第14話 彼女たちの逆鱗


「……ふぅ、柄にもなく嘗ての上司に啖呵とったけど……」


胸に手を当ててみると、心臓がバックバクだ。今もはち切れるんじゃないかってぐらいに胸が苦しい……。


いや、元上司だった人にあんなこと言ったんだよ?緊張しないわけないやん?正直、二人にはどう説明しようかな……。



「雄介先輩!」



そんなことを考えてると、後ろから誰かが俺の後を追うように走ってくる音が聞こえた。


後ろを振り返ると凛明よりも少し身長が高いが、平均よりも低い、長い茶髪の髪を纏めている女性の姿が目に映った。


「結奈ちゃん?」


そこにいたのは、この会社で俺の後輩だった人、安藤結奈あんどうゆいなであった。


「せ、先輩っ!会社を辞めるって本当なんですか!?」


「そうだけど……あれ?聞いてなかった?」


結構前に辞めた記憶があるんだけど……。


「き、昨日まで実家に帰省していて、今日会社に来たところなんです……」


……そういえばあの上司、女性社員には妙に甘かったな。それにセクハラまがいなこともしていたし……。


「し、出社したら何がなんだか分からないんです!契約されていた配信者の皆さんには急に打ち切られて、仕事の量も前よりも多くなっていて……いつの間にか先輩がやめられたって聞いて……」


「そっか……ごめんね、急に辞めちゃって」


「ほ、本当にやめるんですか?」


「うん。まぁ、少し事情があってね……」


クビを宣告された……とは言わないでおこう。あんま大事になって欲しくないしね。


「……私、先輩に支えられてばっかで……まだ教えて欲しいことも沢山あるのに……うぅ……ひっぐ……」


「結奈ちゃん……」


自分なりに頑張ってこの会社に勤めてきたつもりだけど……俺のために泣いてくれる人も居たんだな。


「結奈ちゃん。俺がいなくなっても頑張ってね。大丈夫!結奈ちゃんならきっと立派なディレクターになれるよ!」


「で、でも先輩……私、失敗してばかりで……」


「そんなの当たり前だよ。人間なんて失敗してばかりの生き物なんだからさ。大事なのはそこから何を学んだかだよ」


確かに結奈ちゃんは今は失敗ばかりかもしれないけど、少しずつ上達しているのが目に見えて分かった。


きっとこの先、会社のエースになるなんてこともあるんじゃないかな?


「結奈ちゃんなら大丈夫。ずっと見てきた俺が保証するよ。だから……俺がいなくてもこれからも頑張ってね」


「先輩……」


「もし何かあったら連絡してよ。その時は相談でも乗るからさ……配信のことでも、ね?」


今にも号泣するんじゃないかと思われる彼女の頭に手を乗せて、ゆったりとしたリズムで撫でる。


「あっ……」


「……じゃあ、そろそろ時間だから……またね、結奈ちゃん」


名残惜しいそうにしている彼女の頭から手を離して、今度こそ勤めていた会社と縁を切るべく、堂々と出て行ったのであった。





「やべっ、少し長居しすぎたか?」


スマホで時間を確認してみると、もう昼頃になっていた。今日は土曜日ということもあって紗耶香ちゃんも家の中にいる。


(昼食の準備もまだしてないのに……食材あったかな?)


みんなスタイルはいい癖して、大食いだからすぐに無くなってしまう。一体あの身体の中のどこに養分が行っているのやら……。


そう考えているうちに、どうやら家に着いたみたいだ。


「すみません、少し遅くなりました………」


扉を開けて、家の中に入ると……そこには何故か笑顔で仁王立ちで待っている栞菜さんと紗耶香ちゃん、それと無表情だけど少し怒っているように見える凛明の姿があった。


「おかえりなさい、エイジさん……随分と遅かったですね?」


「え、えぇ……少し用事あったので……」


笑顔のはずなのに、どうして冷や汗が止まらないのだろうか。何故か後ろにはうっすらと般若の姿も見えるし……ついに幻覚でも見たか?


「ところでエイジさん」


すると、スッとスムーズに俺に寄ってきて栞菜さんと同じくらい恐ろしい笑顔の紗耶香ちゃんが話したしてきた。


「な、なに紗耶香ちゃん?」


「……どうしてエイジさんのスーツに女の匂いがするんですかね?」


「え、え?」


突然のそういうことを言われて困惑してしまう。


あの時、結奈ちゃんの頭を撫でたからだろうか?そう思いスーツに鼻を近づけてみるが……特に変わった匂いは感じない。


「……エイジ……女に会った」


「ま、まぁ……少し知り合いとは会いましたが……」


嘘は言ってない。実際、後輩だったわけだし。


「エイジさん。私、何度も言っていると思いますが……」


細めていた目を開けて、そのドス黒いとも言ってもいい程の真っ暗な瞳を宿したまま栞菜さんは近づいてきた。


「貴方はもう、私のものなんですよ。外に出ること自体はいいですけど……それが他の女に会うためだとしたら……いくらエイジさんでも許しませんよ?」


「っ!?」


「そうですよ〜エイジさん」


俺を逃がさないという意思が宿ってるのか、紗耶香ちゃんは俺の腕にギュッ…と絡みつくように抱きついてきた。


「……エイジさんはもうどこにも行ってはなりません、絶対にです。確かに前までは遠くて、どんなにも手を伸ばしても届かない存在でしたが、今はこうして私たちのそばでいてくれます。だから私、とても幸せなんです。エイジさんがそばにいてくれて、エイジさんの暖かいご飯が食べられて、エイジさんの温もりを感じられて……だから駄目ですよ?私たちに何も言わないでまたどこか遠くに行っては。そうしたら私、エイジさんのこと死んでも探しだしますから。エイジさんがいけないのですよ?エイジさんがこうして私たちの家に居てくれるから、こんなにも幸せを与えてくれるから……だから絶対に離しません。何があってもエイジさんのことを手放しません。誰にも……誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも………」


壊れたラジオと言ってもいいように、紗耶香ちゃんがぶつぶつと何かを呟きながらだんだんと締めつける力が強くなってきている。


「……エイジ」


今度は凛明が俺の手をムギュッと手放さないように握ってきていた。


「……約束……私の歌……これからも聞き続ける」


「そ、そうだな……」


「ん……だから守ってもらう……死ぬまで」


し、死ぬまで……一つ一つの言葉の重みが俺の身体にズシリと感じてきてしまう。


「あ、あの皆さん?俺は別に辞めるつもりなんてありませんし、これからも一緒に居続けますから」


まだ俺を拾ってくれた恩も返せてないのに、このまま見捨てるわけがない。


「……本当?」


「あ、あぁ。本当だぞ凛明」


「私たちのこと、捨てませんよね?用済みでそのまま見捨てるなんてことしませんよね?」


「大丈夫だよ紗耶香ちゃん。俺のことを見捨てない限りは俺がみんなののとを捨てるなんてことはしないから」


どちらかと言うと拾われた身ですからね。


「……エイジさん。その言葉……信じてもいいんですね?」


「え、えぇ……誓ってそんなことはしません」


「……信じますよ?」


「は、はい……」


妙に圧のある言葉に怯みながらもなんとか栞菜さんにそう返すと、少しの沈黙が廊下を支配して……いつもの栞菜さんの姿に戻る。


「……分かりました。これ以上は何も言いません……すみません。エイジさんを責めるような言い方をして」


「い、いえ。俺も事情も言わずに出て行った真似をしてすみません」


「そんな、エイジさんは何も悪くないですよ……ふふっ私たちの早とちりですのに謝ってくれるなんて……ほんとにお優しいのですね」


そう言って栞菜さんは俺に抱きついてきた。


「あ、あの栞菜さん?その、昼食の準備もしたいので、出来ればどいてくれると……」


「……それもそうですね。本当はもっと抱きついていたいですが……仕方ありません」


名残惜しそうにしながらも離れてくれた。


「では、今日もお願いしますねエイジさん」


「……はい、わかりました」


食材だけ確認しないと……そう思いながら靴を脱ごうとして……あれ?


「はいエイジさん。栞菜さんと話している間に私たちが履き替えて起きましたよ」


「……ん。バッチリ」


いつの間にかスリッパに履き替えられていた。二人を見ると、先ほどと変わらず俺の手や腕に抱きついてたり、握ったりしていた。


「エイジさんエイジさん。今日は何にするんですか?私、お腹ぺこぺこです」


「……エイジの手料理……楽しみ」


「わ、分かった。分かったから、少し離れてくれ……!」


さっきの険悪の雰囲気が無かったように嘘のようにわちゃわちゃとしており、少し安心しながら、リビングへと向かっていった。



 


深夜、午前0時30分。


エイジが寝ている間、リビングで三人の人物が椅子に座って机越しで向き合っている。


「………栞菜。何の用?」


「そうですよ。私、もうすぐライブ配信をしたいのですが……」


「……今日、エイジさんが外に出て行ったことについて話したいの」


そう言って、栞菜は二人にある録音データが保存されているスマホを出してくる。


「エイジさんのスマホじゃないですか。これがどうしたんですか?」


「……やりやがったわ……あのくそ会社……」


歯を噛み締めるように怒り心頭の様子のまま、栞菜は二人に言い放つ。


「……エイジさんを引き抜こうとしたわ」


「「っ!?」」


そう言った瞬間、栞菜含む3人の雰囲気が一気に怒りや憎悪のようなもの変化する。



AOブリティアは最もやってはいけないことをしてしまった。


それは、虎の尾を踏むように……彼らもまた、大物の配信者の尻尾を力強く踏んでしまったのだから。



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また、こちらの作品の方も見てくださると嬉しいです。


《全てを失う悲劇の悪役による未来改変》


https://kakuyomu.jp/works/16818093076995994125




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