第41話 クビにされた者同士
「……紗耶香、凛明。栞菜さんを連れて先に帰っててくれ」
明らかに敵意を向けている二人に今も眠っている栞菜さんを預ける。
「えっ……で、でもエイジさん……!」
「これは俺の問題なんだ。みんなを巻き込む訳にはいかない……大丈夫。ちゃんと帰るから」
いつも通りに笑って答えて見せた。二人は一瞬心配そうにした後に、何度もこちらを見ながら栞菜さんを背負って帰り道を走って行った。
「ま、待て!」
「あんたの目的は俺だろ?彼女たちは関係ない」
「……くっ!」
追いかけようとしていた上司の腕を思いっきり掴む。
俺に向けていた上司の顔はとても憎しみが籠った表情をしていた。
「……ふんっ!辞めたからって偉そうに……今でもお前は俺の部下なんだぞ?」
「過去に縋っているつもりか?俺はもうあんたの部下でもなんでもない……ただの他人だ」
腕を振り解いてから、お互いに煽り文句を言って再び視線を交わす。
彼の憎しみの籠った目線とは別に、俺は警戒を込めて彼に目線を向ける。
「……お前のせいで……」
しばらく経った後、上司だった目黒がそんな言葉を呟く。
「お前のせいで……俺の人生は台無しだ!!」
そうして語り始めるクビにされた後の目黒茂の生活。
「会社に背負わされた借金を返すために俺は全部失った!金も!家も!女も!全部全部全部だ!」
前よりも薄くなった髪を掻き乱して、癇癪を引き起こしている。
「毎日毎日朝から晩まで働いて、休むのもたったの数時間……お前に分かるか!俺がどれだけ苦労しているか!!」
「……自業自得だろ?」
確かに、この人は苦労しているのであろう。
おそらく会社には賠償請求、今まで溜まりに溜まったパワハラやらセクハラに対する物に訴えられ……人生は散々だろう。
だが、そんな悲惨な事なのに対して俺は……何も感じなかった。
「……あんた、一度でも社員を……俺たちのことを見たことあるか?」
「……は?何を言ってるんだお前?」
わけが分からなそうに呆気に取られている様子に俺の心はだんだんと冷めていくのが分かった。
「……一度も、褒めてくれたことなんてなかったよな……よくやったなんて言ってくれなかったな……名前なんて、呼ばれたことなんてなかったよな」
……いや違う。
俺は……悲しいんだ。
もしかしたら今まで悪かったと言ってくれるかもしれないと思った。
これからは真面目に頑張ると改心してくれると思った。
でも……こいつは、そんな様子は見せずに誰かの……俺のことを責め続けることばかり。
「……あんたは自分のことしか考えてないんだな」
「そんなの当たり前だろ!第一お前の方が異常なのだ!!」
すると、俺の方に指を差しながら声を荒げて言ってくる。
「人のために働ける?そんなバカがあそこにどこにいるか!そんな人間あそこにはいない……お前は入った当初から異常だった!対して頑張る必要のないことに時間を浪費して無駄にあの
……俺の、せいで。
そうか……確かに考えてみれば、俺が辞めたことであそこはどうなった?
会社は皇グループに合併され、そのせいで傷ついている後輩がいて……。
こいつのことばかり言ってきたが……俺も人の事が言えないってわけか。
「そんなお前が真っ当に生きていいはずがないだろ?ほら来い、また俺の元で働かせてやるよ……死ぬまでな」
「……俺は」
「ふざけるな」
たった一言。しかしその声からは怒りが宿っていた。
前を見ると、そこにはぷるぷると拳を握って表情が怒りにより表情を歪ませていた凛明の姿があった。
「り、凛明……」
「……お前は結局、自分を被害者にしたいだけ……それでエイジを加害者にしたいだけの……ただの障害者」
「な、なんだと……?」
「……だってそう。エイジは何もしてない……あの会社のことだって全てお前のせい……なんでなんの関係もないエイジが責められなきゃいけないの?」
「り、凛明?」
俺は彼女を見て呆気に取られるしかなかった。
だって彼女は……悲しそうに泣いているんだから。
「……エイジは、救ってくれた……私に……
「なっ……!お前ごときにこいつの一体何を……!」
「お前よりも知っている!!」
彼女の荒げてた声が目黒に襲いかかった。
その迫力に思わず彼も口を閉ざしてしまう。
「エイジは誰かのために動ける優しい人間だ!エイジは誰かに光を与えてくれる凄い人間だ!エイジは……私の唯一のファンだ!!お前ごときが……エイジをまた地獄に行かせるな!!エイジを傷つけるなぁ!!!」
「くぅっ!うるさいうるさいうるさぁい!!!」
ついに凛明の言葉に限界を通り越したのか、彼女の胸ぐらを持ち始めた。
「きゃっ……!」
「ガキが……大人の事情に突っ込むんじゃねえええ!!」
そのまま凛明の顔に殴り掛かろうと目黒は拳をあげる。
「………お、お前……!」
俺は彼女の顔に拳が届く前に、彼の腕を掴んだ。
そしてそのまま彼の腕を掴む力を捻じ曲げる勢いで強くする。
「い、いたたたたたっ!!??」
そして痛みで彼女の胸ぐらを離して、彼女が落ちそうになるところを片腕で受け止める。
「……え、エイジ……?」
「……ごめんな凛明。こんな危険な目に合わせちゃって」
彼女に一声かけてから俺は上司に視線を向ける。
「………おい」
「っ!?」
「お前……凛明に何やろうとした……?」
今までに感じたことのない怒りを感じながら、さらに力を強める。
「い、痛い痛い痛い!!は、離せ!離してくれ!!」
「……一つ、忠告してやる」
彼の腕を離してから、俺は彼女を抱きながら言い放つ。
「もし、この子達を傷つけてみろ……その時は、お前に地獄を見せてやる」
「ひ、ひぃっ……!」
俺を恐ろしい怪物かと思ったのだろうか、奴は俺から情けなく後退りながらそのまま逃げていった。
「……大丈夫か凛明?」
「……うん……ごめん……迷惑かけて……」
「そんなことない。凛明の言葉、凄い嬉しかった。ありがとうな。俺のために怒ってくれて」
「……うん」
身体を震わせながらも、少しだけ素っ気ない素ぶりに俺は笑みを浮かべた。
「……じゃあ帰るか。紗耶香が心配してるだろうし」
「あっ……」
「ん?」
「……えっと……さっきので……腰抜けちゃった……だから……おんぶ」
「……はは、随分と威勢張ってたんだな」
「うっ……エイジの意地悪」
——どうやら俺には、奴とは決定的に違うところがあるようだ。
他人のために動けるかどうか。
もしかしたら、あの人と俺は逆だったのかもしれない。
その違いだけで、ここまで人生が違ってくると実感できた。
だから……他人のために動けてよかった。
そのおかげで俺は……凛明みたいな素敵な人達と出会えたんだから
そう考えながら俺は、彼女を背負いながら帰り道を歩くのであった。
【もし面白いと感じたらフォローや⭐️、❤️をお願いします!!!】
また、こちらの作品の方も見てくださると嬉しいです。
《全てを失う悲劇の悪役による未来改変》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます