第63話 帰り道


「えへへ……エイジさぁん」


紗耶香が甘えるような声を出して俺の手をにぎにぎと握ってくる。

俺は今、彼女に学校まで来てくれないかとスマホで連絡されて一緒に帰っている。


「お、おい……あれ、ほんとに紗耶香か?」


「あの隣の奴誰だよ?彼氏か?」


「んなわけねぇだろ!見た限り結構おじさんだぞ。それにあの紗耶香が男に靡くわけがねぇ」


どうやらこの学校の生徒らしき人たちが俺たちの姿を見てざわざわと騒ぎ出している。


……どうやら紗耶香が甘えてくる姿に驚いているようだ。


「ねぇ前に言ったでしょエイジさん。やっぱり私たち恋人関係に見えるんだって!えへへ……嬉しいなぁ」


「……そうらしいね」



スリスリと腕に頭を擦り付けているが……俺はその前の栞菜さんが話したことについて思い出していた。


『紗耶香の両親は……数年前のある事故で亡くなっています』


どうやら栞菜さん曰く、この事は紗耶香は知らないらしく、彼女は自分のことを捨て子と何かと認識しているらしい。


(……この過去が今の紗耶香とどう繋がるかは分からないけど……少し彼女の親について調べないとな……)


彼女が心を閉ざしている理由……それが彼女の両親を調べることで分かるかもしれない。


「どうしましたエイジさん?そんな顔して」


「ん?あぁいやなんでもない」


「本当ですか?なんか凄いブサイクな顔でしたよ、今のエイジさん」


「……結構辛辣に言うんだな」


「えっ?」


キョトンとした顔をして首を傾げている。その様子だけ見てみると何の悩みもない普通の女子高校生に見えてしまう。


「紗耶香!!」


ん?後ろから誰かが呼んでるぞ?

それなのに男の声を無視してそのまま帰ろうとする紗耶香。


「おい紗耶香!待てって!?」


すると今度は道を遮るように……というより無視されないように俺たちの前に立ちはだかるイケメン男子。


……サッカー部の子かな?エースでもやってるのだろうか、女子から物凄いモテそうだ。


「紗耶香、この子は?」


「……よく私に絡んでくるめんどくさい奴ですよ。ったく、こんな時になんでくるかなぁ……」


先ほどの幸せそうな雰囲気から一変、一気に不機嫌になるのが目に見えて分かった。


「……なに飯田。空気読めんの?私今この人と楽しく帰ってるの。今日も邪魔するの?」


「ち、ちがうっ!僕は紗耶香のことを思って……というより誰だよその男!」


……人に指を指してはいけませんよ少年。


「え、えっと……俺は紗耶香ちゃんの保護——」

「——彼氏です」

「……えっ?」


「エイジさんは……私の彼氏」


……彼女以外の周りの人たちの呼吸が止まった音がした。

いや、そこにいた女子生徒はきゃー!!と甲高い叫び声を上げ、男子生徒は逆に俺に殺意と嫉妬の視線を向けていた。きっと呼吸が止まった感覚に陥ったのは俺だけだろう。


「な……!何言ってるんだ紗耶香!」


そして案の定、飯田君という子が声を荒げた後、俺に向けて一番強烈な視線を向けていた。


「こんな男の彼女?ふざけるな!きっと騙されているに決まっている!目を覚ませ紗耶香!!」


「……騙すも何も私から好きになったんだから当然でしょ?ねっ、エイジさん♪」


さっきの態度とは裏腹にいつもの紗耶香に戻り、笑顔で聞いてくる。


……どうすればいいのだろうか。何も言うことが出来ない……。


「大体こんな男のどこがいいんだ!歳の差も離れてるし、対してかっこよくもない!どこにでもいるような普通のおっさんじゃないか!!」


「……は?今エイジさんの悪口言った?あんたの目が曇ってるんじゃ――」

「――紗耶香」


彼女が暴走する前に彼女の名前を呼ぶ。


「え、エイジさん……?」


「早く帰ろう。みんなが待ってる」


困惑している彼女の手を強引に握り返してそのまま彼の横を通り過ぎる。


「おい!逃げるのか!!」


「ごめんね。今、それどころじゃないんだ」


飯田くんという子の声を軽くあしらってから学校から離れるのであった。




「え、エイジさん……なんで?」


帰り道を歩いている途中、紗耶香が気にするように俺に声を掛けてくるが……それどころではない。


「なぁ紗耶香……なんで嘘をついたんだ?」


「えっ……あ、その……」


「……俺は紗耶香の彼氏でもないし、了承もしてない。俺に迷惑を掛けてもいいが、周りに勘違いさせるような行動はあんまりよくないじゃないか?」


彼女だって高校生なんだ。俺が彼氏だと言いふされて、学校生活を無茶苦茶にさせたくない。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさい!だ、だってそうしないとエイジさんが離れてちゃうと思って……き、嫌わないで!私を……見捨てないで……」


「……見捨てないし、嫌わないよ。ただ勝手な行動はよくないなって思ったんだ」


涙目の彼女の頭を撫でる。やはり、あまり刺激をしないほうがいいか。



「なぁ紗耶香。なんで俺がお前のことを見捨てるって思うんだ?」


「そ、それは……」


彼女は喉が詰まるように押し黙ってしまう。

……教えてはくれない、か。


「……何か買っていこうか」


「えっ?」


「お腹すいただろ?奢ってくよ」


「で、でも……私、迷惑かけて…」


「反省してくれればそれでいいから、ね?」


「……はい」


……やっぱそう簡単にはいかないよな。


彼女のその様子を見ながら、俺は帰り道を歩くのであった。



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