第三章
第30話 俺は、貴方の物です
「……何、言ってるんですか?」
目の色を濁らせ、そう言ってくる栞菜さんと……無表情になっている紗耶香ちゃん、瞬きせずにこちらを見ている凛明と向き合う。
「お願いします栞菜さん。ほんの少しの期間だけ……外で働かせてください!」
頭に地面を擦りつけ、お願いする。だが……。
「駄目です。そんなことは許しません」
淡々と、流暢のない声で言い放たれた。
「どうしてそのような許可を出さなければならないのですか?エイジさんはずっと私たちの家で暮らしていけばいいのです」
「そ、そこをなんとか!なんとか許容してくれませんか!ほんっとに少しだけなんです!どうしても、やらなければならないことがあるんです!」
「それをエイジさんがする必要がありますか?そんなこと、他の人に任せればいいではありませんか……」
くっ……いつもは優しく接してくれる栞菜さんのきつい言葉が心にズキズキと刺さっていく。
「……そもそもさ、エイジさん」
すると、変わるように今度は紗耶香ちゃんが俺に話しかけてきた。
「ほんとなの、それ?私、にわかには信じ難いんですけど……なんでしたっけ名前、結奈さんでしたか?あの会社にいたエイジさんの後輩の……その言葉、信じられるんですか?」
「た、確かに個性がある子ではある……でも夢に向かって進んでいく真っ直ぐな子なんだ!嘘をつくような子じゃないのは俺が保証する!」
「そんなの、言葉と態度が変わればなんとでもなりますよ。たった数年の関係でそこまで見抜けるんですか?」
「うっ……」
「それに……そんなこと言っておきながらエイジさん。ほんとは私たちのことを捨てるつもりじゃないんですか?」
「っ!?ち、違う!そんなこと決して……!」
「じゃあこんな話もうやめてくださいよ。なんですか?どうしてそこまでエイジさんが動かないといけないんですか?その人、別に生きていけますよね?ならいいじゃないですか。エイジさんがそこまでやる必要ないんです。また貴方が苦労することになるんですよ?なんでいつもいつも貴方はそうやって……あぁもう!こんなこと、エイジさんに言いたくないのに……」
涙がポロポロと落ち始める紗耶香ちゃんを見て良心が傷つつき始める。
「……エイジ」
「り、凛明……」
「……だめ」
「で、でも」
「だめ、絶対に……だめ」
「……エイジはここで暮らすの。紗耶香と栞菜と……私と一緒に……もうエイジは私たちにとって……かけがえのない存在、なんだよ?」
意思のある一つ一つの言葉。口数は少ないが、重みのある凛明の言葉につい、怯んでしまう。
「……エイジさん」
栞菜さんかゆっくりとこちらにかかんで……手に頭を乗せてくる。
「……もう、いいんです。貴方が傷つく必要は……頑張る必要はないんです」
「ち、違う!俺はそんな……!」
「ずっと……頑張ってきたではありませんか?あのチャンネルが出来てから……ずっと。だから、もう休みましょう?エイジさんは……幸せになるべき人なんです」
何にでも包んでくれそうな声が俺の心の中に反芻する。
……分かってる。栞菜さん達はただ……俺に無理をして欲しくない、傷ついて欲しくない……そのために、言ってくれるのだと。
『……もう私、どうすればいいか分からなくて……』
……でも、あの時結奈ちゃんが助けて欲しそうにしていた。
彼女は今も尚、傷ついている。あの日俺がやめた数ヶ月間ずっと……ずっとだ。
それを……助けない馬鹿がどこにいる?
「……お願いします皆さん。俺に……チャンスをください」
曲げない、曲げるわけにはいかない。ここで俺が引いてどうする?約束したじゃないか。なんとかするって。
だったらそれがたとえ恩人が相手だろうと……立ち向かわなきゃいけないだろ!
「……まだそんなこと言うんですか?エイジさんいいですか?貴方は……」
「そうです」
「?」
「俺は……栞菜さん、貴方のものです」
「………………………………………えっ?」
そう言った瞬間、さっきまで歪んでいた三人の顔が一気に呆気に取られているような顔に豹変する。
「栞菜さん」
「へっ……?」
「これが終わり次第、俺は本当に貴方の所有物になります。栞菜さんが俺にして欲しいことはなんでもさせていただきます。どんなことであろうと……貴方の言うことには従います」
「な、なぁっ!?」
顔を真っ赤に染まった栞菜さんが素っ頓狂な声を出した。
「紗耶香ちゃん」
「あ、え、は、はい…!」
「紗耶香ちゃん言ってたよね?俺がみんなを捨てるんじゃないかって」
「っ!?そ、そうです!!エイジさん私たちを……」
「捨てないよ」
「……えっ?」
「捨てない。紗耶香ちゃんが見捨てない限り、俺はずっとのそばにいる。何があっても……ずっとだ」
「っ!?!?な、なななななな何を言ってりゅんでしゅかエイジしゃん!!!???」
パニック状態なのだろうか、栞菜さんと同等に頬が赤く染まっていなち沙耶香ちゃんの呂律が回っていない。
「……凛明」
「……な、なに?」
「前約束したよな?俺はずっと凛明の歌を聴き続けるって」
「……うん」
「だから俺は凛明のファン1号として、そばでずっと聴き続けるよ」
「……………………………」
言葉は出ないが、頭から湯気が出てしまうくらいに真っ赤になっていた。目も不思議とぐるぐると回ってる気がする。
「……それに、これはみんなの為でもあるんです」
「わ、私たちの?」
「はい。詳しくはまだ言えませんが……世界中に名前が残せるくらい、栞菜さんを、紗耶香ちゃんを、凛明を……人気にさせてみます」
「え、エイジさん……」
「……お願いします。そのためにも協力してください!」
決死の思いで、もう一度家の床に頭を擦りつける。絶対に……負けない。
結奈ちゃんのためにも……3人のためにも。
「………わ、分かり、ました……」
「っ!では!」
さっきの勢いはどこにいったのか、顔を下に俯きながらもコクリと小さく頷いてくれた。
「……え、エイジさんの覚悟は……その、よく伝わりました……きょ、許可します……」
「〜〜!!ありがとうございます!!」
よしっ!なんとか許可をもらった!これで動ける!
「……あ、あのエイジさん」
「?なに紗耶香ちゃん?」
「その……わ、私もそれでいいんですけど……あの、まだデート……」
「あぁ、そういえばまだしてなかったね。いいよ。じゃあ明日にでもする?」
「あ、明日!?」
「駄目だった?」
「あ、そ、その…………はい……」
?なんか、様子がおかしい気がするけど……これでいいんだよな?
「凛明も明後日にデートすることになるがいいか?」
「……………………うん………………………予定……………………………空けとく」
いつもよりも間が凄いが、それで言いらしい。
よし、三人からも許可は貰ったし、善は急げだ。
「三人とも、ほんとにありがとうございました!俺、少し準備があるので少し失礼します!」
それだけ伝えて自分の部屋へと向かっていく。
久しぶりの仕事だ。色々準備しなければならないこともあるけど……頑張るぞ!
◇
「………ね、ねぇ二人とも」
「……な、なんですか栞菜さん?」
「………うん」
「その……今胸がドキドキして止まらないの……ど、どうすればいいのかしら?」
「そ、そんなこと言ったら私だってそうですよ!!あ、あ、あ、あんなこと言われて………!」
「…………刺激的だった」
「……と、とりあえず一つ分かったことがあるわ」
——エイジさん……覚悟ガンギマリしすぎでしょ……。
そう思った3人は未だに止まらない胸の鼓動を感じ、それぞれ自分たちの配信をしていくのであった。
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また、こちらの作品の方も見てくださると嬉しいです。
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