第87話 歌姫はいつもどおり


「……誰だっけ?」


イヤホンを外し、頭を傾げならそう聞いてくる凛明。それに対して圭介は並々ならぬ怒りを心の奥で感じてしまう。


「てめぇ…!ふざけた態度を取りやがって……!」


だが……次の瞬間、嘲笑うような表情に変化する。そうだ、前と同じような目に遭わせればいい。自分よりも人気がある奴がここにいるべきではないと。


「驚いたな。もしかしてまたあの醜い歌を聞かせてくれるのか?それは結構!また俺達を笑わせてくれよ!ははっ!」


こう言えば彼女は必ず泣くはずだ。今まで観察してきたんだ。見間違うはずがねぇ……そんな確信を込めて彼は嘲笑いながら言葉を発するが、対する凛明は特に何も反応を示さず、ただじっと見ている。


以前よりも異なる雰囲気に一瞬だけ気後れしそうになるが……凛明は圭介ををしばらく見たと思ったら、音楽を聴こうとまたイヤホンを掛けようとする。


「ッ!なに無視だてめぇ!!」


「……なに?」


耳がキンキンするから辞めてほしい……という感情を込めて抗議の目を向けてくるが、彼にはそんな余裕はなかった。


「話聞いてたか無愛想!!てめぇの歌聴いてやるから歌えって言ってんだ!!なに普通に無視してんだ!!」


「……貴方に聴かせるものはない……それに、そんな義理もない……以上」


自分の言いたいことだけ言ってそのままシカトする彼女の姿を見て、圭介の取り巻きは愚か、クラス全員が驚愕に染まっていた。

以前の彼女と違う……精神的な面でそれは大きく凌駕をしていたことに、驚きを隠せずにはいられなかったのだ。


「……少し人気になったからって調子に乗りやがって……!」


対する彼は相手にされないことによる怒りが既に限界を達していた。これほどの屈辱を受けたのはいつぶりだろうか……最早、彼女の目には自分が存在しないという意図が込められてるようで、気が気でなかったのだ。


そんな圭介の姿を少し視界に入れ、凛明は呆れたように深いため息を吐く。そして相手をしてやると言わんばかりに耳からイヤホンを外し、彼を見る。


「やっと見やがったな。さぁ歌え!そんで俺達に聴かせやがれ!!」


う〜た〜え!う〜た〜え!と彼女に歌を強要するようにそんな圭介の声が教室中に響き渡る。

元々彼女のことを気に入らなかった者は密かに笑みを浮かべ、怖くて何もすることが出来ない者は彼女の姿を映さないように目を逸らす。


それに対して彼女は……いつもどおりに心を落ち着かせるために深呼吸をして……次の瞬間、彼女の歌声が教室の中に響き出した。


『ッ!?』


その声は動画のときに聞いたあの、ノイズのようなものではない。聴いたものを魅了するような、どんな人の心も鷲掴みできそうな……まさに、歌姫と言われて造作もないもの。


その歌に圭介率いる彼女のことを嘲笑ってた人物たちも何も言えず、ただ圧倒されたかのように口を開けていた。


「……終わり」


『あ……』


誰もがもっと聴きたいと思ったのだろう。しかし、そんな思いは虚しく凛明の歌声は歯切れの悪い所で終わってしまった。


「……満足?醜いって言われた私の歌が聞けて」


無表情……そんなはずなのに、彼女から嘲笑うような感情が感じ取られた。

その仕草は酷く美しく……このクラスにいた全員を魅了していた。


「……私は別に、昔のことなんてどうでもいい。ただ、心配させてくない人がいたから……あの人に恩返しがしたかったから、ここに来てるだけ」


だから……歌姫と称された彼女の声がクラス全員の耳に不思議と響いてくる。


「……だから、勘違いをしないで。貴方達のためじゃない。それと……二度と私に近づかないで」


最後にそれだけ言い放って、凛明は再び耳にイヤホンを掛けた。

「エイジから勧められた曲、難しい……」と少し悔しそうにしている姿は普通の少女そのものであった。


(……な、なんだよあれ………)


馬鹿してやろうと思った。また彼女に自分の立場を思い知らせてやろうと思った……そんな気持ちは先程の彼女の歌声でとっくの昔に消え去っていた。


そして思い知らされた。彼女の歌声がどれほどのものなのか……自分がどれだけ愚かなことをしたのかを。


(くそ……くそ……!くそっ!!)


悪態を吐くもその声が教室中に響くことはなかった。

それほどまでに……圭介は凛明のことを酷く恐ろしくなってしまったからだ。


そんな静寂に包まれた教室が消え去ったのは、学校のチャイムがなり、担任の教師が自分たちの教室に入ってからだとは言うまでもない。


そしてそのときの凛明は……エイジに勧められた曲の数々を幸せそうに聴いていたのだった。

まさにマイペース。歌姫がすることは学校に来ても変わらないようだ。


「……ふふっ」




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