吾妻京太郎のぬいぐるみラブコメ

濵 嘉秋

第1話 ぬいぐるみってアンティーク

 突然だが、俺・吾妻京太郎の趣味は中古屋巡りだ。

 あるきっかけで掘り出し物を見つける楽しさに魅入られた俺は、たまにこうして遠出してまで中古屋を巡っている。

 

「とは言っても、買うことも少ないんだよな」


 今日来たのは最寄り駅から電車を2回ほど乗り換えた駅からバスで20分くらいの場所にあるアンティーク屋だ。

 田舎のコンビニくらいの広さで、古本が主。古着なんかは全く見当たらず、店の端っこに半世紀ほど前の人形やファミコンのゲームソフトが埃を被っていた。

 めぼしい物もなく、もう出ようと思って入り口のほうを向くとそこで気づいた。

 入口の近くに設置された台の上に置かれたぬいぐるみ。何かのアニメのキャラクターだろうか、長く青い髪をした女の子のぬいぐるみだ。

 入ったときに気づかなかったのは灯台下暗しというものだろうか。

 とはいえぬいぐるみだ。見たところ結構汚れているし、何よりぬいぐるみはあまり中古じゃ買いたくない。

 

「……」



 本来なら素通りして退店するはずだ。

 だが俺は、何故かそのぬいぐるみを手に取っていた。何のアニメかも分からない、一切の見覚えもなく何の思い入れもないような物なのに無性に気になってしまった。





「買っちゃったよ」


 家に帰ってきてリュックの中から件のぬいぐるみを取り出してテーブルに置く。

 店主曰く「あるのも忘れていた」とのことでなんと100円で売ってくれた。まぁ相場も分からないからコレが高いのか安いのかの判断も付かないのだが。

 しかしあんな目につく場所に置かれていたのに忘れていたってのも気になる。


「しかしホントに汚れてるな」


 せっかく買ったんだし部屋に飾っておきたい。

 そのためには出来るだけ清潔にしておかないとと、スマホで「ぬいぐるみ 洗い方」と調べてみる。

 以外にも方法は結構多く、面倒だが今ある物でも実行できる。しかし現時刻21時過ぎ…今からってのは気力がない。

 というわけで、明日にしようとぬいぐるみをテーブルに放置したままでその日は眠ってしまった。





 


 目が覚めたのは真っ暗な部屋だった。

 恐らく十数年ぶりに覚醒した意識に合わせて、体も変化していく。


「うぅん…やっぱり結構汚れちゃってるなぁ」


 そんなことを思わず口にしてしまうほどに今の自分の状況は酷い物だった。わんぱく少年でもここまで汚れないだろうに。


「使い方は何となく分かるし…お邪魔しますか!」

 

 汚れた身体を清めるには…やっぱりシャワーだ。





 遠くで聞こえていた電子音が段々と近くなってきた。

 その音を発しているスマホの画面を人差し指で叩いてから上半身を上げる。

 体がベタベタする…そういえば昨日は帰ってきてからそのまま寝たんだった。この時期は夜でも蒸し暑く、最初から汗をかいた状態で寝たんだからそりゃあ気持ち悪い。

 シャワー…いや、この際近くの銭湯にでも行こうかと寝室を出てリビングを抜け、脱衣所の棚から必要なものを持っていく。

 その時、不意に横を向いた。視線の先は風呂場だ。


「え?」


 濡れていた。

 最後に使ったのは一昨日の夜だ。その時の水分がまだ残っているなんてはずはない。

 それにバスタオル…湿っているのだ。

 まさか誰かが入った?シャワーを浴びたか湯船に浸かったか…少なくとも誰かがシャワーを使ったのは確かだ。

 そのことを実感した瞬間、背筋が凍りつくようなゾワッとした感覚が襲ってくる。

 昨日、確かに戸締りはしていた。玄関や窓、ベランダなんかの鍵は絶対に絞めていた。

 リビングに戻って通帳等が仕舞っておる棚を確認するが異常はない。次いで部屋中を見てみるがやはり異常はない。

 この場合、最悪なのはまだその誰かが家の何処かにいることだったのだが、どうやらそれはないらしい。

 とりあえず息をついて、リビングのソファに腰掛ける。もう銭湯に行く気にはならなかった。


「…そういえば」


 テーブルに置かれたぬいぐるみを手に取って、違和感を抱く。だがその正体はすぐわかった。


「なんだ…?」


 昨日までは汚れていたのに、今では汚れ一つない。新品同然の状態だ。そしてもう一つ。


「服が」


 変わっている。

 昨日は白いシャツに水色の上着というデザインだったのが、今は黒いTシャツ一枚。

 意味が分からない。

 昨日、勝手にシャワーを使った何者かはあの汚れたぬいぐるみを持っていったのだろうか?そしてこのぬいぐるみを置いていったと?

 何のために?もしかしてあのぬいぐるみに何かあったのだろうか。


「まさかね」


 なんて考えはすぐに捨てた。

 あのぬいぐるみに何かあるなんて思えない。そんなフィクションみたいな展開があるはずない。

 

「…?」


 スマホが震えた。

 画面を見てみると今年の春に入学してきた後輩からのメッセージが入っていた。


『今日の最高気温30度ですって!そこでなんですけどプールに行きませんか?』


 その後輩、名を朝日霊夏あさひれいかと言うのだが、彼女とは以前に会ったことがあった。

 まだ小学生の頃、親に通わされていた水泳教室で一緒だったのだ。まぁ俺はそのことをすっかり忘れていたのだが。

 それが高校で再会して以来、事あるごとに水泳に誘ってくる。

 メッセージに既読が付いたのに一向に返信がないことに業を煮やしたのか、ついに着信が入ってきた。応答してみると、向こうからは不満そうな声が聞こえてきた。


『せんぱーい。オジサンじゃないんですから返信くらいチャチャッと返してくださいよー』


「世の中、遊びの誘いを脊髄反射でOKするやつばかりじゃないんだよ」


『む、迷ってるんですか?私からの誘いを?』


 確かに。

 霊夏は美少女と断言していい容姿をしている。そんな彼女からの誘いなら二つ返事でOKを出すのも不思議ではないだろう。プールなら尚更だ。

 かくいう俺も、通常ならこの電話内で了承していたかもしれない。だが今は状況が状況だ。呑気にプールで遊んでいる場合じゃない。


「悪い。ちょっと忙しくて」


『忙しいって…何してるんです?』


「全部終わったら教えてやるよ」


『はぁ?今教えてくださ』


 何か言ってるが通話を終了する。

 ……きっと明日にはこの誘いを断ったことを若干後悔してるんだろうな。いつもそうだし。

 さて、霊夏と電話している間に家中を回って侵入できそうなところを確認したがそれらしい痕跡はない。


「……」


 微かな可能性にかけてある人物に電話を掛けるが、忙しいのか出る気配はない。

 まぁあの人だとしてもおかしな話にはなるのだが。


「やっぱり警察かなぁ」


 しかしどうだろう。

 特に荒らされたわけでもなく、何か盗まれたわけでもない。異変と言っても風呂場の濡れとぬいぐるみの変化だけだ。真面に取り合ってくれる気がしない。


「しっかしこのTシャツ、何処かで見た気がするんだよなぁ」


 やっぱり見たことあるアニメのキャラクターなのか?

 そこでぬいぐるみをグルリと見渡してみると、あることに気づいた。

  

 コレ、俺が着てたヤツだ。

 

 背中にプリントされた兎がサーフィンしているイラストにはすごく見覚えがある。

 以前、一目惚れして買ったがすぐに冷めたやつだ。だが前は普通に黒の無地なのでコレの上に何か羽織って使用していたのだ。

 だが余計に分からない。なんで見覚えのある服をこのぬいぐるみが?


 一瞬、あり得ない可能性が浮かんで思わず脱衣所に向かう。

 アレは一昨日着ていたはずだ。ならばまだカゴの中にあるはず。だと思って探してみるが見当たらない。ここに放り込んだ記憶はある。なのにない。

 俺の脳内にはぬいぐるみが服を脱いでシャワーを浴びて、カゴの中にあったシャツを着ているなんて馬鹿みたいなイメージが浮かんでいる。

 いや、そう仮定すると恐ろしい侵入者の正体はこのぬいぐるみということになって事態のジャンルはヒトコワからシンプルな心霊に移るんじゃないか?ある意味では気が楽になる。

 

「もしかしてお前か?昨日シャワー使ったの」


「よく分かったね」

 

 冗談めかしてぬいぐるみに語り掛けただけだった。

 返事が返ってくるなんて思ってなかった。

 だけどその柔らかい女性の声は横に置いてあったぬいぐるみから発せられていて、次の瞬間には俺の隣に青い長髪の美人さんが正座していた。 

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吾妻京太郎のぬいぐるみラブコメ 濵 嘉秋 @sawage014869

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