第8話 話題の音楽系ユーチューバー
『ごちそうさまでした』
「はい、お粗末様でした」
多めに作っていたはずのご飯が三人の強靭な胃袋により、綺麗さっぱり無くなっている。
……今度はもう少し多めに作ろうか。
そんなことを考えながら、机の上に置いてある食器を片付けていく。
「栞菜さん。これを終えたら他に何かやることありますか?」
ソファに座り、コーヒーを飲んでいる彼女に聞いてみた。一応雇われた身だからな。
「そうですね……動画編集についてはまだ詳しく話していないので、今日は大丈夫ですよ」
「分かりました。じゃあ洗い物した後はお風呂を沸かしてきますね」
「ありがとうございます。初日なのにごめんなさい」
「いえいえ、これくらいお安いご用ですよ」
さてさて、そうと決めたらちゃっちゃと洗い物を済ませてしまいましょうか。
「あ、手伝いますエイジさん」
すると、エプロンを着用した紗耶香ちゃんが姿が見える。どうやら洗い物を手伝ってくれるようだ。
「ありがとう紗耶香ちゃん。じゃあさっさと終わらせようか」
「はい。あ、少し待ってください」
「ん?」
すると紗耶香ちゃんが自身のスマホを取り出している。それを見た凛明ちゃんはげっ……と表情がこれでもかと嫌そうな顔をしていた。
「……紗耶香……エイジがいるのにそれはだめ」
「まあまあいいじゃ〜ん。これ聴かないと最近集中出来なくてさ。それに、きっとエイジさんなら大丈夫だよ」
紗耶香ちゃんがそう言うが、未だに嫌そうな……というより少し不安そうな顔を変えない凛明ちゃん。
また、先ほどまでコーヒーを飲んでいた栞菜さんも少しだけ心配そうに表情を変えている。ん?なんだ?一体何をしようとしているんだ?
「栞菜さん。エイジさんなら大丈夫ですよ……この人のこと、栞菜さんが一番知ってるでしょ?」
「……そうね。きっとエイジさんなら……」
「えっと……何がですか?」
そう思って聞いてみたが、紗耶香ちゃんはにししっと独特な笑い声を発している。
「エイジさんはなんだと思いますか〜?」
「急にそんなこと言われても、何も分からないよ紗耶香ちゃん……」
「にししっ。答えはですね……とびっきり素敵な歌、ですよ」
そう言って紗耶香ちゃんはユーチューブから動画をタップして、洗い物をし始める。
俺もしようと思っていると、紗耶香ちゃんのスマホから透明感のある上品さを漂わせる歌声が聴こえてきた。
その歌声は大物の歌手にはない鮮明な美しさが感じられ、まるでどこかの国の歌姫が歌っているんじゃないかと思って、つい数秒だけ動きを止めて聴き惚れてしまった。
(……あれ、確かこれって……)
「……ブルーマリン」
今、話題になっているユーチューバーが自作で作った音楽の名前。
その歌声と歌詞に一部の視聴者が釘付けとなり、ある大物のユーチューバーが歌ってみた配信を投稿したことでバズった音楽だ。
俺も最近聞いてみたが、その時は大物のユーチューバーが歌っているものだ。
だが、今流しているのはそのユーチューバーが歌っているものではない。今流れている人の歌声はその歌をさらに魅力的に引き出せる切なさや哀愁を漂わせていて……。
「……とても……綺麗ですね」
たった一言だけ。凄すぎてそれしか言えなかった。
いや最近仕事のせいで余裕がなかったとはいえ、ブルーマリンをここまでいいものに変えてくれる人がいるとは……。
………ん?なんだ?何故だか猛烈な視線を感じる。
「………エイジ」
すると、いつの間にか近づいてきたのか、俺のすぐそばでじっ……と見つめている凛明ちゃんがいた。
「え、えっと……なにかな、凛明ちゃん?」
「……今、言った言葉……ほんと?」
「えっ……?今言った言葉?」
「………綺麗?」
あ、今流れている歌のことかな?そう思って凛明ちゃんの言葉に答える。
「う、うん。凄い綺麗な歌声だよ。思わず感動しちゃった」
「……ほんと?」
「?うん…?」
「……ほんとに、ほんと?」
「ほんとに、ほんとだよ?」
な、なんだ?さっきまで物静かな子だと思ってたのに、急に食い気味になって話しかけてきてる。
「……じゃあ……この人のブルーマリンと……今歌っている人のブルーマリン……どっちが好き?」
凛明ちゃんのスマホに映ってたのは、さっき言及した大物のユーチューバーの歌ってみた配信だ。
実際、俺もこの人の配信でこの歌は知ったんだよな……けど。
「俺的には、今紗耶香ちゃんのスマホに流れている人のブルーマリンの方が好きかな」
この歌の魅力を最大限引き出しているのは、今歌っている人だと感じるし、単純に俺はこっちの方が好きだった。
そんなことを考えながら答えると……えっ?
「り、凛明ちゃん!?」
表情はほとんど変わってないはずなのに、ポロポロと涙を流している凛明ちゃんの姿があった。
「え、え!?ご、ごめんね凛明ちゃん!?俺何か嫌な事言っちゃったかな!?」
突然のことで、俺も焦りに焦ってしまう。何がなんだか分からずにいると、栞菜さんが近づいてきて、凛明ちゃんを抱き寄せる。
「ご、ごめんなさい栞菜さん!俺、凛明ちゃんを傷つけるつもりは……!」
「エイジさん」
「は、はい……」
……失望、されちゃったかな……そんな風に考えて前を見ると、とても嬉しそうな表情をしてこちらを見ている栞菜さんの姿があり、そして……。
「……ありがとう、ございます」
そんなお礼の言葉が告げられる。お礼の言葉を言われるとは思わず、呆気に取られてしまう。
「紗耶香。私は凛明を部屋まで連れて行くから、エイジさんのお手伝いをお願いね」
「はい、分かりました……成功ですね?」
「全く、エイジさんが来て初日よ?少し早すぎよ貴方は」
「にししっ」
二人とも嬉しそうに話し合って、栞菜さんは今も泣いている凛明ちゃんを連れてリビングから出て行った。
「えっと……一体何が……?」
「エイジさん」
「う、うん?」
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
えっと……突然のことで頭が追いつかないからポカーンとしてしまう。
紗耶香ちゃんはそんな俺の様子を見て苦笑する。
「さて、私から少し凛明についてお話しますね」
「凛明ちゃんのこと?」
「実は彼女、こういう人でして……」
そう言って紗耶香ちゃんは俺にスマホを見せてくる。俺はそれを見て……唖然としてしまった。
「……これ、もしかして」
「はい。ブルーマリンを作ったユーチューバーとして最近話題なんですよ?スカーレット」
そこには今、話題沸騰中のユーチューバー。スカーレットのアイコンが映っていた。
スカーレット。
先ほども言った通り、ブルーマリンを作ったユーチューバーとして今世間から話題にされている音楽系ユーチューバー。
彼女が作る歌はどれも素晴らしいもので、よく大物の音楽系ユーチューバーでも歌われるほどだ。
「スカーレットって……今話題になってる有名なユーチューバーじゃないか…!」
……あ、そうか。凛明ちゃんの声を聞き覚えのある声だと思っていたけど……このスカーレットだったのか。
「……でも、どうして凛明ちゃん泣いていたの?」
それが気になってしまい、紗耶香ちゃんに聞くと、少し俯きながら話してくれる。
「凛明は歌を作るよりも、歌うことが好きなんです。いつか自作の歌を自分で歌って、人気になるのが夢って言ってました……けど……」
「けど…?」
「作曲の方はいいんですけど、凛明が歌うよりも大物の配信者の方がいつも人気が出て……それが何回も続いてしまって……自信を無くしてしまったんです」
作曲した人が歌うよりも歌ってみたで歌った人の方が人気が出ること……動画サイトでよく見る光景だ。
「……凛明が学校に行ってないのは知っていますか?」
「栞菜さんから大方は。詳しくは聞いてないです」
「あの子が学校に行ってない理由の一つとして、その動画の件で少しいじめられてしまって……お前は何も凄くないんだ、あの人が凄いだけとか、言われたらしくて……。」
「……そうですか」
「はい……だから凛明、きっとエイジさんに好きって言われて嬉しかったんだと思います」
「……それでもしも俺が違う答えを言ったらどうしてたんですか?」
紗耶香ちゃんの口ぶりから、分かっててあの行動を起こしたように思える。
リスクがありすぎないかと思っていると紗耶香ちゃんはこちらにその綺麗すぎて怖いとして思ってしまうほどの笑顔を向けてきた。
「エイジさんならきっと大丈夫だと思ったんです。だってエイジさんは……私を救ってくれたヒーローなんですから」
「ッ!」
栞菜さんの時と同じような気配を紗耶香ちゃんからも感じ取ってしまい、思わずゾッとしてしまう。
「……さっ!私もライブ配信をやりたいので、さっさと洗い物を終わらせましょう!」
だが、それも一瞬で消え、再開と言わんばかりに食器を洗い出した。
(……栞菜さんといい、紗耶香ちゃんといい、凛明ちゃんといい……もしかしたらこの人達は色々な物を抱え込んでるかもしれないな)
そう思いながらも俺は、紗耶香ちゃんと一緒に食器を洗っていったのだった。
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