第71話 喧嘩
「……なんで?」
紗耶香もその一言が再び部屋に空気を凍りつかせた。
だがそれにも関わらず、栞菜さんはあくまで冷静に、そして静かに彼女に告げる。
「……だめよ。紗耶香……配信を引退することはゆるさないわ」
酷く濁った眼差しを紗耶香がしているのに対して、それに向き合う栞菜さん。
いつもと違う様子におどおどし始めている凛明に……静かに見守る俺。
普段の日常生活ともいえるそれが少しずつヒビが割れ始めているのが目に見えて分かった。
「なんで?どうしてやめたらだめなの?私もう十分やったよ?もうやめたっていいじゃん」
「いまの貴方は冷静じゃないわ。配信を休止するならともかく、辞めるなんて考えはまだ早いんじゃないかしら」
「……栞菜さんって私のなに?親のつもり??そうやって子供の自由を奪ってもいいって言うの?」
「私だって、本当は貴方の意見を尊重したいわよ……でもさっきも言ったけど今の貴方は正常な判断が出来てないわ。そんな状態で許可することなんて出来ないわよ」
「いやいや栞菜さん何言ってるんですか?私は至って冷静ですよ。勝手に決めつけないでくださいよ」
「……ふ、二人とも…おちついt………え、エイジ?」
止めようとしている凛明の肩に手を置いて首を振る。ここで二人を止めたらいけない気がしたからだ。
それに……多分栞菜さんは分かっている。彼女の本当の気持ちを。
「……ねぇ紗耶香……本当はやめたくないんじゃないの?」
「ッ!……な、なにを言って……」
反論しそうになる所で紗耶香の言葉が詰まる。その様子を確認して、再び話し出す栞菜さん。
「どうして配信をしたがらないかは分からないわ……でも、何かに迷ってるのは分かる。そんな迷ってる中で、配信を引退するなんて私は許さない」
「……なんで、そんなこと言うの?」
「紗耶香……私は……」
「私のことぐらい、私で決めさせてよ!親でもないくせに……!赤の他人のくせに!!」
「ッ!」
そんな言葉を彼女に吐き散らかしてから、彼女はリビングから出ていった。
玄関のドアの音もしたってことは……おそらく、外に出ていったのだろう。
「……栞菜さん」
呆然としている彼女に駆け寄る。
「……エイジさん……私は……間違っていたのでしょうか?」
少ししてその顔は哀しみに覆われ……一粒の雫が垂れ落ちた。
「私は、確かにあの子の親でもありません……でも、それでも赤の他人ではなく…家族だと思い、ずっと過ごしてきました……私のこの思いは……紗耶香にとっては違ったのものだったんですか?」
「……そんなことありませんよ」
彼女の目元をハンカチで拭いてから答える。
「ただ、どっちも感情が爆発しちゃっただけですよ。紗耶香はきっと……栞菜さんのこと、大切な存在だと思ってるはずです」
「……そうだと、思いたいです」
「きっとそうですよ。そんな自信を無くさないでください」
若干ショックを受けている彼女にそう告げる。どちらもお互いを大切にしているのは確かだ。
ただ、ちょっとずれていただけ……たったそれだけなんだ。
「俺は紗耶香を連れ戻しに行きます。まだ遠くに行ってないはずですから」
凛明に栞菜さんを頼み、二人にそう告げた後、俺は彼女を探すべく、リビングから出て、靴に履き替える。
さて……彼女たちはやってくれた。後は俺の出番だ。
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