第88話 青春
「……ということがあった」
「そ、それはなんとまぁ……」
凛明は何事もなかったかのような様子で今日の夕食であるうどんを美味しそうに啜る。
俺はというと……ほんとに怖くて学校行ってなかったのかと彼女を疑ってしまった。
「あーよくあるよねーそうやってダル絡みしてくるやつ。私もそういうのいるから正直関わりたくないんだよね〜」
紗耶香も誰かを思い出してるのか、眉を潜めながらラーメンを啜っている。
「まぁそれでもいいんじゃないかしら?やりたいようにやれば私は何も言わないわ」
栞菜さんはこの季節には合わないそばを麺つゆにつけて啜っているが……。
「…あの、三人とも?なんかその…一貫するとかないんですか?」
作った俺が言うのもなんだけど、みんなそれぞれ違う麺類を食べているから俺は思わず聞いてしまった。。三人は特に何の変哲もなくそのまま答える。
「私、麺はラーメンしか食べないと決めてるので」
「私も食べるとしたらそばしか……あとは正直な所、食べれません……」
「……うどんは正義……これ、重要」
「そ、そうなんだな……」
どうやらみんなにはみんなのポリシーがあるようだ。まぁ事前に準備さえしてしまえば特に大変な作業はないので、楽だからいいのだが……。
「あ、そうだエイジさん!凛明の話で思い出したんですけど聞いて下さいよ!!」
「な、なんだ今度は?」
腹が立ってるのか、紗耶香が机を何度も台パンをしている彼女の姿が目に映る。また面倒事が増えたのか……?
「またあいつに絡まれたんですよ!しかもなんか変な絡み方だったし!あー!思い出しただけでムカついてきた!!」
「……だ、誰だっけ?」
「ほら、前エイジさんと一緒に帰ったときに近づいてきたじゃないですか!あのサッカーボーイ!!」
「さ、サッカーボーイ?」
……も、もしかして飯田君のことか?いや確かにサッカーしてたけど……もっと言い方があったんじゃ……。
脳裏に思い浮かんだのは、紗耶香の精神が不安定になって一緒に帰ったときに前に現れたあのイケメンくんだ。
「い、いたねそういえば……それがどうしたんだ?」
「なんかあいつ!私に好意があるのか下心なことばっっか聞いてくるんです!離れようとしてもお願いだ!って変な顔して言われて、それで周りは叫ぶわうるさいわ……もうほんっっっとにたいへんだったんですから!!」
「そ、そうなんだ……なんか大変だったね」
多分飯田君の顔見てみんな……主に女性陣があまりのかっこよさに叫び散らかしたんじゃないか?
高校の時にそういうの見たことあるし……紗耶香から見れば溜まったもんじゃないと思うけど。
「それにあいつ!何かとエイジさんのこと聞いてくるんですよ!聞き終わったと思ったら、そいつとは関わるなとか言ってくるし……あんたなんかよりエイジさんの方がよっっぽど素敵な人ですよ!!」
バンッ!と両手で机を力強く叩き、その音だけが部屋中に響き渡り、俺は苦笑するしかなかった。
「……そういえば私も……け、けい、けいす……誰だっけ?とにかくそいつから何度も揶揄われた」
「か、過激なことされたのか?」
「……いや……なんか急に悪口を言われたり……よく私に話しかけられたりした」
なんで?と不思議そうに頭を傾げてるが……俺は二人の話を聞いてついあることを思ってしまった。
それはきっと栞菜さんも思ったのだろう、俺達は顔を見合わせて笑いあった。
「な、なんですか二人とも?私は真剣なんですよ!あいつのこと無視したいのにぃ…!」
「?変なことでもあった?」
「いえ。ふふっ、なんだか二人とも青春してるわねって思ってね」
「「??」」
本気で分からないのか二人はお互い顔を見合わしてるが……なんか二人とも、相当の曲者に好かれたようだね。
「二人とも。その人のこと、もっと真剣に考えてみたら?もしかしたらその人が自分にとって大事な存在になるかもしれないぞ?」
そう、例えば、彼氏とかね。まぁその人達について俺は何も知らないけど、彼女達がそれで幸せなら……そう考えた時、二人の顔は真顔になった。
「え?ないない。そんなの絶対にありませんよ」
「……そもそも誰か分からないし……私を傷つけた人としか」
あ、あはは……どうやら好感度は最悪に近いようだ。
「それに……」
すると、凛明は俺の方に身体を向け、俺の腕に抱きついてきた。
「……私にとって一番大事なのはエイジ……これは変わらない事実……絶対変わらない事実」
「お、おぉ……」
とてつもない迫力を感じた彼女に一瞬気後れしてしまう。
「そうですよ。たとえどんな男が現れたって関係ありません。エイジさんはどんなときも優しくて手を差し伸ばしてくれて……こんな私のことも救ってくれる一番の存在ですから」
「さ、紗耶香……」
「あら、エイジさんを狙うなら私も黙っていられないわね」
「栞菜さんまで……」
ふふふっと不気味な笑みを浮かべている栞菜さんに対して、二人も負けじと対抗してくる。
そして彼女たちに狙われた俺は……もう乾いた笑みを浮かべるしかなかったのである。
でもなにはともあれ……凛明の学校生活が何も支障がなくてよかったと俺は心の底から思ったのだった。
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