第29話 元後輩との会話
彼女のメールを見た後、俺は家の家事だけ済ませて、外に出て、待ち合わせ場所である喫茶店に入っていく。
結奈ちゃん曰く、もう着いているらしいけど……お、いたいた。
「お待たせ結奈ちゃん。少し待たせちゃったね」
「……あっ、先輩!」
……少し寝不足か?目の下に薄らとクマが出来てるが、俺の顔を見た瞬間の彼女の顔がパァッと笑顔になっていた。
「お久しぶりです!先輩……!ほんとに……ほんとに、会いたかったです…!」
「ゆ、結奈ちゃん?」
そう言うと、彼女の瞳から涙が零れ落ちるのが目に見えて分かった。
「ご、ごめんなさい……先輩の姿を見たら、なんか安心しちゃって……」
「……とりあえず落ち着くまで待っているから、自分の気持ちを整理するのに集中して……はいこれ、ハンカチ」
「……ありがとう、ございます」
……この様子見る限り、相当苦労しているようだな。そう思いながら俺は彼女の向かい側に座り、コーヒーを頼むのだった。
◇
「……落ち着いた?」
「はい……ありがとうございます先輩」
数分してやっと自分の気持ちに整理がついたのであろう結奈ちゃんに声をかけ、そんな返答が返ってくる。
「……それにしても先輩、よくここの喫茶店が分かりましたね。仕事バカの先輩が知っているとは思いませんでした」
「そうだね。会社を辞めた後に知って……待て待て、今仕事バカって言った?俺の気のせいじゃなければそんな言葉が聞こえた気がするけど?」
「……なんのことですか?」
「……どうやら俺がいなくなってもその毒舌は治ってないようだね」
「治す気なんかありませんよ。これも私の個性ですし……先輩はこんな私がいやですか?」
「いや、寧ろ安心したよ。今となってはそっちの方が結奈ちゃんらしいから」
「……ふふっ、先輩ならそう言ってくれると思いました」
赤くなった目を細めて微笑んでくる。それと同時にやっぱり先輩だけだ……と言ってるような気がした。
彼女、安藤結奈はあの会社でもその容姿が整っており、可愛らしかったためブリティアのアイドルとも一時的に噂されていた。
だから彼女に言いよる人たちはたくさんいたんだけど……。
『気持ち悪いですね。その性格、なんとかしたらどうなんですか?』
『あのごめんなさい。仕事中ですので……というより存在自体が邪魔です』
『……生理的に無理です』
と、このように中々に毒舌を吐いてしまう子なので、それが原因なのか毒舌魔女とも言われたりしていた。
そんな彼女の行進育成として任されたのが俺であった。
最初はその毒舌で中々心が折れそうなこともあったけど……夢のために頑張っている彼女を見て、少しでも支えようと決心がついた。
そのおかげか、どんなに毒舌を言われても気にしなくなり、これもこの子の個性と考え、関われるようになった。
俺の見当違いじゃなければ、他の人よりかは少し慕われてる……気がする。
「……それで、結奈ちゃん。話というのは?」
「……会社について、お話したいんです」
会社というと……AOブリティアについてか?
「皇グループの入った後、前みたいに残業することは少なくなって、定時前には帰れるようにもなったんです……でも」
「……何かあったの?」
「その……環境が揃ったのはいいんです。でも、肝心の仕事が……依頼がほとんど受けれなくなってしまい……」
あぁ……でも、それは無理ないかもしれない。
AOブリティアの醜態は世界でも拡散されて、炎上していたらしいからね。それでそんな会社依頼してくるなんて……相当の癖者じゃない限りいないはずだ。
それに、皇グループも影響してるだろうな。おそらく、彼らが仕事を割り振ってる数を減らしてるから……そう考えると、仕事が減るのも無理ないし、前よりも自由にやれないな。
「私、テレビやユーチューブを見ている人たちに少しでも面白いものや楽しいものを届けられるものを作っていきたいんです!そんな志を持ってあそこに入った人もいるのに……みんな、口を揃えては楽だのって言って馬鹿スカ笑って……じゃあ一体なんのために入ったんですか!?もっと誇りを持ってないんですかあの人たちは!!」
「………」
「……もう私、どうすればいいか分からなくて……」
手で顔を覆って再び泣き始める。そんな彼女の姿を見てズキンッ!と心が痛くなる。
そして同時に……その姿が栞菜さんに拾われる前の俺の姿と類似してしまった。
(……俺も、もし栞菜さんに拾われてなかったら……)
そんな妄想をしてしまう。
「……結奈ちゃん」
……結奈ちゃんは確かに人に毒舌を吐いたりする遠慮のない子だ。でも、夢を持っていて、叶えたいものがあって……誰かのために前に進もうとする優しい子だ。
ここで俺が彼女のことを見捨ててどうする?もしそうしたら俺は……後悔してもしきれなくなる。
「……少し、待っててくれないか?」
「えっ?」
「今は事情があって俺もすぐに動くことが出来ない。でも絶対にきみが誇りを持って働ける場所を用意する……絶対にだ」
「……せ、せんぱい……」
「……それまで、少しの間我慢してくれるかな?」
俺がそう言うと、彼女は手で目を擦りながら答える。
「……はい……はい!先輩を待ち続けます!今は辛くても、耐えてみせます!!だから……!」
「……うん。その答えが聞けて十分だよ」
そして、彼女の頭に手を乗せる。彼女に癖でやってしまうが……どうやら嫌ではないらしかった。
「……じゃあその間、俺から課題だよ」
「か、課題……?な、なんですか?」
「そう難しいことじゃないよ。結奈ちゃんが今趣味としてやっている動画投稿……それを毎日やること。そして、どうやったら面白くなるのか、どうしたら人に関心を持つかを意識して作ること……やってくれるか?」
少し無理難題を言ってしまったか?……いや、そんな心配は不要なようだ。
「……分かりました。それも、絶対に必要なことなんですね……頑張ります!!」
だってこんなに熱心な後輩なんだもの。
「……先輩」
「ん?」
「……私のために……ほんとに…ほんとに」
「結奈ちゃん」
「……?」
「その言葉は、まだ取っておこうか。終わった後に聞きたいからさ」
「……なんか、ギザってますか?先輩らしくないです」
「え、えぇ……それってどういう意味なの?」
「そのままの意味ですよ……ふふっほんとに……」
その時の彼女の表情はさっきみたいに暗くはなく、とても穏やかな表情だった。
(……さて、そのためにも動かないとな)
俺を信じてくれたこの子のために……そして、俺のことを受け入れてくれた……あの人たちのためにも。
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