それは、最初……誰にも気付かれなかった。

 しかし、見えはしないが何か大きな気配を複数の人間が感じていた。

 セイガもまたその一人で、殺気とは少し違う、大きな物体の気配を必死で探していたのだが…分からなかった。

「くそっ、何か来たぞ!?」

 会場を見下ろせる位置にいたハリュウが全員に警告を送る。

 手には愛用の狙撃銃、実弾タイプだが魔法や超科学も盛り込んだ最新型だ。

 各種センサー類は軽微な振動波を検知しているが、対象が広くて位置を特定できない。

 まるで、この会場の上空全体が息をしているような、そんな悪寒…

 続いて、明らかな変化が起きた。

 ステージの上手かみて側、セスとメイの間の誰もいなかった筈の場所に…それはいた。

 銀色の軍用スーツ、悪意を振りまくマスク越しの視線……

 間違いない、あの時の男だ。

 やはり生きていたのだ。

『……』

 男は無言でレイミアの方へ手を伸ばす。

 セイガは出るタイミングを計っている、アレは手品のような物では無い、明らかに男は上空の何処かから瞬間移動してきた。

 下手に動くと取り逃がしてしまう。

 だが、その前にアオイが動いていた。

「止まりなさい!レイミアから離れて!」

 アオイはステージの中央、レイミアを庇うように男の前に立った。

 セスの方は男の只ならぬ雰囲気を察してゆっくりと下手しもて方向へと後ずさる。

 今、男を遮るのはアオイただ一人だった。

『……』

 男は相変わらず無言のまま、ゆっくりとレイミアに近付く。

「アオイちゃん!」

「レイミアは私が絶対に守る!」

 両手を広げて、アオイが威嚇する。

 レイミアもまた、下手に動くと男を刺激しかねないので動けなかった。

『つまんねぇ……』

「……は?」

『だったら死んじまえよ!!』

 言葉と共に、青い炎の塊がアオイへと投げ掛けられた。

 まともに受けたら、命はない。

「……!」

 悲鳴が上がる。

「消えろ!!」

 炎がアオイに届くその瞬間、アオイを横から抱えたセイガが下から日本刀、狼牙を跳ね上げ、その勢いを相殺した。

「…大丈夫ですか?」

「は、はい…ありがとうございます」

 アオイは腰が抜けてしまったのだろう、身を沈めセイガに凭れ掛る。

『またお前か、屑が!』

 怒る男の声がセイガに浴びせられる、セイガは左腕でアオイを抱え、右手で狼牙を構えたまま、男を睨んだ。

「俺も、今度こそ絶対に守るって…決めたんだ」

 その声は、きっとアオイだけが聞こえただろう、そんな小さな言葉。

 しかし、セイガにとっては大切な決意だ。

 かつて、救うことができなかった、あの光景は二度と……

 刹那、男がステージ奥へと吹っ飛んだ。

 大きな銃声、ハリュウの射撃は正確に男の頭部を撃ち抜いていた。

 再び悲鳴が上がる。

 男は1mほど後方へ飛んだが、両足を広げどうにか立っている。

 立っていられるのはスーツの機能だろう、頭部は一部破棄されているが身動ぎもせず生死は分からない。

 無力化するならば次は足……ハリュウが次の照準を合わせた。

『レイミアぁぁぁ!』

 その瞬間、男はレイミアの背後に出現、その両手でレイミアを抱き締めると脚部のジェット噴射で上空へと飛行した。

「くそっ!」

 あそこまで密着されると流石のハリュウでも狙撃は不可能だ。

『レイミアさんっ!』

 男の向かう先、そこにはステルス機能を解いた、巨大な円盤形の兵器があった。

 その大きさは会場を包むほど、先程の気配はこの兵器のものだったのだ。

「行こう!」

 ユメカが叫んで、メイもその場に集まる。

 セイガはゆっくりと抱えていたアオイを床へと降ろす。

「アオイさん」

「……はい」

「信じてください、必ずレイミアさんは取り戻しますから」

 照れて、真っ赤になっていたアオイが、こくんと頷く。

 セイガはそれを確かめると、ユメカの下へ走る。

 それと同時に3人を包むようにシャボンの球体が現れ、それはふわふわと上空へと揺れながら男を追いかける。

 それはユメカがとっさに作った皆を運べるアイテムだった。

「おねがい……」

 巨大な兵器へと向かうシャボン玉をアオイは見上げている。

 それはまるですぐに壊れてしまいそうな光景、だけれどもセイガの言葉を信じよう、そうアオイは思った。



 円盤の上側中央、ハッチにあたる部分に男は立っている。

『やはりここまで来るか、お前達』

 左腕でレイミアを抱き締めながら、忌々し気に男は吐き捨てた。

 ハリュウの攻撃はある程度は効いていたようで、スーツの外装は一部剝がれ、素顔の一部が晒されている。

 見た目は20代ほどのまだ若そうな姿、その目は怒りと喜びで赤く燃えている。

「レイミアさんを放せ!」

『断る!誰がこの柔らかくかぐわしいレイミアを手放せるものかっ』

 男が左腕に力を込めると、意識を失っていたレイミアが呻き、覚醒した。

「…う……あっ」

 状況を悟って、恐る恐る視線を男へと向ける、そして驚いた。

「あなたは……ジェイスさん?」

「え?レイミアさん……その男のコト、知ってるの?」

 ユメカ達も驚きながらジェイスと呼ばれた男を見つめる。

 やや鋭い目つき、どちらかと言えば童顔だが顎には無精ひげが残っている。

 そう目立つ風貌ではないが、昏い何かを秘めた雰囲気を醸し出していた。

「はい……いつもライブやイベントに来てくれて、……少し強引な所もあるけれど、とても熱心で優しいファンの方です」

 レイミアの澄んだ瞳を見るに、本当にそうだったのだろう。

 しかしそれでは何故今回、こんなことになってしまったのか。

 セイガにはそれが分からなかった。

「それならば、どうしてこんな暴挙を……」

「低能が、分からないのか?」

 ジェイスはくつくつとほくそ笑みながらセイガ達を見下す。

「この俺がプレミアムライブに行けなかったからだよ!!」

 その言葉に困惑するレイミアを抱きかかえながらジェイスは一気にその鬱屈した想いを吐露した。

「おかしいだろ?俺がレイミアの一番のファンだというのにあのライブに当選しないなんて、絶対に在り得ない。しかも誰もチケットを放出しないし…こんなの間違ってる……そうさ、間違ってたんだよ」

 レイミアを抱える腕が震えている。

「このライブに来れた奴も、あまつさえ俺以外で特賞なんて当てて俺のレイミアに近付いた奴も間違ってる……俺だけがレイミアを愛している、だからレイミアは俺だけのために歌っていればいいんだ!!」

「そんな…そんなことのためにお前はレイミアさんを攫おうとしたのか?」

 セイガは愕然とした。

 セイガの中には今まで無い動機だったからだ。

「ふざけるな!俺にとっては重大な問題なんだ、そもそもお前、特賞取った奴だろ……お前を殺すためにあの時間を狙ったんだ、まさかそこまで戦闘力の高い奴だとは思ってなくて失敗したがな」

「じゃあ、最初からあのタイミングで襲撃するつもりだったの?」

 ユメカも怒っていた、それは

「そうさ、俺以外にレイミアに触れられるファンなんて、いちゃいけないんだ」

 ジェイスのあまりの物言いが許せなかったからだ。

「そんなの間違ってる……」

「何だと?」

「想いの届け方は人次第だし、正しいファンとか、間違ってるとか……そんな話は意味が無くて、ファンひとりひとりが一番自分に合った方法を取ればいいと思う」

 ふと、悲し気にジェイスを見る。

「でもね、前提として……自分のコトと同じか、それ以上に推しのコトを思い、慕うのがファンでしょ?自分のエゴでレイミアさんを傷つけるなんて、そんなの私は絶対に許さない!!」

 ユメカの叫び、レイミアはとても嬉しかった。

 それと同時にジェイスの行動原理も分かった気がした。

「俺が、レイミアを傷つけている……だと?」

 ジェイスは本当に気付いていなかったのだ、自分の行動がレイミアを害している筈がないと、ずっと思っていたから

「嘘だ、そんなはずは……」

「ジェイスさん」

 レイミアが、ジェイスを見上げながらそっと囁く。

「ありがとう、ジェイスさん…あなたはきっと、わたしが思っている以上にわたしのコトを大事に想ってくれていたのですよね?」

 優しい声、レイミアにとってファンという存在はとても大切で、かけがえのないもので、そして大きな誇りだった。

「勿論だ」

 はじめて、ジェイスが笑った、とてもぎこちなく、崩れた表情

「でも、わたしはあなたの想いに今は応えられません、離してください」

 ハッキリと、レイミアは言い放つ。

 拒絶の言葉、ジェイスが傷つくと分かっていたが、この場を収めるためにレイミアは断言したのだ。

「わたし達は、歌うためにここに来たのです、もしわたしのコトを大事に想ってくれるのならば早く……降参してください」

 涙がひとつ、レイミアの瞳から落ちる。

「お……おおおおお、おっ」

 ジェイスの慟哭

「ダメだ! 俺が、レイミアは俺のモノだ!!」

 混乱している、ハリュウにとっては好機だ。

 密かにレイミア達の背後に回っていたハリュウが照準をジェイスに合わせる。

 しかし、引き金を引く前にジェイス達の姿は消えていた。

「なにいっ!?瞬間移動だと?」

 ジェイスはレイミアを抱えたまま、円盤の縁、セイガ達に背中を向けないように立ち塞がっている。

「やはりその力……プラネットユニシスの人間ではないな?」

 一瞬だが、『真価』と同じ力をセイガは感じていた。

 この世界の科学力ではない何か、それをジェイスは使っている。

「誰が正直に答えるかよ、お前達は邪魔だ、さっさと消えろ……でないと殺すぞ」

 ジェイスは用心深くセイガ達を見据えると、円盤兵器をアクティブにする。

 円盤の各所から様々な兵装が現れ、セイガ達を捉える。

 その時、真下の会場から大歓声が上がった。



『さあ、「悪欲のラティオーン」がレイミアさんを捕えながらソレイユたちを追い詰めようとしてるぞっ、どうする、ソレイユ!』

 イベント会場では、セスがマイクをセイガ達に向けながら進行を続けていた。

 どうやら、このアクシデントを演出のひとつとしてごまかすことに成功したようだった。

「これでひとまず…大混乱は防げそう……か」

 警察機構が介入したり、観客がパニックを起こしたりすれば、ジェイスもどんな手に出るか分からない。

 アオイを通じて、イベント主催者側がうまくやってくれたのだ。

「それじゃあ、手筈通り行こう!」

 セイガが収納具からソレイユの衣装を取り出す、それは白い全身鎧(のレプリカ)だ。

「ああ、行こうぜソレイユ!」

 ハリュウとメイも、それぞれエクレールとアンジュのコスチュームに変化する。

 その模様は空撮用のカメラを通して、イベント会場にも伝えられた。

「ふふふ、みんながんばれ~~♪」

 ひとりだけ、青い歌の衣装のままのユメカが手を振ると同時に周囲の兵器がセイガ達に向けて発砲を始めた。

「うわっ…危ないなぁ!」

 メイが躱しながら目の前に天使のような姿の幻影を生み出す、それは光を放つと敵の攻撃を防いだ。

 前もって各キャラの攻撃方法についてはレクチャーがあったので、メイもまたそれを踏まえて攻撃をしていたのだ。

(ボクの役ってこの物語のヒロイン、なんだよね……)

 ソレイユ(セイガ)の幼馴染にして恋人役のヒロイン、それがアンジュ(メイ)の立ち位置だ。

 それが何となく嬉しくて、ついにやけてしまう。

 ちなみに、天使の立体映像の中にはマキさんが潜んでいる、それで天使からも御業が使えたのだった。

「ありがとう!アンジュ」

 セイガの微笑み、まっすぐ向けられたその眩しさにメイはうっとりする。

「さあ、オレ達で早く倒してしまおう!」

 ハリュウは得意の槍、ではなく長剣をジェイスに向けた。



『さあさあ! 囚われのレイミアさんを救うため

 ソレイユ達の戦いが始まりますよ~~!』

 セスの実況に合わせて、セイガ達がジェイスを囲むように動く。

 ここまで来たら、全力を出すしかないが…まずはレイミアをジェイスから引き剥がすのが先決だった。

「……ソレイユ・レイナルド、参る!」

 最初にセイガがジェイス目掛けて疾走する。

 鎧はレプリカなので見た目に反してとても軽く、防御力は期待できないが、動きを制限するようなものでは無かった。

「俺のレイミアを渡すもんか!」

 ジェイスが右手を突き出すと、周囲の兵器群がセイガをロックオンして、一斉に攻撃を開始する。

「セイガっ……じゃなかった、ソレイユっ先に行け!」

 セイガ自身の剣閃と、背後から庇うように幾つもの光弾を放つハリュウのサポートでそれらを防ぎ、セイガは一気にジェイスの眼前へ

「俺の剣が、お前の悪欲を断つ!」

 セイガの前に『剣』の『真価』が浮かぶ、この間合いならジェイスよりも速く

 そして確実に決められる!

「ファスネイトスラッシュ!!」

 セイガの鮮やかな剣撃、それがジェイスの肩口を捉え、切断はされずともその衝撃でジェイスはレイミアを放してしまう。

「レイミアさん!」

 その隙にセイガは一旦狼牙をしまい、宙に舞うレイミアを両手で抱える。

 地上からは歓声が上がった。

「大丈夫ですか?」

「はい……セイガさん達が助けてくれるって、信じてました」

 とても怖かっただろうに、レイミアは可憐に微笑む。

 これで大丈夫、セイガがそう思った瞬間、目の前のレイミアの姿が消えた。

「なっ!?」

 なんと、レイミアは再びジェイスの手の中に戻っていたのだ。

「ははははは、俺とレイミアの絆を思い知ったか」

 レイミアの感触が無くなる寸前、前方のジェイスの左手が光ったようにセイガには見えた。

 おそらくそれもジェイスの力……どんな手を使うのか、油断ならない。

「もう一度だ、必ずレイミアさんを救う手立てはある筈だからな」

 ハリュウがセイガの隣でから軽く肩を叩く、ユメカも後方で思案している。

 再びセイガは気合を入れ直した。

「死ね!」

 そのセイガに向けて、ビームの照準が合わさる。

「天使様、お願い!」

 ビームが放たれる直前、セイガの前にメイが呼び出した白い翼を持つ天使が降り立ち、赤いビームを一瞬で上空へと反射させた。

『大いなる天使の御業を思い知ったか!』

「ああっ、天使様は女の子だよ、マキさん!」

 そう、天使は見目麗しい少女の顔つきだ。

『あら、失礼しましたわ?おほほ』

 天使の立体映像の中にいるマキさんが苦笑いしながら取り繕う。

「まったくもう……ふたりとも、ボクが道を作るから…レイミアさんをお願い!」

 そのまま詠唱を始めるメイに合わせて、ふたりがジェイスを目指す。

 しかし、その前には幾重もの防壁と砲台が出現した。

「やらせないよ! みんなの幸せの種を育てるために、ボクは花咲くんだ!」

 メイの目の前に『花』の『真価』が浮かび、そして詠唱が完成する。

「キルシュブルートゥン ブルーメ ツェーンタウザント ドナっ!!」

 セイガとハリュウを守るように、稲妻が周囲を駆逐する。

 破壊されたミサイルや防壁の跡には、桜色の花弁が舞い降りた。


『これは……なんて綺麗な技なのでしょうか

 可憐なアンジュに相応しい技ですね♪』

 セスの説明にとなりのカントクも頷く、どうやら新しい構想を得たようだ。

「桜花万雷だよ~…えへへ、やったね♪」

 そんな中、セイガとハリュウがジェイスの前に躍り出る。

 ジェイスはセイガを脅威と見たのか、先にセイガに向けて火炎を放射すると、そのまま床をせり上げて退避しようとした。

「くっ」

 セイガは足止めされるが、ハリュウはその勢いのまま、垂直にせり上がる壁を登り、裂帛の気合を込めながら剣を構え……

「この空でオレに勝とうなんて、覚悟は出来てるんだろうな?」

 一気にレイミア達のいる空まで飛び上がった。

 それと同時に『空』の『真価』がハリュウの体を包む。

「ここだ!」

 ハリュウの剣がジェイスの脛の部分、その両足を切り裂いた。

 バランスを崩したジェイスはレイミアを支えたまま、円盤兵器の床面へと落下する。

 このままではレイミアの身にも危険が…

 しかし、それはユメカの望むものでは無かった。

「私の……ううん、此処にいるみんなの夢、レイミアさんを放せぇ!」

 ユメカが両手を伸ばすと、その前方に巨大なマジックハンドのような形状のものが生まれ、それがするすると伸びると見事にレイミアを掴み、ユメカの下へと引き戻したのだ。

 ジェイスだけが床へと激突、その戦闘スーツは殆ど壊れてしまった。

 這い出すようにジェイスがスーツを脱ぎながら立ち上がる。

 スーツを着ていた時は2m以上の体格だったが、どうやらそれはかさましをしていたようで、実際のジェイスの姿は身長150cmほど、だいぶ小柄でずんぐりむっくりとしたものだった。

「糞っ……戻ってこいレイミア!」

 露わになったジェイスの左手が光る、しかし今度はレイミアは戻ってこなかった。

「ふふ、やっぱり…あなたのそれは『真価』なんだ、だったら私の勝ちね♪」

 レイミアはまだ、ふわっとだがユメカのマジックハンドに掴まれている。

 ユメカのレイミアを守る『真価』と、ジェイスの奪おうとする『真価』、要素の似たその両方が競合した時、『真価』に於いてはより強力な力、『世界構成力』というがそれが高い方が勝つ。

 だからジェイスの技が効かなかったのだ。

「ユメカ、きみはレイミアさんを連れて下へ戻るんだ」

「でも…」

「大丈夫だよ♪ こんなやつ、ボクたちだけでこてんぱんにしちゃうんだからね」

「…」

 ユメカがレイミアを見つめる、そこにはまだやり残したことがある、そう語るレイミアの晴れた表情があった。

「うふふ、そうだね…今の私は『コトコ』だもんね、みんなお願い……頑張って必ず勝ってね♪」

 ユメカはそう言うと再び大きなシャボン玉を呼び出すと、ふわふわと浮かび地上の会場へと降りて行った。


『遂に!

 悪欲のラティオーンからレイミアさんが解放され

 ふたりがこのステージに戻ってきます!』

 それはイベントも佳境に入ったということだった。

 このまま、大きな被害も出さずにジェイスを止めなければ、

 そうセイガが考えていた時、額窓からレイチェルの声がした。

『セイガ君、ジェイスの情報が少しだけ分かったわ!彼はやはりワールドの人間、プラネットユニシスに移住している移世者で『真価』を持っているわ、しかもその経験値は相当高くて危険よ…気を付けて』

 それと同時にセイガ達4人の額窓にジェイスの情報が表示される。

『残念ながら「ジェイス」という名前も偽名だし、そこまで詳しい情報は調べられなかったのだけれど…』

 ジェイスがワールドの人間であること、その『真価』が『永』であること、それが分かっただけでも充分だった。

「ふん、誰が本名で活動するかよ……それに、この俺の『真価』はお前達なんかとは桁違いに強いんだよ」

 ジェイスが右腕を振るうとその手にはハルバード、斧と長槍を組み合わせた武器が握られていた。

「そうか、お前はドワーフなんだな」

 ハリュウが気付いた、ドワーフは一般的に人間よりは背が小さく、頑強な種族であり、勇猛な戦士や堅実な鍛冶屋などが多い。

 見た目はそれほど人間との違いが無いのでプラネットユニシスでも少し背の低い人として生活できたのだろう。

「俺の力にひれ伏すがいいさ!」

 ジェイスの頭上に『永』の字が浮かぶ、ジェイスはハルバードを振り翳すと同時にセイガ達の視界から消えた。

「瞬間移動か!?」

 ハリュウの警告、3人は急いでジェイスの姿を追う…

「おせえよ!」

 ジェイスはメイの真横にいた、咄嗟にメイも掛けていた弓で体を守るが、大きな横薙ぎの攻撃を受けて円盤の端まで飛ばされてしまう。

『メイ殿!』

「おっと、お前もいたっけなぁ?」

 マキさんがメイに近寄ろうとするが、その前にジェイスの強烈な突きで立体映像ごと貫かれてしまった。

「この野郎!」

 ようやく間合いに入ったハリュウが剣で攻撃するが、それも容易く受け止められてしまう。

「何!?」

 ハリュウの刃には熱量、『空』の力が込められていた。

 しかしそれはジェイスのハルバードに当たる前に消えてしまっていた。

 その違和感にハリュウが驚くが、その隙を逃すジェイスでは無かった。

「死ねよ!『危険領域ダンゲロース』!!」

 振り上げたハルバードから強力な爆発が生じ、ハリュウもまた大空へと吹き飛ばされたのだった。

「誰が空で勝つだって?笑わせるなよな」

 一瞬の攻防、ジェイスはとんでもなく強かった。

「この俺が戦闘用スーツや兵器に頼るばかりの男だと思っていたのか?残念、『真価』を使った方が本気……今までは手を抜いていたんだよ」

 高らかに笑うジェイス、相当気分がいいのか技の説明を始めた。

「知っているか?永字八法と言ってな、『永』という文字はそれだけで8種の技法が全て入っている最高のものなんだよ、それに合わせて俺の『真価』は『全て』であり『ずっと』でもある……これこそ最強の『真価』だということさ!」

 『真価』はその文字から生じる効果を使うことができる、どのように捉え、どういう風に高めていくかは人それぞれだが、ジェイスのいう通り、『永』という文字はとても汎用性が高いのだろう、ジェイスの能力の幅をみるにそれは確かだった。

「瞬間移動に爆発攻撃…」

「他にも相手の攻撃を吸収する技も持っているぜ、アイツ」

 どうにか戻って来たハリュウが付け加える。

「厄介な相手……だな」

「こちらの攻撃が効かないのは面倒だが、似たような技の使えるセイガならどう考える?」

 セイガとハリュウ、並び立ちながら思案する。

「そうだな、ああいう技は使うタイミングがシビアな場合が多いな、それに必ずしも全ての攻撃が吸収できるとは思えない」

 セイガの言う通り、何でも吸収できるのならそれだけでいいはずなのだ。

「レイミアさんを手にした技も、ユメカさんの『世界構成力』で打ち消せたからおそらく一部の攻撃なら当たりそうだな」

 セイガ達にも幾つか、それに該当する技がある。

「会議はもういいか?俺の対策なんて……お前達じゃあどうしようもないがな!」

 そう言い放つと、ジェイスがセイガ達の眼前まで一気に来た。



 その頃、ようやくユメカ達はステージまで戻ってきていた。

 温かい拍手と歓声がふたりを迎え入れる。


「やあやあ

 おかえりなさい、レイミアさん、コトコさん♪

 無事で良かったですよ~

 それにしても敵は随分と強いようですねぇ?」

 セスの言葉の言外には(アレ本当に倒せそうですか?)という不安も入っていた。

 レイミアは会場へ向けて、大きく微笑んだ。


「大丈夫です

 わたし達が信じて応援すれば

 きっと彼等は勝ってくれます!」

 観客の大半はこの一連の流れも演出だと思っているので、レイミアを肯定するように一層大きな声をあげている。

 そんな中、レイミアがこそりとユメカにだけ聞こえるよう、耳打ちをする。

(どちらが、この歌を彼等の…みんなの心に響かせるか、勝負だよ♪)

 そう、新曲は歌い手ふたりの勝負ともいえる内容なのだ。

 ユメカは神妙に頷くと、意を決して会場へ向け大きく声を張り上げた。


「それじゃあ!

 …ふふっ

 私達にできるコトといえば……」

 ユメカが手を差し伸ばす


「そう

 歌うコトだよね♪」

 レイミアがその手を握るとふたりは大きく手を挙げた。

 そこには準備していたマイクが握られている。


「そうですね

 それでは歌って頂きましょう♪

 レイミア&コトコで

 『夜明けの青月』です!」


 その瞬間、会場全体に演奏が流れる。

 それは空中の円盤上のセイガ達にも聴こえていた。

「はは、大盛り上がりだな♪」

 そして始まるレイミアとユメカの歌、それは何よりのエールだった。

「ああ、負けられないよな」

 セイガが駆け出し、ジェイスと対峙する。

「こんなもんで俺に勝てると思うなよ!」

 レイミアの歌声、それは完璧ともいえる太陽のように輝いていた。

 ジェイスにとっては逆にレイミアの新曲は聴きた過ぎて戦闘に集中できない状況となっている。

 そこに、瞬間移動にも対応して動けるセイガが執拗に攻め立て

「ふざけんな!」

 嫌なタイミングでハリュウがサポートに入る。

「おらおら、さっきまでの勢いはどうしたよ!」

 吸収対策でハリュウもまた、特殊な攻撃を使っていたので、先程のような余裕はジェイスには無かった。

 一方ステージ上のユメカはレイミアの圧倒的な歌唱力に感動しながらも、自らのパートを全力で歌う……

 それはまるで届かない太陽へと挑む月のような気持ちで…

 しかし、ユメカには覚悟があった。

 ここまで自分を連れてきてくれたセイガをはじめとする仲間たち、自分の実力を認めてくれたレイミアとアオイ、そしてこの歌を楽しみにしてくれている会場の皆に自分の、さらに主人公であるソレイユの気持ちを伝えようとする意志だ。

 セイガはそんなユメカの歌声を聴いて嬉しさと共に、大きな力が沸いてくるのを感じていた。

「ジェイス!お前は俺達には勝てない!」

 セイガの一撃、しかしそれはジェイスの手に吸収されてしまう。

「ふざけるな!お前達の攻撃など、俺には通用しない!」

 背後からメイが矢を射かけるが、それもまたジェイスに当たる前に消え去りジェイスの力に変わっていた。

「もう!」

 悔しがるメイの脇からハリュウが大気滅殺拳の波動を放つ。

 現状ハリュウの攻撃だけは吸収されないが、ジェイスもそれを知っているので上手く躱している。

「まあ、偉そうに言うだけはあるわな……だがな!」

 ハリュウを気にすればその分セイガへの意識が弱くなる。

 それをふたりは狙っていたのだ。

「喰らえ!」

 セイガの大上段からの剣閃、ジェイスはハルバードを構え、全力で吸収しようとするが、その攻撃は今までのものとは違っていた。

「ブラフかよ!」

 気付いた時には遅く、セイガの攻撃でジェイスは初めて傷をつけられてしまう。

「糞!」

 さらに勢いを削ごうとメイとハリュウが攻めてきた。

 そんな中でも歌は進み、セイガ達の優勢もあいまって会場はさらに盛り上がり続けている。

「全員喰らえ!『危険領域ダンゲロース』」

 切羽詰まって、広範囲に爆裂攻撃を放つジェイス、しかしそれは単調な攻撃だったので円盤がダメージを受けただけで、3人(+マキさん)には及ばなかった。

「糞、糞!!」

「観念しろ、ジェイス!」

 何度も瞬間移動で上手い場所に行こうとするが、くっついているかのようにセイガがそれに追随してくるのでジェイスは焦っていた。

(これもあの特別訓練のお陰か……)

 例え瞬間移動であっても、近くでそれを見て、一緒に動ければ追うことが出来る。

 それを以前、セイガは学んでいた。

 今なら、ジェイス相手なら…それが可能だ。

 ステージのレイミアとユメカは歌に集中しながらも、セイガ達の戦闘の様子が見えている。

 確実に自分達の歌が、セイガ達の力になっている。

 そう思うと、歌唱にもさらに力が入るのだった。

(セイガ……必ず、守ってね)

 ユメカの想いが届いたのか、セイガが遂に決着をつけるために動き出す。

「行くぞ、ジェイス!」

「させるかよ!」

 セイガが攻撃に移ろうとした一瞬、その隙をみてジェイスが大きく上空へと瞬間移動した。これなら攻撃が届かない、そう安心して曲を聴こうとしたその時…

「雪花一閃!!」

 ずっと詠唱し、温めていたメイの攻撃、白い刃がジェイスを切り裂いた。

「ぐは!」

 堪らず、落下するジェイス、白い花弁が彼を包む。

 それは奇しくも曲が大きく盛り上がる最終盤の出来事だった。

「さあ!」

「行ってきてください!」

 ハリュウとメイの声を受け、レイミアとユメカの歌に励まされながら、セイガは万感の想いを込めて、空へと飛翔する。

 大きく右手を後ろに構え、一気に捻りながら突きを繰り上げる。

 赤い高エネルギーの奔流と、黒い重力による加速を受け、それらを纏ったセイガの一撃は流星の如く、ジェイスへと向かった。


「ヴァニシング・ストライク!!」


 それはソレイユの技でもある。

 彼の想いと力、それを受け継ごうとセイガも全力をその一撃に込める。

「どんなに大きな力でも、吸い取ってやんよぉ!」

 攻撃が当たる瞬間、ジェイスもハルバードの突きを放つ。

 セイガの強大なエネルギー、しかしそれさえもジェイスは受け止め、吸収をはじめる…

「この程度じゃ……終わらない!」

 セイガはさらにジェイスを捉えたまま加速を続ける。

 次第にジェイスの吸収が間に合わなくなり、セイガの技の勢いで上昇を続ける両者が真っ赤に燃え上がっていく。


「行けぇぇぇぇえっ!!」


 青空に高く舞い上がったセイガが、技を吸収しきれなくなったジェイスを一瞬で包み、大きな爆発音と共に天空へとジェイスを葬り去る。

 そして、その余韻と共に「夜明けの青月」もまた、終了したのだった。



「決まったぁ♪

 これで悪欲のラティオーンもここまでですね」

 会場ではちょうどふたりの歌唱も終わり、イベントとしても収束させたかったので円盤の上での映像はオフになっていた。

 このまま、何も無くイベントが終了すればよいのだが…

「そんなにうまくは行かねぇ…よなぁ?」

 ジェイスはボロボロになりながらも、未だ立っていた。

「諦めろ、もうお前に勝ち目はないぞ!」

 セイガの斬撃を受けながら、ジェイスは顔を歪める。

「そんな訳ない、俺は必ずレイミアを手に入れる!」

「レイミアさんはそれを望んでなどいない!」

 セイガの剣、狼牙とジェイスのハルバードがぶつかり、じりじりと鍔迫り合いを続ける。

「糞!それじゃあまるで俺が悪いみたいじゃあないかっ!?」

「お前がどう見ても悪役だろうが!」

 力を入れ合うセイガとジェイス、それに割って入るようにハリュウの剣がジェイスを襲った。

「畜生!!」

 ジェイスは背後に瞬間移動して両者の剣を躱した。

「これ以上、レイミアさんに迷惑を掛けちゃダメだよ……」

 メイの優しい諭しもジェイスには最早通じない

「もうおしまいだ」

 その言葉と共に、円盤が大きく揺れる。

「全部、おしまいにしてやんよ」

 円盤の各所が光り、鳴動を続けている。

 このままでは大変なことになる、それだけは全員理解できた。

「止めろジェイス! そんなことをしたらレイミアさんだって無事ではいられないぞ!」

 ここで円盤が落下、爆発でもすれば、何千人もの死者が生まれるだろう。

 レイミアやアオイやセス、そしてユメカが無事でいられる保証はない。

「ふふふ、レイミアは俺と永遠を生きるから……問題無い」

「狂ってやがる」

 急いで対策を考えなければならない、けれどどうしたらいいのか分からない。

 セイガがジェイスへと刃を向ける。

「無駄だっ もう崩壊シークエンスに入ったから誰もこの円盤兵器を止めることはできない!」

 

「そんなっ!」

 セスが大声をあげてしまった。

 観客に向けてては円盤上の映像及び音声はカットしていたのだが、セスやレイミアなど関係者は上の状況も密かに聞いていたのだ。

 セスの困惑した声、そして上空で異様な動きをする円盤、会場に不安が一気に広がった。

(円盤を破壊するか…いや、それでは下の被害を防ぐのは難しい!)

 セイガは最悪、自分が会場まで降りて、会場から円盤を防ぐことを考えていた。

 そう、下からなら……

「はははは、みんな死ね!!」

 セイガ達に浮遊感、自らを支えられなくなった円盤兵器が落下を始めたのだ。

 そのまま、崩壊した巨大な物体が……

 人々に降り注ごうとした時、観客席のほぼ中央から、巨大な力が放出された。

 それは白い光、一瞬で会場中をドームのような形で席巻すると、円盤と崩壊した欠片を受け止め、爆発を防ぎ、全てを沈静化したのだ。

「全てを守れ <衛 兵 広 陣セントリー・フィールド>」

 会場にいた、ほぼ全ての人間が困惑する中、その男だけが冷静だった。

「この程度で王を滅ぼそうなどとは笑止だったな」

 エンデルク・ノルセ・プライム、絶大な『真価』を持つ『王』、彼の力は戦略級兵器にも劣らないという。

「さすが エンデルクさま♪」

 傍の少女が手を伸ばして、エンデルクの背中をさする、本当は頭を撫でたかったのだが、あまりの身長差なのでその代わりらしい。

「ははは、ありがとうエンちゃん」

 ステージ上のユメカもエンデルクの所業に気付いたらしく、言葉が口を出ていた。

「これは…もう大丈夫なのでしょうか?」

 隣のレイミアが上空を眺めながら呟く。

 エンデルクの張った障壁によって、あの巨大な円盤がどんどんと消えていくその光景は、とても綺麗だった。



 一方、上空では……

「この攻撃を防げるヤツがいるとはな」

 忌々し気に吐き捨てながら浮遊するジェイスと

「今度こそ、決着をつけてやる」

 冷静な怒りを放出するセイガが対峙していた。

 メイとハリュウはエンデルクの技に救われ、会場の隅に着地している。

「よし、本気だな?」

 そう、見上げるセイガの姿には変化があった。

 ソレイユを模した鎧姿、しかしその下から何か黒いオーラのようなものが微かに漏れ出している。

 さらに、日本刀の狼牙をしまい、新たにアンファングを取り出したのだが、いつも以上に光を強め、まるで光をそのまま剣にしたような長い武器となっていた。

「今回は時間切れになんかなるなよ?」

 苦笑しながらハリュウがセイガにグッドサインを送る。

 セイガもそれに気づいたようで、左手を握って応えていた。

「お前は取り返しのつかないことをした」

 右手のアンファング、光の剣をジェイスに向ける、それが戦闘開始の合図だった。

「危険領域(ダンゲロース)!」

 苛烈な爆発がセイガの前方で発生するが、セイガの一閃で真っ二つに割れ、そのままセイガはジェイスの下へと斬りかかる。

「糞!」

 ジェイスは何度も瞬間移動を駆使して間合いを外そうとするが、セイガも同様の移動をしていて、すぐさま追い詰められた。

 セイガは冷静だった。

 そして心から怒ってもいた。

 心の奥から叫んでいるのをどうにか抑えて、ジェイスを追っていた。

(気を付けて、次、大きいのが来るわよ?)

 ふと、セイガの心に誰かの声が聞こえた。

「これならどうだ!滅びの破壊流!!」

 白くて巨大なビームがジェイスから放たれる、躱すこともできるが位置的に会場に被害が生じてしまう。

「はぁぁぁぁ!!」

 セイガは気合を入れると、剣の前方から蒼いエネルギーを発生させジェイスのビームにぶつけた。

 お互いの力が相殺しながら眩い光を放つ。

『おおおおおおおお!』

 威力は互角、打ち消し合いどちらも力を使い切ったかのように思えた。

 しかし、セイガはまだ終わってない。

 一瞬で上空のジェイスの元へと辿り着くと、大きく剣を振りかぶった。


「太陽に帰せ!!」


「ナニィ!?」

 その刹那、煌めく七色の光がジェイスに収束して、そのまま天上へと光の柱が発生した。


輝 く 空シェルブリオン!!!」


 登る光を見て、セイガはソレイユが力を貸してくれたように感じていた。

 その圧倒的な力の前に、ジェイスは完全に屈したのだった。


 大きく空へ飛ばされたジェイスはとある構造物の上に横たわっている。

 その場所にセイガが辿り着くと、そこには既に先客がいた。

「先程忠告してくれたのは、あなたでしたか」

 その女性は、ジェイスの薬指に指輪のようなものを取り付けていた。

「ええ、そういえば良質の竜琥珀、ありがとうね♪」

「あ、もしかしてあなたは?」

 そう、セイガ達のチケットを用意してくれたのはこの人だったのだ。

「本来は顔を合わせるつもりは無かったんだけどね、コレの始末が先決だったから出張らせて貰ったわ」

 どうやら、事情も大体分かっているようだった。

「その指輪は?」

「これはとある筋から手に入れたモノで、『真価』を制限できる代物なの、一度付けたら当人には簡単には外せないし、これでひとまず瞬間移動などは使えなくなるわね」

「ああ、それは良かったです」

 もし、警察機構にジェイスを引き渡しても、すぐに脱獄するのではとセイガは心配だったのだが、それならば安心できた。

「それじゃ、ワタシはあまり目立ちたくないから退散するわ…セイガ、レイミアを守ってくれてありがとうね♪きっとあなたが来てくれたのは運命だったのだわ」

 そういうと、女性は指輪を多く付けた手を振り、空へと消えていった。

「……あなたの名前は?」

「ミルとでも呼んで♪ まあ、あなたの前に出るコトはもう無いかも知れないけれどね……さようなら♪」

 そうして声だけ残して、ミルはいなくなった。

 ひとり残されたセイガは、倒れていたジェイスを抱える。

 確かに前まで感じていた『真価』の気配は、今では感じられない。

 セイガは大きく息を吸うと、皆の待つ会場へと向かったのだった。



 茜空に、夕雲が幾つも流れている。

 別れの景色は、いつも切ないものだ。

「本当に、ありがとうございました!」

 レイミアの声に合わせて、レイミアとアオイ、ふたりが同時に頭を下げる。

「いえっ、いえっ、全然いいんですよ、私の方こそあんな大それたコトしちゃいましたし、ねえ?セイガ」

 セイガの肩を叩きながらユメカが代表して返答している。

 イベントは最後、危うい所だったが、どうにか胡麻化すことも出来、無事に怪我人も出さずに終了となった。

 ジェイスは警察機構に引き渡された。

 イベントでの破壊行動は無かったことになっているが、警察機構への武力行使と、レイミアへの行為を鑑みて、かなり大きな罪状になる予定だ。

 生きて刑務所からは出られないかもしれない。

「……ああ、そうだね」

 セイガは、そんなジェイスの処遇を思いながら、返事をした。

 移世者は、ワールドで生きる方が幸せなのか、枝世界で生きる方が幸せなのか…

 その結論はすぐには決められないのだろう。

「これからはあくまで歌手とファンという立場になりますが、今までの厚意に感謝しています……ありがとう」

「もう、アオイちゃんたらなんか冷たいなぁ」

「だって仕方ないじゃない、事実なのだから」

 レイミアが横を向いたアオイの紅くなった頬をつんつんと指で突いている。

 そんな中、心なしかアオイのセイガ達を見る瞳に熱が籠っているようにも見えた。

「また…ライブにも行きますね♪」

「うん!ボクもレイミアさんのライブ大好きになったから、絶対に次も見に行きたいなぁ♪」

 レイミアはユメカ、メイと順々にハグをしながら別れを惜しんでいる。

「次はもっと…凄いステージにするから、きっとまた会おうね♪」

「はひっ!…ふふっ」

 既にユメカは感涙に浸っていたが、レイミアもまた涙目になっている。

 片手で目尻を拭ってから、レイミアが手を差し出す。

「またいつか、一緒に歌おうね、ユメカ☆」

 ユメカは一瞬、躊躇ったが意を決してレイミアの手を取り、心ゆくまで握手を交わし続けた。

「いいなぁ、女子はハグとか握手とか出来てなぁ?」

 ハリュウの軽口

「え?握手なら普通にしますよ?」

「え?ハグしていいんですか!」

 勢いで抱きつこうとするハリュウをセイガが制する。

「ははは、この馬鹿がスイマセン」 

「……セイガさんもハグ、したいですか?」

 レイミアが不意に両手を出してハグの準備のようなポーズになる。

「え!?」

「あ、ダメっすよレイミアさん、こいつムッツリなんでオレよりヤバいことになるっすよ~」

 動揺するセイガを背後からハリュウが羽交い絞めにする。

「あはは、そうですね、セイガさんはえっちな人ですもんね♪」

 レイミアが面白そうに笑いながら両手で唇を隠した。

 その場にいた一同は、そんな仕草にもドキッとしてしまう。

「それでは、名残惜しいですが、我々はそろそろ」

 セイガ達の背後には借りていたフライングカーが停めてある、

 これで降世門まで帰れば、この旅も終わりだ。

 名残惜しい気持ちは社交辞令ではなく、それぞれ感じているものだった。

「それではみなさん、お達者でっ…みなさんと過ごしたこの三日間での沢山のコトは絶対に忘れません、ありがとうございました!」

 レイミアとアオイが手を振る。

 それに見送られながら、セイガ達はフライングカーへと向かう。

 そのはずだったのだが、いつの間にか、レイミアがセイガの手を引き留めていた。

 他の3人はそれに気付かずフライングカーへと向かっていたので位置的に、ふたりだけの空間が生まれる。

 アオイはレイミアの意図を察したのか、立ち止まったままだ。

「……レイミアさん?」

 どうして自分が引き留められたのか、セイガには分からなかった。

「セイガさん、実はわたし……」

 レイミアが、照れた表情で上目遣いをしてくる。

 セイガとしてはそれを意識したいわけではないが、どうしても心臓の音が強くなってしまうのが分かった。

「……」

 神妙に、レイミアの言葉を待つ。

「わたし、実は他の世界から来た人は見え方が少し違っていて……わかっちゃうんです☆」

 それは驚くべき言葉だった。

「それって…?」

 かつてスカイアリーナでセイガとユメカに気付いたのも、記憶に残ったのも全てその力が要因だったのだ。

「それじゃあジェイスも」

 そして、そんなレイミアならジェイスが移世者であることもまた、最初から知っていたのである。

「はい、まさかあんな行動を取ってしまうとは思ってなかったですけど」

 レイミアは、自分達やジェイスが別の世界の人間だと知りながらも、分け隔てなく接してくれていたのだと知って、セイガは感動した。

「…ありがとう」

「ふふ、ありがとうはこちらの台詞です、世界の理を曲げてまで、わたしを助けてくれたのですから♪」

 レイミアの本質を知って、セイガはますますレイミアの魅力を誇るもの、ファンになれそうだと…そう感じていた。

 しかし

「……っ」

 気が抜けていたのか、セイガはされるまで、その行為に気付いていなかった。

「…え?」

 レイミアは、不意に顔を近寄せセイガの頬にキスをしたのだ。

「みんなには、ナイショだよ♪」

 口に指をあて、レイミアが恥ずかしそうに離れていく。

 セイガは、ほっぺに残るその柔らかく、温かく、いい匂いのする感覚にすっかり参ってしまっていた。

「ほら~♪ セイガも早く乗らないとダメだよ~ うふふっ」

 背後からユメカの声がして、慌ててセイガはフライングカーへと乗り込む、あまりの出来事にレイミアの顔もユメカの顔も見れなかった。

『さようなら~~!』

 レイミアとアオイに見送られながら、フライングカーのドアが閉まる。

 こうして、セイガ達のプラネットユニシスでの長くて短い旅は終わりを告げたのだが…

 セイガにとっては、それは最終的にとても甘い思い出になったのだった。 


                                 【完】

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