいと同時に悲しいものでもあった。
そんなふうに考えていると、学校が見える所まで着いた。
すると、ざわざわと二人を……特に凛明を見て、周りが騒ぎ出しているが、彼女はそんな有象無象を無視して先に進み、春香は少しおどおどしながらその中心を歩く。
凛明が学校に来てよくあることだ。
元々、彼女がスカーレットだということは学校中に知れ渡っており、さらに歌姫としてネットの世界でも注目しており、そのせいかよく声をかけられる機会が多くなった。
しかし、彼女はそれに対して……。
「……邪魔。どいて」
「……なに?」
このように、圧倒的な塩対応をして周りのことなど見向きもしない様子。それを数日間見ていた春香はもう少し優しくしてもいいんじゃないかと心の中で感じていた。
そうして自分たちの教室である1-C組の教室に入る。
いつも通り、自身の机へと移動しようとするが……。
「……はぁ、また」
凛明の呆れたようなため息が教室中に響き渡る。春香はそれに対して、怒りと罪悪感が混じった複雑な感情を抱いている。
彼女たちの目の前にあったのは、落書きされた机の悲惨の姿であった。
そこには、様々な暴言が多く書かれており、特に自身の歌に関してものが中心であったのだ。
「……ごめん凛明ちゃん。私のせいであの人達の標的に……」
「……気にしてない。というより、こういうタチが悪いことなんてネットで散々やられた。正直、片付けないといけないというのがめんどくさい」
周りを見ると、こちらをいない者として扱っている数多くのクラスの人達。
普通の人ならそんな扱いをされたら、心に傷つきはするが、凛明はネットの知名度が上がってないときにこれよりも陰湿ないじめにあっており、これくらいではへこたれるようなことはなかった。
そうして凛明は事前にエイジに頼んでもらってきた濡れたシートを手にとって机を拭く。すると、机の落書きがまるでそこに何もなかったかのように、綺麗になっていった。
「す、すごい……凛明ちゃん、これは?」
「……エイジ特製のウェットシート……なんか前の会社で働いたときに愛用していたものらしい……これ便利、おすすめ」
表情は変わってないのに不思議とキラキラと目を輝かせてるように見えてしまう。それを見た春香は苦笑しながらも、凛明からウェットシートを受け取り、彼女の机を綺麗にしていく。
「それにしても、みんな凛明ちゃんのこと見てみぬ振りして……ほんっとうにムカついちゃう!」
気持ちは分からないでもない。自分も前までは凛明がいじめられても見てみぬ振りをしてしまったから、標的にされるのが恐ろしくて。
しかし、自分が凛明と同じ立場になって経験したこと、そして彼女と友達となったことで助けもしない周りの人に怒りを抱くようになった。
それを聞いた凛明は何も気にせず、少し嬉しそうな様子で彼女に言う。
「……元々、近づかないでって言ったのは私。これくらい自分でなんとかするって決めてた……でも、春香がそう思ってくれてて嬉しい……ありがとう」
「り、凛明ちゃん……」
「ほんっとうにムカつく奴らね」
凛明達に近づいてくる複数の人の足音。それに気がついた春香は少し怯えたように身体を縮めてしまう。
「ぱ、パリピさん……」
「ふんっ。あんたらが悪いのよ?私の目に入ってくるから、気分を害したから。なんだったら学校来るのやめたら?あ、そこのお歌の人は経験済みね。きゃはっ」
その言葉に反応するように女々しい笑い声がクラスに響き渡る。
彼女達に逆らうものはこのクラスにいるわけもなく、そこにはいつも問題行動ばかり起こしている圭介もまた例外ではなく、今は彼女と顔を見合わせないように逸らしていた。
運が悪かっただけだ。そう彼女に逆らったらいけない……だが、そんなクラスの考えてることは裏腹に、凛明は机が綺麗になった後、いつも通りに自身の鞄の中をいじっていた。
「……春香、ちょっといい?」
「えっ?な、なに凛明ちゃん?」
「……今日、数学の教科書忘れちゃった……一緒に見せて」
「う、うん。それはいいけど……」
「……ありがとう。あ、そうだ。少しトイレ行こう……漏れそう」
「え、え?い、いいけど……え?」
あまりに平然としている凛明に戸惑ってしまうが、トイレにいくように凛明の後をついていく春香。
「ちょ、ちょっと話聞いてるの!?」
「……なに、キラキラネームギャル?」
「なぁっ!?」
パリピが一番気になってること……主にコンプレックスを言われ、固まってしまう。彼女の取り巻きも、クラス中も、あの圭介でさえ彼女の正気を疑った。
だが、凛明は気にしないし関係ない。元々彼女は感情の起伏が薄いせいか、他人の気にしてることなど関係なく思ったことを言ってしまうのだ。
そして彼女自身、パリピの相手をしないと決め、学校生活をできるだけ楽しもうと決めており、そのせいなのか、彼女達のことをいないものとして扱っていた。
「……今日の春香の弁当は楽しみ……なに?」
「え、えっと……確か今日はアジフライを作ったような……」
「……魚好き。春香大好き、愛してる」
「う、うん……ありがとう?」
春香と会話をしながら、二人は静寂となった教室の中を出ていくのだった。
そう、いい忘れてたが……今の凛明は図太い。
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《全てを失う悲劇の悪役による未来改変》
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