第29話 箱と人形


 夢を見ていた気がする。

 幼い頃の私と大事にしていたぬいぐるみの夢。


 夢はそのぬいぐるみを親にねだって買ってもらうところから始まった。

 私はそのぬいぐるみをとても大事に扱っていた。どこに行く時も一緒だった。


 そんなある日、外出先にぬいぐるみを忘れてしまった。

 私はとても悲しみ、すぐにぬいぐるみを取りに行った。


 その日以来、私はぬいぐるみを家から持ち出さなくなった。

 そして、そのぬいぐるみを鍵のついた箱の中にしまった。


 ◆


 深雪みゆきは万が一にお金が必要だった時の為に対策を用意していた。

 月に一度、行われている宝くじだ。大体、過去の宝くじの当選番号はインターネットで探せば出てくる。

 そして、六桁の数字を記憶していた。


 深雪が選んだ宝くじは、番号が決まっているものではなく、自分で好きな数字を選ぶもの。深雪はこれで、確実に大金が手に入ると思っていた。

 一等の当選金額は約二億円。高校生どころか大人でもこんな大金を持っている者は少ないだろう。


 深雪は宝くじを買い、記憶していた数字を書き込む。

 873714


 ◆


 宝くじの結果は一等。約二億円という大金が深雪のものとなった。

 しかし、換金に行くには未成年の場合、保護者の同伴である必要がある。


 深雪は別に隠す必要もなく、はなから両親にも分けるつもりだったので、両親に素直に当選したことを打ち明けた。

 換金したお金は二億を三人で割って、あまりは当選させた深雪のものとなり、おおよそ八千万円が自由に使えるお金となった。


 深雪は、軍資金を手に入れて、両親に一人暮らしをしたいと話した。

 本来、高校生で一人暮らしとなると、金銭的な問題が出てくる。しかし、今の深雪およびあおいには、宝くじで当てたお金があった。

 また、深雪は未成年であり、一人では家を借りることは出来ない。

 深雪は両親との相談の結果、市外でなければという条件と、月に一度は顔を見せるという条件で一人暮らしのアパートを勝ち取った。


 深雪の借りたのは、今の家と学校の中間くらいの場所にある、アパートだ。

 八畳ほどの広さでお風呂とトイレは別で、クローゼットもついている。深雪は実家から必要最低限の衣類と家具を持ってきて、足りないものは買い揃えた。

 勉強机にテーブル、カーペット、ベッド、カーテン、テレビ、日用品…。

 もぬけの殻だった部屋が深雪の部屋へと変わっていった。


 ◆


 ある日、深雪は優斗ゆうとを家に招待した。


「ここが蒼の家?良いなぁ一人暮らし」

「良いでしょ。いつでも遊びにきていいからね」


 深雪はうまく自分を演じていた。その演技は優斗も気付けないほどに。


「部屋綺麗だね」

「一人だけだと少し寂しいけど、色々自由だよ」


 深雪は寂しいなんて感じていない。それどころか喜びも楽しさも嬉しさも感じていない。深雪に残っているのは、激しい怒りと深い深い嫉妬だけだった。


「飲み物持ってくるから、そこに座ってて」

「気を使わなくても良いのに」

「そんなこと言って、自分だっていつも飲み物出してくれるじゃん」

「そんなことあったっけ?」

「こっちの話」


 たまに、深雪の頭がバグって繰り返した過去のことを口走ってしまう。

 この時は、テスト勉強をしていた頃のことと混同していた。


 深雪は台所に行き、戸棚からコップを二つ取り出す。次に冷蔵庫からお茶を取り出して注ぐ。同じくらいの高さまで注ぐとお茶を冷蔵庫に戻した。

 そして、ポッケから小さな袋を取り出す。袋を開け、中に入っていた粉を一つのコップに入れる。軽く指で混ぜると両手にコップを持ち優斗の待つ部屋に戻った。


「お待たせ。お茶でよかった?」

「大丈夫だよ、ありがとう」


 深雪は先ほど粉を入れた方を優斗に差し出した。

 優斗は何も警戒せずにそれを口に含む。


「このお茶、なんか味が違うね」

「そう?家によってパックとか違うからじゃない?」

「そうかな?でもなんか変な、味が…」

「大丈夫、霧江きりえ?」


 優斗はドサっと床に倒れた。幸いなことにカーペットのお陰で特にダメージはなかった。


 深雪は、笑った。不適な笑みで。

 それまで忘れていた、喜びという感情を再び取り戻したみたいに。

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