第74話 彼女の答え


「……準備はいい?」


あの日から数日が経った。いつも通りの配信のはずであるが、彼女は……紗耶香は緊張してきるのか、顔が強張っている。


「は、はい……」


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。いつも通り、笑顔に……お前が楽しめる配信をしてくれ」


「私の……」


彼女の言葉に肯定するように頷く。場所はいつも通りに彼女の部屋だ。栞菜さんたちには見られたくないのか、今は俺だけが彼女の部屋にいる。


「……エイジさん」


「なんだ?」


不安そうな様子の紗耶香がこちらに声を掛けてきて……手を差し出してきた。


「……握ってください……私の手……」


よく見ると彼女の手が微かに震えている。配信に対して……何もない自分に対して恐怖を抱いている証拠だ。


「……分かった」


そんな紗耶香の手を力強く握りしめた。それで少しは安心したのか、先ほどよりも顔色はよくなった。


「ありがとうございます……すぅ……はぁ……」


ゆっくりと深呼吸をしてから彼女は覚悟を決めたかのようにいつもの配信者の顔になった。


そしてそのまま……配信を開始した。


:あおい!!


:きた!!


:大丈夫?無理してない?


:こんぱれ!


視聴者のその暖かい言葉に彼女は一瞬だけ涙を流しそうに顔を歪めるが、すぐに切り替える。


「みんな〜こんぱれ!久しぶりの天晴あおいちゃんだよー!」


少し簡略化した挨拶だが、それでも紗耶香の……あおいの精一杯の気持ちはどうやら彼らには伝わったようだ。コメント欄がいつも以上に流れていった。


「ごめんね。ちょっとうちの個人的な事情で配信することが出来なかったの」


:そうなんだ。


:大丈夫?


:またやらかした?


「ちょっとまたやらかしたって書いた人。うちは別に何もやらかしてないわ。ちょっと、ちょーっと家庭の事情があって出来なかっただけだよ!」



:ほんと?w


:なんだか嘘っぱちに聞こえる笑


:いつものあおいで草


「ちょちょ!?なんでそんなうちがやらかしたみたいな反応するの!?心外だよ人外!!」


……やはり、彼女には配信者としての才覚があるようだな。

コメントしてくれた人のお陰でもあるが、それを利用して一気に空気を変えた……いや利用なんかしてないな。きっと彼女らしくやってるんだろう。


「……今日はね。みんなに話したいことがあって配信をしたの」


あおいの雰囲気が変わった。それを見た視聴者もまた緊張感を持ち始めている。

彼女の顔は……不安という感情で足潰れそうになってるのか顔を歪ませていた。


そんな彼女の手を力強く握り返す。大丈夫だ、お前は一人じゃない。


それが分かったのか、再度彼女は口を動かす。


「……うちね………………………配信の頻度を少し減らそうと思うの」


:え!?


:やっぱり忙しいの?


:なんで?


「あ、みんな誤解しないでね!うちがその……配信をしたくないとか、みんなのこと嫌いとかなったからじゃないから!少し事情を話すね」


あおいは少し荒れているコメント欄を見て訂正してからみんなに説明する。


「その……なんて言うんだろうな……うちね、この休止中で少し考えてたの……うちって何か魅力があるのかなって……みんなにがっかりさせてないかなって」


:うん


:そんなこと考えてたんだ


:深刻……。


「それもあって……一時期配信を引退しようかなって考えてたの……でも……でもね」


その声が涙で滲み始めた。でもその涙により彼女の閉ざされた思いは露わにされ始める。


「みんなのコメントを見てね……思ったの。このままうちがやめたら、みんな悲しむんじゃないかって……うちって……こんなにも大きな存在になってたんだって……」


:そうだよ!


:あおいは凄い人だよ


:無理しないで……!


「うん……でも、そう思ってても……この配信の前に立つのが怖いって思っちゃうの……本当にこんなうちが応援されてるのかなって……不安で…押しつぶされそうになった……今だって正直怖いの……このまま、逃げたいって思っちゃうの」


でもさ……一度区切ってその言葉を発する。


「うち……まだ、配信やりたいの。こんな何もないうちだけど……みんなと、またお話していきたい……!」


訴えかけるようにその声が部屋中に、視聴者の胸の中で響いた。

これが、彼女の出した答えであった。


「でもまだ怖い思いがあるの。だから配信の頻度はちょっと減っちゃうかもしれないけど……それでも………うちの事、応援してくれますか?」


:当たり前だ!


:勿論!


:あおいちゃんの事が最優先だよ。


:勇気振り絞って伝えてくれてありがとう。勿論応援します。


「みんな……」


暖かいそのコメント欄にあおいは……紗耶香は涙が溢れ出る。

ついに自分の本音を打ち明けられて、そしてそれをみんなに受け入れられてきっと我慢の限界が来たんであろう。


「すん……すん……あれ?これって……赤スパ?」


その内容が彼女の目に入り……息を飲み込んだ後にこちらを向いた。


(紗耶香……お前なら大丈夫だ。たとえやり方が違っても応援してくれる人はたくさんいる……だから)



:あおいさんが配信で心の底から笑える日を待っています。



密かに送った俺のチャットを見て……紗耶香が声を殺して号泣する。


「エイジ……さん……うぅ……あぁ……ありがとう……ありがとう……!」


そうして、彼女の配信はしばらくして終わりを迎えたのだった。




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