第93話 キラキラネーム


「……ただいま」


玄関の扉が開く音が聞こえた。それにこの声は……凛明かな?

俺はエプロンを着ながら、玄関の方に向かう。


「おかえり。早かったな。今日は一人で下校か?」


「ん……スマホ見たら今日紗耶香遅くなるってメールがあった」


それで一人で帰ってきたらしい。そういえば今日、どこか友達と行くって話しをしていたような気がする。


「……栞菜は?」


「いつも通り、配信だよ。今日は新作のゲームの配信だったから張り切ってたぞ」


「…ん。それならよき。私も今日は新曲の披露……頑張る」


両手で握りこぶしを作ってやる気を見せる凛明。その姿を微笑ましく思いながら、リビングに戻ろうとする。


「お腹すいただろ?おやつ作ったから歌う前に食べときな」


「ッ!それはいい。さすがエイジ……あ」


すると、何か思い出したかのように声を発してから急にしょぼくれたように表情が暗くなる。


「ん?どうした凛明?」


様子がおかしい彼女に声を掛けると、凛明は少し言いづらそうに……これから怒られる子どもみたいにぽつぽつと語りだす。


「……ごめんエイジ……エイジが作ってくれた弁当……地面に落としちゃった……」


「あぁ……なるほど」


食べることが好きな彼女にとっては許せないことなのだろう。その表情は酷く歪んでいた。


「……食べ物粗末にするのだめ……でも全部こぼしちゃった……ごめんなさい」


「まぁ仕方ないさ。そういうのはよくあることだから」


「……怒ってない?」


少し怯えたようにチラッとこちらを向いて聞いてくるが、悪気がない子に怒っても仕方ないし、凛明がそういうことをしないのは俺がよく分かってるしな。


「あぁ。でもそれならお腹空いただろ?何か他に食べるか?今なら作るけど」


相当な大食いだから用意しないとな……とか思っていたら凛明の首がぶんぶんと振るってるのが見えた。えっ?いらないのか?


「……それはいい。おかしはもらうけど……お弁当は別のやつ食べたから」


「別の?」


「……友達のお弁当……」


「おぉ……!」


彼女の口から友達という言葉が聞けるとは……!

今は結奈ちゃんや宗治、真中が関わってくれるものの、やはり同学年の友達は欲しいものだろう。

その証拠に、彼女の頬が赤らめくが、嬉しそうに緩んでいるようにも見えた。


これは二人が聞いたら喜ぶだろうな……とか考えてると先ほどよりも凛明が必死そうにぶんぶんと首を振ってくる。


「ふ、二人に言うのはまだだめ。は、はずかしい……」


「でも俺には言ったよな?」


「うっ……それは…エイジだからで……と、とにかくだめ!」


珍しく声を荒げ、そのまま俺の横を通り抜け、リビングへと向かっていった凛明。


まぁあの二人、意外と凛明には溺愛してるのか、何かと凛明がやると感動したように褒めてるし、記念日みたいにお祝いをしたりもしたし……。


「友達が出来たなんて知ったら、泣いて喜ぶのが目に見えて分かるな」


特に栞菜さんが目に浮かんでしまう。あの人、意外に涙脆いからなぁ……紗耶香なんてそのお友達の家に突撃しそうだし。


「なんにせよ。いいことだ」


不貞腐れたように俺が作ったお菓子をパクパクと食べている凛明の姿を見ながら、俺は彼女の元へ向かうのであった。




あの後、どこで聞いてたか知らないが、栞菜さんと紗耶香に友達が出来たと知られてしまった凛明。

俺の予想が当たったのか、凛明に友達が出来たと口にした瞬間とても大喜びしていて、特に栞菜さんなんかは涙を流しそうになっていた。


紗耶香も「こんな無愛想な奴に友達が出来たなんて……」ととてもうれしそうに言っていたが、それが彼女の癪に触ったのか、いつも通りの姉妹喧嘩が勃発した。


「……むぅ。なんで二人に知られた……エイジが報告した?」


「なんでだよ。俺は特に何もしてないよ」


勝手に栞菜さん達が知ったんじゃないのか?いやだとしてもどうやって知ったんだ??


「その子なんて名前なんだ?」


これ以上栞菜さんと紗耶香について深堀りしても仕方ないので、話を切り替えることにした。

そう聞くと凛明は少し嬉しそうにして答える。


「……春香。一ノ瀬春香っていうの」


「へぇ……なんかどこにでもありそうな名前だな」


「……エイジ。それ、本人の前で言ったらだめ……絶対に泣いちゃうし、そもそも失礼極まりない」


「ご、ごめん……」


彼女のジト目は中々に鋭いものなのでついたじろいでしまった。いやしかしこれは俺が悪い。

最近関わってる人が大物実況者だったり、話題になってるvチューバーだったりと、とにかく規格外な人たちばっかだったので思わず普通だと思ってしまった。


「……普通じゃないことで思い出した」


「ん?なんだ?」


「…その子の名前。私今日まで夢奪莉愛娥音だと思ってた」


「む、むつ……なんだって?」


あまりに名前らしからぬ名前に聞き返してしまった。凛明は今度は聞きやすいようにゆっくりともう一度その名前を言う。


「……むつりめがね……なんだか変な名前だなって思った」


「な、なんだその名前?」


キラキラネームか何かか?


「……もう一人いた」


「ま、まだ変な名前がいるのか?」


ど、どうなってんだ今のご時世の人たちは?もしかしてこんな名前が流行に乗ってるのか……?そのようには見えないけど。


「……印象深いから覚えてる…破出菜羽理陽」


「……な、なんだって?」


「……はでなパリピ……名前通り、パリピ女子」


「い、いやそれは分かるが……」


なんの冗談だよ。名前が派手なパリピって。


「な、なぁ凛明?もしかしてだが、今ってその……そういう名前とか流行ってるのか?」


「……さぁ?」


「いやさぁって……」


「そんなこと、私に聞いても分からない……というかそんなこと話してる合間に歌の時間始まっちゃう」


切り替えるように立ち上がり、ステージに立つように配信画面へと移動する凛明。その姿はまごうことなき歌姫そのものであった。


「じゃあエイジ。いつもどおり撮影よろしく」


「了解。じゃあ撮るぞ」


少し感じた疑問はあるものの、それは頭の片隅にでも置いといて、今は彼女の撮影に集中しよう。


そうして、歌姫スカーレットの新しい歌が部屋中に、世界中に響き渡った。



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《全てを失う悲劇の悪役による未来改変》


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