第4話 契約成立
「………住み込みで?」
その問いかけに呆気に取られてしまう。だが逆に、栞菜さんは少し興奮気味で。
「はいっ!もし仕事が見つかっていないのであればぜひっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
落ち着こう。一体彼女は何を言ってるんだ?住み込みってことは同棲なんだよな?成人女性の家で世話になるってことだよな?
……いやいやいや、世間的に駄目だろ!?
「あの、お気持ちはありがたいのですが、無理して仕事を割り振らなくても……」
「いえ、実は前からお仕事をしてくれる人を探していたんです」
すると、彼女はさっきまで興奮していたのが嘘のように冷静に言ってきた。
「前から?」
「はい。その、さっきも言ったんですけど…最近は動画撮影で中々時間が取れなくて、そのせいで編集も億劫になってしまって」
「えっと、だから編集をしてくれる人を探してると」
「はい。SNSでも募集はかけたんです。ですが……」
そう言って栞菜さんは自らのスマホを取り出してXのアカウントを見せてくる。
……にしても、フォロワーの数が相当なことになっているのは気のせいか?
「少し見てくれますか?」
おっといけない改めて。彼女のスマホを見ると……うわぁ。
「……これは…」
「応募してくれる人はいるみたいなんですけど……あまり信用が……」
そこには少し……いやかなりやばいことが書かれてあった。
偏見で悪いと思うが、明らかにやばいアイコン人、嫌味をやたら書いている人、変態じみたことを書いている人……中々にカオスだ。
「本当なら二人に頼んでおきたいのですが……生憎と、少し忙しいようで」
「二人?栞菜さんの家には誰か住んでいるのですか?」
「はい、どちらも配信をしているのですが……」
すると、何か言いたいことを抑えるように口を結んでいる。
……これは、どうやら訳ありらしいね。
あまり深追いもよくないので、話を変える。
「えっと、仕事は何をやればいいのですか?」
「引き受けてくれるのですか!?」
「ち、違います!仕事の内容も分からないようじゃあやるかやらないかなんて決められないじゃないですか!」
「あ、それもそうでしたね……すみません」
そう謝って、彼女は説明し出した。
「えっと……エイジさんにやって欲しいことは主に動画編集や家事代行ですね」
「家事代行もですか?」
「お恥ずかしいのですが……家事が出来る人が居なくて……ちょっと困ってるんです」
あははと苦笑気味に笑っているのだが……じゃあ今までは誰が家事やってたんだ?まさかと思うが……今まで誰もやってないのか?
「えっと、前までは家事代行をしてくれる人がいたんですが……最近、中々時間が取れないということで、お辞めになられて……」
あーなるほど……だから編集出来る人で家事も出来る人も頼んでいたのか。
「……失礼な事を聞くのですが、他の人に頼むことは出来なかったのですか?ネットで募集するのは結構リスクがあるような……」
「……私たちの周りに頼れる人がいなかったのです。だからこうしたSNSで募集するしか……一応、三人で話し合って決める予定でしたので、そんな危ない人には引っかからないと思いますが」
いや、リスクが高すぎだろ。ネット界隈で危険が大きすぎる。それは、彼らと関わってきた……そして、配信者をしていた俺だからこそ実感できる。
……この人がそのことを考慮してないはずがない。それほど余裕がないってことなのか?
「私、ここでエイジさんに出会ったのは運命だと思うんです。誰にも頼れない時に出会って……もう貴方にしか頼めないんです」
「……それで俺が悪い人ならどうするんですか?いくら推し相手だからって簡単に信じてはいけないと思いますが……」
「もしエイジさんがそんな人だとしても大丈夫です。だって——」
「———貴方になら、私の全てをあげられますから」
ッ!な、なんだ!?一瞬背筋がゾッとしてたぞ!?
それに一瞬、栞菜さんの目が真っ黒になってて、完全に危ない人の目になっていたような……。
「それに、エイジさんがそんなことするわけありません。だって、ほんとに悪い人ならこんなこと聞かないでしょう?」
「……まぁ、それもそうですね」
頭を掻きながら彼女の言葉を受け止める。
少し危ない人かもしれないけど……困ってる人たちを見捨てられる程、俺は人間を辞めちゃいない。
それにそれで衣食住が保証されるなら、俺にとってはありがたいお話だ。
少し間を空けて考えて……結論を出したところで俺は、彼女の方へ手を差し出す。
「……分かりました。そのお仕事、ぜひ引き受けさせてください」
「ッ!はいっ!よろしくお願いします!!」
栞菜さんは俺の答えにパァッと笑顔に変えて、俺の手を取ってぶんぶんと手を上下に動かしている。す、少し痛いな……。
「では早速いきましょう!善は急げです!!」
「ち、ちょっと待ってください!まだ引越しの準備も何も出来てないんですけど!?」
「それなら大丈夫です。私が全部しておきました♪」
え、嘘っ!いつの間に…!
……まさかこの人、俺がこう答えるのを分かっていて事前にやっていたのか…‥恐ろしい。
……ん?でもなんで俺の住んでいるアパートが分かったんだ?この人に話してないよな、俺の住所。
「ではすぐに行きましょうエイジさん!」
うーん……まぁいいか。
少しだけこれからの生活を楽しみにしながら、彼女に手を引かれて向かっていったのだった。
◇
(ふふっ……やっと……やっと見つけました。私の、運命の人)
あぁ……なんて幸せなのでしょうか!
あの時、エイジさんが動画投稿を辞めると聞いて、死にたくなるような思いをしたのが嘘のようです。
(……それにしても、エイジさんを捨てたあの会社……塵にしてあげましょうか……でもそのおかげで、私はこの人と出会うことが出来たわけなのですが)
彼の方を見ると、少しあどけない笑顔をさせながら、私に身を任せて走っている姿が見えた。
それがとても、とても心地がいい…!
彼との生活で何が待っているのでしょうか?今まで億劫だった人生が楽しみで楽しみで仕方ありません……。
(……ふふっ。これからよろしくお願いしますね?私の……エイジさん♪)
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