第9話 やっと見つけた。私の……〜凛明〜


「………んん」


……ベットの上……?そっか、私……久しぶりに泣き疲れて寝てたんだ。


……少しだけ、昔のことを思い出した。


幼い頃のぼんやりとした記憶だ……でも今も変わらず世間で飛び交うその名前を、私は嫌でも聞くことになっている。


皇家……数々の大手企業を取り持っている有名な財閥の一族だ。


……多分私は、その皇家の人間として生まれて、そして捨てられたんだと思う。確証はない。けど……直感がそう言ってる気がした。


私だけじゃない。栞菜や紗耶香も親という存在がいない。いつ出会ったかなんて覚えてない、その時の私たちは生きるのに精一杯だったから。


お互い助け合っている内に、私たちはこの家で家族のように過ごすようになっていた。


そんな時だ。私たちがという物に触れるようになったのは。


きっかけは栞菜が私たちにある動画を勧めてくれた時だ。


……思えばあの時から、あの人の存在は私の心に刻みこんでいたのかもしれない。


ただ、その時の私も紗耶香も余裕が無かったから、見ることはなかった。


栞菜も余裕はなかった、というよりも私たちの中で一番忙しそうにしていた……けど、その目はとても輝いていて……何かの生きがいを見つけたような感じだった。


それに影響されたのか、栞菜はゲーム配信者、KANNAとして活動を始め……そして、大物の配信者となっていた。


その時の栞菜の楽しそうな姿は……今でも覚えている。


好きなことに夢中になるなんて、凄いんだなって……だからそんな彼女の影響したのか、私もスカーレットという名前として配信を始めることにした。


私にも夢があった。自分の歌で有名になって、いつかテレビの向こう側に立つことだ。


偶然、家の中にあったテレビに映っていた、あの心が踊らせるような歌声。


歌とは、凄いものだと思った。感情の起伏が変わらない私でも感動を与えてくれた。涙を流した……だから私はそんな歌を、たくさんの人に届けたいと思った。


でも、そんな機会はないと今でも思う……ならせめて配信者として私の歌を届けたいと思った。


でも……現実は、そんなに甘くない。


配信者、スカーレットとして注目されるのはいつも、私の歌ではなく……自分で作曲した歌だけ……私の歌声が、みんなに注目されることなどなかった。


栞菜と紗耶香はそんな私の歌声が一番好きと言ってくれた……でも、それはきっと身近にいる人物だからだと、素直にその褒め言葉を受け取れなかった。


そんなことがしばらく続いた時だ。私の通っている高校で、こんなことを言われた。


「お前、スカーレットだろ?」


元々、私は他の人よりも感情が薄い。だから誰かに声を掛けられても、無愛想にしか答えられない。


そのせいか、人に声を掛けられるなんてことはなかった。


だから驚いた。私に声を掛けてくれる人が居てくれることを。


もしかして……褒めてくれるのかな?そんな淡い期待を持ってその人物の言葉に肯定すると……大声で笑われた。


「お前が?スカーレット??あっはっはっはっ!!あんな醜い歌声、誰が聞くんだよ!!」


…………何を言ってるか、分からなかった。でも、周りの人も彼に釣られて笑っているのが分かった。


その時、分かった。


……私の歌声は……笑いものとして扱われてたんだって。


どうやら彼らには届いていたらしい。私の……その醜い歌声を。


……もう、何がなんだか分からなくなった。


何も感じないのに……何故か視界がぼやけてしまった。ぼやけるのが増していく度に笑い声がさらに響き渡った。


あの無愛想な凛明を泣かせた!お前すげぇな!天才だよ!気に食わなかったんだよな!……そんな声が響き渡って、気づいた時には私はあそこに行くのが怖くなった。



栞菜は今でもトップに食い込む配信者、紗耶香も最近始めて、新時代ルーキーと呼ばれ、期待の配信者。


それに比べて私は……作曲だけが才能ある醜い歌声を届ける配信者。



………諦めた方がいいのだろうか。何も感じなくなった感情のまま、そう考え始めた時に……あの人と出会った。


頼りないけど、無愛想な私でも優しく対応してくれる人。


握手もしてくれた、その時の彼の手はとても暖かくて、凍りついた心を少しだけ溶けてくれそうなものがあった。


そして……私の歌が一番綺麗って言ってくれた……不思議な人。


今でもぼんやりとした頭の中で反芻するあの言葉。


『……とても……綺麗ですね』


……いけない、また涙が流れそうだ。彼の言葉を思い出すたびに心の中がぐしゃぐしゃになっていく。


「……エイジ、いるかな?」


彼に会いたい……そんな淡い期待のまま、私はベットに降りて、下の階に降りていく。


「……リビングの部屋……電気がついてる」


……いる。そう思ってリビングの部屋を開けると……机の上で何かの作業をしているエイジがいた。


「……エイジ」


「ん?あ、凛明ちゃん!目が覚めたんだね」


そう言ってパソコンを閉じ、こちらに近づいてくる。


「ごめんね。凛明ちゃんのこと何にも考えないで、言っちゃって」


「……んん。大丈夫……寧ろ、嬉しい」


そんなこと言わないで欲しい。私はエイジの言葉がうれしかったんだから。


「……栞菜と紗耶香は?」


「えっと、今は二人とも自室で配信やってると思うよ」


「……そう……エイジは?何やってたの?」


「俺は……少し音楽を聴いてたかな」


音楽……そう思って少しだけ期待を込めて彼に聞いてみる。


「……誰の曲?」


「……スカーレットが歌っている曲だけど」


あっ……やっぱり聞いてくれてたんだ。


「……どう、だった?」


……少し怖い。今までちゃんと褒めてくれたことがなかった私は少し後悔した。もしこれでいやって言われたら……でも、彼はそんな素ぶり全く見せずに……。


「うん。全部聴いてみだけど、全部素敵で綺麗な歌声だったよ。歌詞にいろんな感情が込められていて、正直に言うと感動した。もっと早く聴きたかったよ」


あはは…と何気なく笑うエイジ。


でも私は……そんな彼の言葉が私の心をジーン……と染み渡っていく。


「この声、凛明ちゃんだよね?」


「……うん」


「いやぁ凄いなぁ。俺、何回か歌ってみた配信投稿してたんだけど……コメント蘭がアンチの嵐だったよ……」


「……そんなに、酷かったの?」


……気になったのでユーチューブを開いて「エイジ 歌ってみた」で検索すると……あった。


「え、ちょっと凛明ちゃん?」


ポカンとしているけど、好奇心が勝った私は一つ、ポチっとその動画をタップする。


「………ぷふっ」


……思わず笑ってしまった。


「あ、あの凛明ちゃん?出来ればそれを止めてくれると……」


「……エイジ、全然駄目……歌、へたくそ…」


「ぐはぁっ!」


……でも、何故だか笑みが止まらない。そっか……栞菜や紗耶香が彼のファンになった理由が少しだけ分かった気がした。


「……エイジ」


「な、なにかな?」


「………私、しばらくここでエイジの歌を流し続ける」


「そ、それだけは勘弁してください…!」


「……分かった。ただし、二つ条件がある」


「なんでもします凛明さまぁ……」


……ふふっ、頼りない姿のエイジを見ていると、不思議と心が踊ってしまう。


「……一つ、私、これでも高校生……だからそんな子供みたいに扱わないで」


「は、はぁ……」


「……」


「わ、分かった。分かったから、そんな蔑んだ顔でこっちを見ないでくれ……」


ふふん、分かればよろしい。


「……二つ目……もしエイジが良かったら……」


おかしなものだ。こっちは条件を出している側なのに、こんな言い方をしてしまうなんて……。


「……私の歌……これからも聞いてくれる?」


そう答えると、エイジは不思議そうな顔をした後、深い笑みをしながら答えてくれる。


「……分かった。これからも凛明ちゃ……凛明の歌を聞き続けるよ。ファンだからね」


「……今日聞いただけでファン気取り……変なエイジ」


……でも、そんなエイジの言葉がとても嬉しかった。



そっか……私……この人に出会うためにここまで頑張ってきたんだ。


……やっと見つけた……私の…………私だけのファンエイジを。


……紗耶香と栞菜が勧めてくれたエイジの動画、今日中に全部見ようかな……。







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また、こちらの作品の方も見てくださると嬉しいです。


《全てを失う悲劇の悪役による未来改変》


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