第23話 本当の魅力
「……エイジさん?」
「……はい」
凛明が起きて早々のことだ。俺は今、栞菜さんによって正座をさせられています。
「昨日の動画見ましたけど……あれ、どういうことですか?」
「え、えっとその……勢いで出てしまい……」
昨日の動画とは紗耶香ちゃんの生配信のことだ。そして栞菜さんが言っている内容とは、その生配信につい出てしまったことのことで……。
「エイジさん?私の動画に出ることは別に構いませんが、他はだめです。それにあの子もファンがたくさんいるのですよ?もしものことがあったらどうするのですか?」
いや、本当におっしゃる通りだ。最近動画に関わることがあることが多かったせいか、そこらへんの意識を怠っていた自覚はある。
「す、すいません栞菜さ」
「栞菜さんも人のこと言えないじゃないですか?」
「……さ、紗耶香ちゃん?」
何故か隣で朝用意した朝食を頬張りながら栞菜さんに反論する紗耶香ちゃんの姿が見えた。
「私はいいのよ!私は!というか、元々エイジさんは私のものなのよ!!なんで勝手にエイジさんを配信に出させるような真似をしたのよ貴方は!!」
「それはもう終わった話でしょう!エイジさんはみんなのものです!!……ほんとは私のものにしたいけど……じゃなくて!栞菜さんがよくて私が駄目ってなんですか!てかYUSUKEってなんですか?いつも思いましたが栞菜さんのネーミングセンス、安直しすぎやありませんか!?」
「うっ……そ、そんなことはいいのよ!そういう貴方も貴方よ!なんでそのままエイジって呼んでいるの!!」
「私はいいんです〜。初期の頃からエイジさんの話なんていっっぱいしてましたし。ファンのみんなだってそんなの認知してましたし、今更ですよ!」
「く、くぅ……!」
「ぐぬぬぬ……!」
……な、なんだか説教タイムからいつのまにか姉妹喧嘩みたいなものを見せられて困惑してしまう自分がいる。
「………私も、エイジに動画出させようかな……」
うん、凛明?多分そんなことするとあの二人に怒られる……というか姉妹喧嘩が更に激しいものになるからやめような?
てかまずい。このままだとどんどんエスカレートしていく可能性が……。
「……と、とりあえずあれを止めようか凛明」
「……放っておいてもいいと思う」
「い、いや念の為に、な?」
「………わかった」
めんどくさそうにしながらも協力してくれるということで、時間をかけて二人を落ち着かせるのであった。
◇
今日も平日ということで紗耶香ちゃんは学校、栞菜さんは少し用事があるということで今は外出中だ。凛明もまだ自宅で歌の練習している。
俺もさっきまで一緒に歌ってだけど、少し休憩中ということで今はパソコンと向き合っている。
「……やっぱり」
そしてある動画を見て……確信が持てた。
(……凛明の歌の魅力が、動画でかき消されているな)
スカーレットのチャンネルで投稿されている歌はどれも素晴らしいものだ。でも、実際に聞いた彼女の歌はそれを遥かに超えていた。
「何故か変に声が編集されてるし、画質も悪い……これまさか……」
……凛明の歌唱力が発揮されないのは、この動画編集と機材のせいってことか?
「そういえば、あのパソコンやらマイクだったり……古いものばっかだったな」
どれもとても使い古されたものだったけど……なるほどね。
「……エイジ?」
「?凛明か。来てたのか?」
「……うん。少し……休憩」
そう言いながら俺の隣に座って喉を潤すのだろうかペットボトルの中に入っている水を飲み干す。
「……何やってたの?」
「ん?あぁ。ちょっと凛明の歌を聴いてたんだよ」
「……私の?」
「うん。今日聴いてて少し違和感があったから、聴き比べをしたんだよ」
「……やっぱり……下手、だった?」
表情が変わってないはずなのに悲しそうな雰囲気になったのが分かる。いやそうじゃなくてね……。
「逆だよ逆。実際に聴いたのが良すぎたんだよ」
「……どういうこと?」
「動画の凛明の歌と実際に聞いた凛明の歌が明らかに違ったんだよ。動画だと少し雑音が入ってたりラグったらして、歌の魅力が入りきれてなかった」
……逆に言うと、それを込みでもそこらの配信者のチャンネル登録数なんて軽く超えてるんだから恐ろしい子だよ。
「……そう、なの?」
「あぁ。俺の予想が正しければ……多分、凛明は凄い歌手になる」
「っ!?」
「だからそのためにも今から新しい機材を揃えるために買い物に行くけど……どうする?」
「……エイジ……一つ、聞いていい?」
「ん?」
「……私の歌……凄かった?」
「うん。凄かった」
「……ほんとに、ほんと?」
「ほんとにほんとさ」
「……エイジに任せたら……私の歌……もっと凄くなる??」
「凄くなるさ。実際に聴いた俺が言うんだ。保証するよ」
「……そっか」
すると「少し待ってて」と言って席から立ち上がって、2階に上がって行った。
「……さて、その間に買うもの用意しないとね」
歌ってみたの配信に必要なもの……また、彼女の部屋にあった古い機材と同じようなものを探し、メモに書き出していく。
「……お待たせ」
すると、白いワンピースを着た凛明が後ろに立っているのが目に見えて分かった。
「……やっぱり行くのか?」
「……ん。エイジに任せてばかりじゃだめ……私も行く」
そう言いながらその華奢な手で俺の手を握ってくる。
「……最初に人前で聴かせた人がエイジでよかった」
「?栞菜さんや紗耶香ちゃんは聴いてないのか?」
「……その、恥ずかしいから……二人の前で歌うの……」
……あぁそういうことか。だから二人も気づかなかったわけか。
「……それなら、早く二人に聴かせてやらないとね」
「……正直……自信、ない」
「大丈夫さ。その時は俺も一緒にいてあげるから」
「……ほんと?」
「あぁ。ほんとさ」
「………それなら……歌う」
「そうこなくちゃ」
「……だから、早く行く」
ギュッと握りながら玄関に向かい、早く行こうとする凛明の姿に少し苦笑する。
(……何気に楽しそうなんだよな……今の凛明)
俺の気のせいじゃなかったら……彼女の表情はいつもよりも2mmぐらい口角が上がってるような気がした。
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