第78話 私は貴方を受け入れる
「紗耶香?」
「あの、エイジさん……少しだけ、お話出来ませんか?」
枕を両手で持ちながら、パジャマ姿でこちらを見てくる彼女に驚いてしまう。
でも前みたいに精神が不安定そうには見えないし……一体何の用だ?
「……とりあえず中に入るか」
「は、はい……」
少しだけ動揺したものの、それを見せないように彼女に中に入るように促す。
紗耶香は返事がどぎまぎしていたものの、前まで当たり前のように部屋に入っていたということもあり、遠慮なく俺のベットに座った。
「何かあったか?あぁ悪い、何も用意してないな……水でいいか?」
「あ、そんなんじゃないんです!ただ、エイジさんと少しお話をしたくて……」
そう言いながら、手元に持っている枕を力強く握りしめている。
「……その、エイジさん。今回の件は…色々とご迷惑をおかけしました」
「あぁ……いや、あれくらいなんて事ないよ。俺の方こそなんか悪いな。配信を強要するような真似をして」
「え、エイジさんは何も悪いことしてないですよ!寧ろ私のために色々としてくれて……嬉しかったです」
「……」
……彼女には何も伝えてないが、俺も俺で過激的な事をしてしまった。
だから正直な所、お礼を言われる筋合いはないし……逆に責められてもおかしくない。
「エイジさん?」
「い、いやなんでもない。それだけ言いに来てくれたのか?」
「あ、その……それだけではなくてですね……えっと……」
ん?なんだ?なんでそんなもじもじと身体を動かしているんだ……?
「……今日も……一緒に寝てくれませんか……?」
「……だから枕を持ってきてたのか。その様子だと、断ってもここで寝るつもりなんだろ?」
「バレちゃいました?」
へへっとベロを少し出して悪戯がバレた子供のような仕草をする。
そんな様子の彼女に苦笑しつつも、俺はベットに向けて親指で指を刺す。
「だったら先に寝ててくれ。俺はまだ編集しなきゃいけないものがあるから」
「えぇ〜一緒に寝ましょうよ〜」
「駄々をこねないでくれ。これでも俺の仕事の一環なんだから、サボるわけにはいかないんだよ」
「ぶぅぶぅ!この仕事人間!」
「仕事人間で結構だ。ほら、明日も学校なんだろ。さっさと寝て英気を養え」
「むぅ……まぁ仕方ないですね。これ以上エイジさんに迷惑かけるのも嫌ですから」
不貞腐れた様子になりながらも、自身の枕を俺のベットに置いてから、横になる。
「じゃあ先に寝てますね。リビングで寝るとかしないでくださいよ?私拗ねますからね」
「分かったから。ほら、早く寝ろ」
「はーい……じゃあエイジさん。おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ」
そんな会話を交わしてから、紗耶香はこちらに背を向けるようにベットに横になって寝てしまった。
俺は彼女の様子を確認してから、再び編集をするべく、パソコンに目を向ける。
さぁ、頑張ろうか……!
◇
(エイジさん……)
まだ眠気が襲われずに、彼女はエイジに気づかれないようにこっそりと目を開けて彼の名前を呼ぶ。
彼女は思い出してきた。エーブルが注目され続けた時のこと、カレンとの会話だ。
彼女曰く、エイジは自身を配信者として辞めさせないためにあらゆる手段を使ったということだ。
自分が引退しそうになったことやアンチが増え続けているというデマを彼は流しているということを聞いたのだ。
証拠も見せられた。いつも使っているものとか違うアカウントではあるが……エイジのものだと分かった。
その時の彼女は悲しさで覆われた……のではない。
それでは怒りを抱いたのか?それも違う。
(……エイジさんがどんなことをしても私はそれに従います)
彼女は……受け入れたのだ。彼の行いを。決して許されない行為を……彼女は歓喜という満たされた気持ちになったのだ。
彼が自分のために頑張ってくれた。その事実が彼女にとってはとても大きかった。
たとえそれが彼女自信を傷つけるものだとしてもそんなもの、どうでも良かった。
それでエイジが自分のためにしてくれるなら……彼女はどんな非道な行動も受け入れるつもりなのだ。
(私は、もう壊れちゃったのかもしれない。でも……それが嬉しいと思っちゃうんだから仕方ないよね)
——エイジさん。
他の人とは違う倫理観と価値観を持っていたとしてもそれで構わない。
だって彼女には……エイジという存在がいるのだから。
(私は貴方を……エイジさんを愛しています。こんな歪んで、何もない私に貴方は役目をくれた……与えてくれたあなただからこそ……だから……これからもずっと……ずぅっと私のことを応援してくださいね?)
エイジは気づかない。
彼女のために自身がした行為は……彼女の歪んだ愛をさらに深いものにさせていたことを。
(ふふっ……ふふふふふふふふふふ………)
夜空が黒く沈むように、彼女の心もまた愛という闇に深く沈んでいく。
それでも彼女が幸せと感じるのであれば……幸せなのかもしれない。
それほど彼女はエイジのことを……愛しているのだから。
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