第3話 古参の大物ゲーム実況者
「……あ、貴方があの……KANNA?」
非現実すぎるその名前に一瞬頭がおかしくなったんじゃないかとも思えたが、頬をつねってみたり、目を擦ってみたりしたが……どうやら現実のようですね。
KANNA
数年前にユーチューバー活動を始めた古株の配信者。
彼女の動画と言えば、そのゲームの腕前だ。
だっておかしいんだよ?この人、腕前だけ見ればプロ顔負けの実力を持ってるんだし、どのゲームも隠し要素含めて全クリアしたり、格闘ゲームでも無敗という化け物みたいな記録を叩き出してるのだ。
しかもその動画もテンポが良かったり、面白い雑談をしていたこともあってか、色々な人から人気を獲得しているのだ。
最近だと登録者が500万人を超えたようで、記念として一日中ゲーム配信をしており、Xでトレンドが入ったりしていた。
そんな大物が……なんで俺のところに…?
「……あ、あの?」
「ッ!す、すみません……あまりに非現実しすぎてつい…」
あははと作り笑いをしたが……やはり、頭が真っ白になってしまう。
だってあの大物の配信者だぜ?俺の会社にいた時もそんな人なんていなかったし……。
「それであの……貴方は……エイジさんですか?」
あ、そういえば俺がエイジなのかって話だったな。
うーん……ここで人違いですと答えてもいいけど、色々なリスクとか考えて彼女は自分のことを言ってくれたんだよな。
……まぁ、いいか。
「えっと……昔ユーチューバー活動で使っていた名前はエイジですけど」
「ッ!やっぱり!!」
そう言うと、彼女はパァッと表情を明るくさせてこちらに近づいて、俺の両手をぎゅっと握っていた。
その反応に俺はつい困惑してしまったり、萎縮してしまったりした。
「あのっ!私、貴方のファンなんです!」
「えっ?ふぁ、ファン??」
ファン?KANNAが?俺の?ど、どうしてそうなる?
「はいっ。貴方の動画で私、どれだけ心の支えになったことか……あっ!この動画、とても面白かったです!!」
無我夢中にまるで推しを語っているような彼女の姿に唖然としてしまったが……彼女のスマホで見せてきた動画を見て一気に顔色が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと!まさかそれって!?」
「エイジさんの動画ですよ?あ、覚えていませんか?このタイトルはですね……」
「ちょっと待ってください!見せないで!?黒歴史を俺に見せないでください!!」
「な、なんでですか!?エイジさんの動画はどれも素晴らしいものなんですよ!!ぜひ語らせてくださいっ!絶対に時間の無駄にはしませんから!!」
「そういう問題じゃないんですよ!?ちょ、ちょっと!?こっち近づかないでぇ!!」
あ〜……なんでだろうか……前までKANNAって凄い人物なんだなぁと思ってたのに……今日になって全く印象が違ってくるのは……。
そんなことを思いながら、しばらくの間KANNAと破茶滅茶したのだった。
◇
その後、彼女を落ち着かせた後、KANNAから「せっかく会った記念としてどうか今日一日一緒にいませんか?」と提案された。
今の俺はあのブラック会社から解放されて暇だったので、一日だけならということで今は彼女と街を回っていた。
「それにしてもここのコーヒーはとても美味しいですね」
「そうですね。普通のと比べると若干苦味が増していますが、それがある意味旨みを増してる気がします」
現在は喫茶店で人気のコーヒーを味わっていた。プライベートは疲労でずっと家で寝てたからこんな所があるのは知らなかった。
「私、最近まで外を出ていなかったのでこの喫茶店があるなんて知らなかったです」
「栞菜さんもですか?僕も今日初めて知りました」
「そうなんですか?ふふっ、エイジさんと同じなのは少し嬉しいですね」
「やっぱり大変なんですか?ユーチューバー活動」
「あはは……お恥ずかしい限りですが、最近まで中々時間が取れませんでしたから。編集も少し大変でしたし」
そう答える彼女の顔を見ると……少しだけ目に隈があるようにも見えた。
動画編集って楽そうで大変なんだよな。しかも彼女の場合、一日二回は投稿してることもあったり、時間が長かったりしてたのでその労力は結構消耗は大きいと思う。
「あの、エイ……祐介さん」
「……俺のこと、無理して祐介って呼ばなくていいですよ?」
「ご、ごめんなさい。何故かエイジさんって呼びたくて…」
まぁそれもそうか。どうやら彼女、熱狂的なファンだったらしくて、俺が配信をやめたと分かった時は三日三晩泣いたというのだ。
今でも俺の動画を見てくれたりしていたとのことだ。ありがたいと思うのと同時に少し苦笑してしまう。
「それでエイジさんは今、どんな仕事をされているのですか?」
「あー……」
少しだけ……いや大分歯切れが悪くなってしまう。
そんな俺の様子に不思議に思ったのか、彼女は可愛らしく首を傾げている。
「えっと……実は今日、会社にクビと宣告されて……現在、無職です……はは」
「えっ?」
あー……大の大人が情けない。出来るだけ深刻そうにしないように笑ってみたが……残業があったとはいえ、やっぱり誇りを持って仕事をしてたから、ショックは大きかった。
「……じゃあ……今は、何も職はされてないのですか?」
「お恥ずかしい限りでございます……」
うぅ……こうして他人から言われると心のダメージが大きくなる。
あれでも頑張ったんだけどなぁ……やばい、思い出していると急に涙が……。
「じゃ、じゃあエイジさんは今何もされてないのですね!?」
「えっ……そう、言ってるんですけど……どうしましたか?」
彼女の反応がおかしい。だって普通、こういう時ってしんみりとした空気になるはずなのに……彼女の方を見ると何故か嬉しそうにしてるのが目に入った。
あれ?君って俺のファンだったんだよね?どうしてそこで嬉しそうにするの?ほんとに泣いちゃうよ俺?
そんなことを考えてると、彼女は顔を下に向けて、指を顎に添えながら何かぶつぶつと呟いていた。
う、うーん……栞菜さんの行動が分からない。
彼女の不可解な様子を目にしながら、今も残っているコーヒーをもう一口に入れる。
「……あのっ!!」
ごふっ!?
な、なんだ?最初に会った時よりもデカい声で話されて少しびっくりしてしまった。
なんとか吐き出そうとしていたコーヒーを飲み込んで、頬を染めている彼女の方を見た。
「な、なんですか……?」
「そ、その……もしエイジさんがよろしければ……」
そして、彼女はまたまた呆気に取られそうな驚愕の発言を言い放った。
「……わ、私のところで住み込みで働いてみませんか!!!」
「……………………え?」
その発言に、俺は何も答えることが出来なかった。
住み込みってことは……同棲ってこと?
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