第73話 俺は知っている。彼女だけの魅力を
紗耶香が厳つい怪しい男に襲われた所をなんとか助けた後、俺は公園の近くにあった自動販売機の飲み物を買った。
「はい」
「ありがとうございます……」
彼女は気まずそうに……何かを責めたような様子で俺からココアの入った缶を受け取る。
俺は彼女の隣に座るべく、スペースが空いているベンチへと座った。
「……さっきはありがとうございます。おかげでなんとか助かりました」
「うん。間に合って良かったよ。怪我も無さそうだしね」
「はい……」
……やはり、さっきのことが頭の中に離れないか。
彼女に気を配って俺は黙って月に照らされている夜空を眺める。
中々こうして見ることがなかったけど……こうして見ると綺麗なものだな。
「……あの、エイジさん……栞菜さん……怒っていますか……?」
紗耶香が不安そうに聞いてくるが……心配させないように答える。
「いや、怒ってないよ……あ、いやこんな夜中に出歩いたことは怒ってるかもしれないね」
「うっ……や、やっぱり……あはは。つい突発的に行動しちゃったからつい……」
「心の底から反省していますって意気込みで謝ればきっと許してくれるさ。俺も謝るからさ」
「……ありがとうございます……」
少しは気が楽になったのか彼女の頬が少し緩んだ気がした。
「あーあ。なぁんで私、栞菜さんに酷いこと言っちゃったんだろ……私のために言ってくれた言葉だったのになぁ」
「……」
「……分かって、いたんです……栞菜さんの言葉は全部……私の為を思って言ってくれたものだったって……それなのに、なんだか親不孝って言うのかな……?」
「紗耶香……」
「……自覚、していたのかもしれません……私が……まだ配信をしたいことを」
彼女の心の奥底で眠っていた彼女の本音。それを俺は一言も聞き逃さないように耳を立てる。
「きっかけは、ただ空の上に行った本当の親に認めてもらうために始めたことなんです。天国でも地獄でも私の名を広めてやるって意気込みでやり始めました……気がつけば私たちは
「視聴者の人も徐々に見てくれる人が増えて……とても、嬉しかったんです。そして思いました……配信は私にとって大切なものになったんだって……でも……そんな大事なものが……怖くなった」
ポロポロと目から雫が落ち始める紗耶香。涙声になっても彼女は語る。
「私の魅力がないって自覚して、個性も何もないただの凡人って自覚して……配信の前に立つことが出来なくなった……笑えなくなった……!」
「……」
「そしてエイジさん……貴方に見捨てられると思ったら……想像もしたくなったんです。だから、ずっと私だけを見てくれるように色々なことをした!調べて、実践して、心を捨てました……覚悟を決めました……それなのに!貴方は私のことをちっとも見てくれなかった!」
「………それは」
「……ねぇ、エイジさん。私って……いらない子なの……?私って……何にもない、ただの凡人だったのかな……?」
彼女の弱々しく、触れたら壊れそうな目を見て俺は心が痛む感触がした。
これほど、紗耶香は抱えていたのか……ずっと、ずっとその恐怖に負けないように戦って……。
……でも、やはり彼女が勘違いしていることが一つある。
それだけは……それだけは間違ってはならないことが。
「……紗耶香。俺は前に言ったはずたぞ。お前が見捨てない限り……俺は見捨てないって」
「ッ!……そ、そんなの嘘だよ……パパやママだって最初はそう言って私のことなんて見向きもしなかった!エイジさんだって……エイジさんだって私のこと見捨てるはず」
「違う!!!!」
「!?」
彼女の肩を思いっきり掴む。ビクッと華奢な肩が震えたが関係ない。
それにもう俺はただの同居者じゃない……俺は……。
「俺は……もうあの家の家族だぞ。捨てるわけないだろ……家族のことを……!」
その言葉に紗耶香の息を飲む音が聞こえた。
「それに、お前は言ったな。私には何も魅力がないって……それは大きな勘違いだ」
「……お世辞、ですか……?そんなの、あるわけ…!」
……あるさ。旅行の時、俺はお前に伝えたんだ。でも、きっとその時は伝えきれてなかったんだ……。
だから、今度こそ伝える。そのために、俺はあるものを彼女に見せるためにスマホを起動する。
「エイジさん……?」
「その証拠を見せてやる。誰が見ても納得する正真正銘、お前の魅力を」
そして、SNSに載ってあるそれを彼女に見せつける。
俺のスマホを見た紗耶香は……声にもならない声を出して、その画面を凝視する。
「な、なに、これ……?」
「……分かったか?お前には……数えきれないファンがいるんだぞ」
そこに載っていたのは、天晴あおいのファンの様々なツイート。
心配の声や励ます声は勿論、そこには彼女の元気な姿を見て勇気や元気が出た事などが呟かれていた。
「う、うそ……そんなの、あるわけ……」
「……ほんとにそう思うのか?」
未だに現実が分かってない彼女に俺は伝える。
「お前は……もう、そいつらにとって大きな存在になったんだよ」
「……わた、しが……?」
「魅力がないって言ったな?じゃあなんでそいつらはこれだけお前のことを応援している?心配している?SNSで話題になる程だ」
彼女の顔がどんどん歪み始めている。ここから畳み掛けるしかない。彼女が……もう一度配信者として復帰するためには。
「気遣いか?自分のためか?それともただの暇つぶしか?……違うだろ!それは……お前が、今まで積み上げてきたものだ……証だ。お前にしかない宝物なんだよ!」
「ッ!……う、うぅ……あぁ……!」
「俺は知っているぞ。いつもお前は心配かけないように誰かを元気づけたり、気を遣える優しさを持っている事を。これをやると決めた時の異常なまでのやりきる姿勢を。そんな、お前にしかない魅力を……俺は知っている」
……だから、自分に魅力がないとか言わないでくれ。
お前を知っている人たちの思いを無駄にしないでくれ。
「紗耶香。ほんとはどうしたいんだ?ほんとに……お前は配信をやめるのか?」
「……わ、わたし……わたしは…………」
そして、彼女の取った行動は——。
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