第24話 大バズり
「……ふぅ、流石に遅くなっちゃったな」
少し機材選びに時間が掛かってしまい、外はすっかりと夕暮れ時みたいな朝日色になっていた。
「……疲れた……人混みは慣れない」
凛明はそう言ってリビングにあるソファに寝転がる。今日は紗耶香ちゃんも栞菜さんも遅くなるらしいから、家の中には俺と凛明の二人だけだ。
「ほら、もう少ししたら歌を歌うんだろ?」
「……うん……でも少し横になる」
「分かった。少しだけな」
まぁ凛明のタイミングで配信なんてすればいいし、それに準備にも時間が掛かるしな。
「じゃあその間に俺は少し作業してくるよ。休憩が終わったら教えてくれ」
「……ん。分かった」
……さて、まずは買ってきた機材を準備しないと。凛明の部屋何気に広いんだよなぁ……流石、音楽系配信者だ。
そう思いながらも、凛明の部屋に向かって行くのだった。
◇
機材の準備を終えて一階に戻ると、凛明は「スゥ…スゥ……」とリズム良く寝息を吐きながら寝ている姿があった。
「あんまり外に行くのは慣れなかったのかな?」
押入れの中にある掛け布団を出してソファで寝ている彼女にそっと掛けてあげる。
「……さて、まだ5時だけど二人とも帰ってきてないな……うーん。晩御飯の準備には少し早いしなぁ……」
洗濯物もさっき凛明の部屋で機材を整えたタイミングで片付けたしな……。
「……もう一度スカーレットの歌でも聴いてみるか」
ポケットからスマホを出して、凛明の……スカーレットが歌っている動画をタップする。
スカーレットの歌の魅力はその口から出る繊細なほど美しい綺麗な音だ。
彼女が歌っている歌はどれも共通して透き通るような声で歌っていて、その音色から様々な感情が乗せられ、それが影響してかスカーレットの歌が好きという人も稀にいる。
だが、その歌の魅力が機材や編集によってかき消されており、そのせいで多くの視聴者は彼女の歌の本当の魅力について気づいてない。
「……逆に言えば、それさえ解決出来たら凛明の歌はきっと多くの反響を及ぼす」
……それも多分、彼女の作曲能力と合わせれば社会現象が起こるほど……と俺は予想している。
「……ほんとにこの家にはなんでこんな超人しかいないんだ?」
大物のゲーム実況者に、期待の新人Vチューバー……まだ世間にその魅力が伝わってない、黄金の卵の中にいる音楽系配信者。
「……改めて考えると俺って、やばい人たちの所に住んでるんだなぁ……」
配信の姿を思い出し、そう呟いてしまう。
「………んん」
すると、後ろからうめき声が聞こえてきた。どうやら凛明が目覚めたようだ。
「………あれ………寝てた?」
目を擦りながら周りを見ているその様子に苦笑しながらも、彼女に声を掛ける。
「おはよう凛明。どうやら疲れてたみたいだな。よく寝れたか?」
「………おはよう……ん。ちゃんと寝れた……もう大丈夫」
ソファから起きて身体を伸ばしている姿を見ながら、凛明に飲み物が入ったコップを渡す。
「……これは?」
「ハチミツが入った飲み物だよ。歌う前にはちょうどいいだろ?」
「……んん…………これ、美味しい」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
彼女が飲み干す前に、スマホをポケットに入れて机の上に置いてあるコップを片付けていく。
「……エイジ」
空になったコップを渡しながら彼女が声を掛けてきた。
「……どうした?」
「……そろそろ……歌を歌いたい……一緒に準備してくれる?」
「……分かった。すぐに準備をするよ」
コップを洗って、凛明とともに2階へと上がっていく。
「……エイジ」
「ん?」
「………私……頑張る」
「……あぁ。凛明の歌、最後まで聴いてくよ」
凛明……お前なら大丈夫だ。たくさんの配信者を見てきた俺なら分かる……凛明は、誰よりも凄い歌手になる。
心の中でそう呟いて、彼女の歌を聴いた。
◇
「……よし」
1時間前に投稿した彼女の歌を聞きながら俺は固まっていた身体を伸ばしていく。
「……早いね……もう投稿したの?」
「ん?あぁ、ほとんど編集してないからな」
彼女の動画……というより歌は変に編集しない方がいい。そっちの方が凛明の魅力が引き出されるからな。
「……大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だ。多分時間が経てば……」
「?」
「……いや、なんでもない。それよりお疲れ様。お腹空いただろ?」
「……ん。何故か分からないけど、いつもより緊張して疲れた……こんな時はエイジのご飯が食べたい」
「分かった。まだ晩御飯の用意は出来てないから、少し待っててくれ」
そんな会話をしながら、部屋から出てリビングに向かっていく。
「なぁ凛明。次歌う曲なんだけど、今まで歌ってきたものをもう一回歌ってくれないか?」
「?いいけど……どうして……?」
「次歌う時は、凄い反響が起こるからだよ」
「……どういうこと?」
はてなマークを頭を浮かべている凛明の様子を見ながら、リビングのドアを開けていく。
「っ!エイジさん、凛明!!」
すると、いつの間にか帰っていたであろう栞菜さんと紗耶香ちゃんの姿がある。その表情は何かに驚愕しているようなもので……。
「……栞菜?紗耶香?どうしたの??」
「なぁ〜んで張本人のあんたがそんな呑気でいられるのよ!?」
そう言って紗耶香ちゃんはスマホをこちらに見せてくる。あぁ……もうそんな影響が出てたのか。さっき投稿したはずなのに早いな。
「……これって?」
「これも何もないよ!?凛明、あんた……ネットでもっっっの凄いバズってるのよ!?」
「…………え?」
そう言いながら、先ほど1時間前にユーチューブに投稿した彼女の歌の動画が表示されていた。
その再生数……200万以上。
「な、なにこれ……!」
それには普段表情を変えてない凛明も目を見開いてじっ……とスマホをまじまじと見ている。
「え、エイジさん…一体なにを?」
「ん?あぁ、いや別に……俺は特に何もしてないですよ」
……強いて言えることがあれば、世間がやっと彼女の歌に追いついたくらいかな?
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