男の逃走劇から数時間後、もう日付も変わろうとしている中……

 セイガ達は思いもよらない場所に来てしまった。

 とても広い部屋、センスの良い家具、調度品…

 やや暗めの、落ち着いた照明と微かに流れる心地よい音楽…

 部屋の中央には、この屋敷の主が立っていた。

「みなさん、今夜はお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」

 レイミアがセイガ達に微笑みかける。

 そう、ここはレイミアの家。

 海上都市ミスミから数百km離れた、とある浮遊島。

 面積は1平方km程とそこまで広くはないが、島全体が彼女の所有物、レイミアの家であり、庭であった。

 事件の後、セイガ達は本来なら重要参考人として、警察機構に預けられるはずだったのだが、レイミアが特権を行使してそれを回避したのだ。

 ハリュウの車が手動操縦に切り替わったのもこの特権のせいである。

 プラネットユニシスでは、既に国という概念は無く、統一された機関が政治、経済、福祉、防衛などを担っている。

 その中で、一部の優れた人間には、機関からある程度の統治力が与えられている。

 それが特権だ。

「普段なら特権なんて使いたくは無かったけれど…セイガさん達を守るためなら、躊躇わないわ」

 ワールドの住人であるセイガ達にとっては、警察で色々聞かれるだけでも問題になる場合があった。

 それを助けて貰っただけではなく、安全な場所…レイミアの家にまで招待されるなんて…もうユメカに至っては夢心地になっていた。

「ありがとうございます、でも何故そこまで…わざわざレイミアさんは助けてくれるのですか?」

 セイガもまさか、ここまで厚遇されるとは思ってなかったので不思議な気分だ。

「それはこちらの台詞よ? みなさんは利害とかそんなものではなく、純粋にわたしを暴漢から守ってくれました、本当に感謝しています」

 改めて、レイミアが大きく頭を下げる。

 それを見て、マネージャーのアオイを含むそこにいた全員がぎょっとする。

「レイミアさんが頭を下げるなんてとんでもないです!ファンとしては当然…というか…ええと」

 ユメカもハッキリとは自分たちの素性を明かせない分、どうにもしどろもどろになっている。

「大事な人を守るのは、自分達がそうしたいからです、レイミアさんが無事で本当に良かったです」

 セイガの言葉に迷いはなかった。

「ありがとう、だったら…これもわたしのお礼だと思ってくださいね」

「ええ、そうさせて貰います☆」

 手を差し伸べたレイミアにちゃっかりハリュウが応える。

 レイミアの手は、とても柔らかくて温かかい。

しかし、微かにその指先が震えているのをハリュウは見逃さなかった。

「無事かどうかは、まだ分かりませんけどね」

 アオイが溜息をつきながらハリュウの手を引き離す。

 結局、周囲にも犯人の形跡は見つからず、生死は明らかになっていないのだ。

「きっと、また狙ってきます……よね」

 レイミアは、まだ犯人は生きている、そう感じていた。

 隠そうとしても、隠しきれない不安がその言葉にはあった。

「また、どうしてこんな目に……っ」

 アオイが悔しそうに口をつぐんだ。

 相当、怒っている。

「セイガ……」

 ユメカが切なそうにセイガを見上げる、それだけでセイガにはユメカが何を訴えているか理解できた。

 それからメイと、ハリュウの方を見る。

 ふたりとも、肯定してくれていた。

「もしよかったら、この件が解決するまで私達を雇ってはくれませんか?」

「……え?」

 アオイにとって、その提案は予期していなかった。

「私達には、レイミアさんを犯人から守れるだけの力があります、どうか私達を信じてくれないでしょうか?」

 このプラネットユニシスでは、セイガ達の存在は異端だ。

 本来ならこの世界に大きく干渉することは良くない。

 それでも、セイガはこの危機を見過ごすことなど出来なかった。

「わたしは…セイガさん達を信じます」

 レイミアの真っ直ぐな瞳がセイガを映す。

「レイミア!?」

「改めて、わたしを助けてくれますか?」

「はい、勿論…全力で守ってみせます」

 レイミアは涙ぐんでいながらも、精一杯の笑顔でセイガの手を握ったのだった。



 レイミア・ラサムは大のお風呂好きとして有名であった。

 自らの邸宅にも大小様々な浴室があるという。

 そのひとつでは…今……


「あ~~~あ、今頃女性陣は一緒にお風呂に入ってるんだぜ~いいよな~」

「ハリュウ、声が大きいぞ」

 男性陣が入浴中だった。

 ふたりとも、かなり引き締まった体をしている。

「きっと『レイミアさんって胸もとても綺麗なんですね♪』『そんな、ユメカさんこそ大きくて美しいわ』とか言ってキャッキャウフフしてるんだぜ!」

「ぶはっ!」

 ハリュウの声色が妙にふたりに似ていたのでセイガは思わず吹き出してしまった。

「そしてお約束として胸のないメイがふたりのおっぱいを揉んだりして…嗚呼、守る立場じゃなかったらオレも覗きに行くんだが」

「止めておけ」

 これ以上は色々危うい、そうセイガは思った。

「とか言いつつセイガもエッチなことは考えるだろ?」

「…まあ、あれだけ魅力的なのだから、そういうことを考えない方が失礼かもしれないな」

 恥ずかしさに堪えられず、天井を向くセイガ。

 雫がひとつ、ぴちょんと肩に当たった。

「…ちゃんと、守らないとな」

「ああ、そうだな」

 どうか、心安らかに、そう願うセイガ達だった。


「ふあぁ~ いいお湯でした♪」

 ユメカ達がいるのは客間だろう、大きなベッドがふたつ置かれた落ち着いた雰囲気の部屋だった。

「……眼福でした」

 そこにはメイと…

「ふふ、そんなコト言わないで、メイちゃんもすぐに成長するわ♪」

「……」

 レイミアとアオイが並んで立っていた。

 どうやら随分と仲良くなった感がある。 

 今夜は念のため、というかレイミアの希望で4人で休むことにしたのだ。

「…やっぱり、怖いですよね、急に攫われそうになるなんて」

 ユメカ自身は、あまりに幸せな現状に我を忘れそうにはなっているが、それでも目の前のレイミアのことが何より大事だった。

「あの、私も詳しくは言えないんですけど、とある脅威から守られている立場なので……レイミアさんの気持ちは多少分かると…思います、あ、でも私は傍で支えてくれる人達がいるし、今は特に問題があるわけじゃあないんで比較するのもおこがましいんですけどね、へへ♪」

 明るく微笑みかけるユメカ、本当に自分は幸せだなぁと思う。

「ありがとう…ユメカさん……みなさんのお陰で、今は結構落ち着いていられるわ…本当にありがとう」

 レイミアが傍らのアオイを見つめる。

「こういう事案は今回に限った事ではありません、過去にも脅迫やら襲撃予告、特権階級からの圧力が掛かるケースもありました」

 やれやれといった表情のアオイ、それをみたレイミアも苦笑いする。

「そうなんですか!?ニュースではそんな情報はそこまで流れて無かったから知りませんでしたけど……」

「大体は未然に防ぐか、大事おおごとにならないよう隠蔽してきましたから…流石に今回は隠せませんけどね」

「ご不便をお掛けします」

「その点は明日、私の方でやりますからレイミアさんは気にせず休んでください」

「はい」

「それにしても、レイミアさんを嫌う人がいるなんて、絶対信じられないなぁ」

 メイが呟く、メイもまた短時間ではあったが、今ではすっかりレイミアのことを好きになっていたからだ。

 ちなみにマキさんのことは流石に内緒にしておこうというわけで、昼間、海上都市ミスミに着いてからずっと、マキさんには休んでもらっている。

「相手は様々です、同業者の妬みや、妄執したファン、特権を持つレイミアさんの存在自体が疎ましい方々まで…強い光のある所には、暗い影もできるという恰好の例ですよね」

 レイミアは特権自体は殆ど使っていないが、財産の一部を寄付したり、メッセージ性の強い歌を作ったりもしているので、その存在自体が社会に大きな影響を与えているのだ。

「みんな、もっと素直にレイミアさんを見ればいいのに…レイミアさんだって普通の人間なんだもん」

「ありがとう、メイちゃん♪ 大抵のみなさんは好意的にわたしを見てくれているから、大丈夫だよ?」

「うん、そうだよね、えへへ♪」

 レイミアに頭を撫でられ、メイがふにゃりと笑う。

「うう、羨ましいぞぅ」

 ユメカの呟きに

「じゃあ、ユメカさんも♪」

 とレイミアがユメカの頭も優しく撫でる。

「ふわぁ~~☆」

 それだけで昇天しそうなユメカだった。

「ね、撫でられるっていいよね♪ 昔はアオイちゃんともよくやってたんだけど、最近は遠慮するんだよ?おかしいよね?」

「公私を分けているだけですので、おかしくはないです」

 ひとりだけ、まだ寝巻ではなくスーツ姿のアオイがすんとする。

 ユメカ達はレイミアから借りたパジャマを着てベッドの上で戯れる。

「むぅ、呼び方だって昔は『レイちゃん』って言ってくれたのに今は『レイミアさん』だもん、距離を感じてしまうわ」

「だから公私を…」

「ダメです! 今夜くらいは優しくしてもらいます!」

 レイミアがじりじりとアオイに近づく。

「な、何を!?」

 その様子に危機を感じるアオイだったが

「そうですよぅ、今夜はせっかく4人で過ごすんですから」

「そうだよね、絶対一緒がいいよね♪」

 背後に回っていたユメカとメイに逃げ場を奪われる。。

「ええと……私はまだ仕事が」

『問答無用!』

 哀れ、アオイは3人に捕まってしまったのだった。


「はい、もういいですよ」

 数分後、可愛らしいパジャマに着替えさせられたアオイを含め、4人は二つ並べられた大きなベッドに腰かけて談笑を続けていた。

 それはまるで、色とりどりの花が舞っているような美しい光景…

「ごめんね~ アオイちゃんだけ明日も仕事なのに」

「これくらいでは仕事のポテンシャルは落ちませんから」

「そう、アオイちゃんて凄いんだよ~ 私が事務所に入った時からかなりのポジションでバリバリ仕事してたんだから♪」

 本当に誇らしいのだろう、レイミアがアオイの肩を揉みながら説明する。

 それを嬉しそうにユメカとメイは聞いていた。

「……それでさらに♪」

「褒め過ぎです、それに仕事という意味ではオフなのはレイミ…レイちゃんだけでユメカさん達はレイちゃんの護衛という大事な仕事があるのですから」

『がんばります!』

 ユメカとメイが揃ってファイティングポーズを取る。

「ありがとう♪じゃあ明日は折角だから作曲でもしようかなぁ?」

「レイちゃん……それは仕事」

「レイミアさんってどんな風に作曲するんですかっ!?」

 興味津々のユメカ

「私も今、作曲を進めてるんですが、どうにもこう、自分が表現したい曲にならないというか、何か違う感じがしちゃって困ってるんですよ」

 ユメカの場合は、自分の曲を作ってくれる作曲家の先生がいて、彼に教わりながら自分でも何曲か作成する計画を立てていた。

「…え?わたしの場合は……気付くとそこにある、感じかなぁ?」

「あ、でもそれも少し分かるかもです♪」

「うわぁ、天才だぁ」

 作曲についてはあまり分からないので、メイから見たらふたりとも凄いとしか思えない。

 レイミアとユメカはそのまま、幾つかの曲を口ずさみながら作曲談義を続ける。

 その様子を見て、アオイは驚いていた。

 幼い頃のレイミアの実力を見抜いた、その審美眼…だから分かった。

 ユメカもまた、凄い素質を秘めた歌手だということを……だ。

「♪」

 途中から、メイやアオイも交ざりながら、歌い、笑い、喋りながら

 その華のような夜話は続いたのだった。



『つまりプラネットユニシスの人間ではない可能性がある、という事ね』

 額窓の向こう、ワールドの教師であるレイチェル・クロックハートは思案する。

 翌朝…プラネットユニシスとワールドはほぼ同じ時間軸だったので、夜が明けてからセイガはレイチェルと連絡を取り昨日のことを説明していた。

 今回の事件の謎を確認するためだ。

「はい、犯人が完全に消えたのはやはりおかしいそうです」

 ワールドならば、人が瞬間移動することはそう珍しくはない。

 レイチェルなどは複数人を運ぶことのできるテレポートを使いこなしている。

 セイガの話を確認しながらレイチェルは自分の中にある『記』の『真価』、膨大なデータベースから情報を探し取る。

『そうね、プラネットユニシスでは無機物の分解再構成による簡易的な転移は可能なようだけれど、それも実験的なものだけで実用化はされていないわ、人体の瞬間移動はおそらく不可能ね』

「そうですか…なら可能性は他にもあるとはいえ、この犯人はかなり危険な人物であると想定した方がいいですね」

『それがいいと思うわ、こちらでも調べてみるけれど油断はしないように』

「ありがとうございます、本当にいつも助かってます」

 セイガは画面の先のレイチェルに頭を下げる。

『ううん、こちらこそ…それじゃあまた何か分かったら連絡しますね』

「はい、よろしくお願いします」

 そして額窓からレイチェルの姿が消える。

 セイガは一息つくと、日課の朝練をしようと屋敷の外へと向かった。  


 浮遊島は、地表より高い位置にあるから、空気も薄いのだろうか?

 そんなことを考えながらセイガは周囲の風景を眺めていた。

 同じような浮遊島が、幾つも浮かぶこの地域は、何でもセレブ層の居住地域だそうで、よく見るとどの浮遊島にも、大きなお屋敷や豪華な施設が建てられている。

 一方の地表は、湖と平原や森が続く自然豊かな場所のようで、高度に発達した文明のそれとは思えない光景である。

 爽やかな朝、昨日の事件さえ無ければ本当に爽やかな、そんな朝だった。

 鍛錬に丁度いい場所が無いかと、敷地内を歩いていたセイガだったが、ふとその先に見知った人影を発見した。

「レイミアさん?」

「セイガさん、おはようございます♪」

 身軽な服装で、ポニーテール姿のレイミアは、明るく笑いながらセイガに手を振って近付いてきた。

「おはようございます……ってダメじゃないですか、行動する時は誰か一緒について貰わないと」

 昨日の相談で、レイミアにはセイガ達4人のうち、最低でもひとり必ず傍にいるように決めていたのだ。

「あ、そうでした……でも今はセイガさんがいるから問題無しですね♪」

 悪戯っ子のような微笑みでレイミアがセイガの胸をたたく。

 それだけでセイガも参ってしまった。

「そうですね…レイミアさんはどうして外に?」

「わたしは朝のストレッチとジョギングです、休みの日とはいえ、体は動かしておきたいと思いまして♪セイガさんは?」

「俺も日課の鍛錬をしようと思ってました」

「それじゃあ、ここで見ていてもいいですか?」

 上目遣いでレイミア、意識しているのか分からないが、とんでもない威力だ。

「別に面白いものでも無いですよ?」

「それでも見てみたいです、昨日も剣?とか使ってましたよね?」

 好奇心が強いのだろう、レイミアがそわそわしながらセイガの挙動を見ている。

 セイガは恥ずかしさを持ちながらも、いつものようにアンファングを取り出そうとしてふと思い立つ。

(この世界では空間転送とか瞬間移動は難しいはず……)

 いきなり剣が出てきたり、鍛錬でつい瞬間移動をしたりするのはマズい。

 でも

「そういえば、昨日のライブでレイミアさん達はいきなりステージに現れたり、衣装が瞬時に切り替わったりしてましたけれど…アレはどうやったのですか?」

 もしかしたら、犯人が消えた謎にも近付けるかもしれない。

 セイガはそう思った。

「ああ♪ビックリしました?」

「はい」

 実はセイガからすると、魔法だの超科学だのがワールドでは身近だったので、昨日のアレもきっとそういう技術があるのだろうと、そこまで驚きはしなかったのだが、レイミアがとても嬉しそうだったので素直に肯定した。

「あんまり種明かしをするのもいけない気がしますが特別ですよ?」

 そう勿体つけてから、レイミアがセイガから少しだけ離れた。

「ふふふっ、まずステージなんですけど、アレは実は元々バンドメンバーも機材も置いてあったのです♪」

 レイミアはバサッと、布を敷くような動作をする。

「こう、光学的に対象を透明に見せる素材を被せていて、カウントダウンと同時にめくったのです」

「でも、レイミアさんはその時まだ姿を見せて無かったですよね?」

「はい、それはもう一枚、透明になる布をアオイちゃんと一緒に纏ってまして、歌うタイミングでアオイちゃんが隠れながらわたしだけ見えるようにしたのでした☆」

 なるほど、手品のような演出だったのだ。

 そんな隠蔽方法があるのなら犯人も…いや、流石にそれだけで警察の捜査から完全に逃げ切れるとは思えなかった。

「色々と考えられていたのですね」

「ええ、折角のライブ、しかもお客さんがすぐ近くにいましたから、めいっぱい楽しんで欲しかったんです」

 レイミアの瞳はキラキラと光っていた。

 改めて見ても、彼女は美しかった。

 さらさらと流れる長い金髪に、美しさと可愛らしさが同居した顔立ち、スタイルも非の打ちどころがなく、肌は若々しさに満ちている。

 個人的な好みを除けば、誰が見ても最高に美しいと評価できる、そんな魅力がレイミアには備わっていた。

「それから、衣装に関しては…コレは結構有名なんですけどね♪」

 そう言いながらレイミアが右手を差し出す、

 そこには小さな金属製のブレスレットが装着されていた。

 一部がやや盛り上がっているが、ただの装飾品に見える。

「……これは?」

「早着替え用の収納具です、圧縮しておけるのですよ?しかもプログラミングが出来ていて……」

 レイミアがブレスレットの一部を軽く押すと、驚くべきことが起きた。

 今着ていたレイミアのトレーニングウェアが消え、部屋着であろうお洒落なワンピース姿になったのだ。

「おおっ!」

 まるで魔法のような光景にセイガは驚いた。

「分かりやすいようにもう一度、ゆっくりやりますね」

 レイミアが自前の情報端末を弄ってから、もう一度ブレスレットを押した。

 するとまず、今着ていたワンピースが何層かに分裂しながらブレスレットへと見事に収納されていき、続いてブレスレットから別の布が帯のように現れ、レイミアの体を包み、その形をトレーニングウェアへと姿を変えたのだった。

「こんな感じです♪……あ、今…見ましたね?」

 変身する間が判別できたため、その途中、レイミアの服の下もセイガには見えたのだ。

 弁明しておくとそれは下着ではなく、レオタードのような形状の服装だったのだが、とても刺激的な光景ではあった、

「ああ…ええと……すいません、見えました」

「えっちですね☆」

 トレーニングウェアの上から胸と股間を隠しながらレイミアが非難した。

 しかし非難というにはあまりにも可愛らしい姿だった。

「疑問が晴れたので、俺は鍛錬に入ります」

 顔を赤くしながらセイガはアンファングを取り出す、やはり犯人が使ったのは自分達の知らない何か特殊な方法だと思いながら…

「あら?セイガさんも収納具を持ってるんです?」

「…あ」

 つい、気が急いていたのでいつも通りにアンファングを出してしまっていた。

 『剣』の『真価』は見られていなかったようだが、完全な油断だ。

「えええと、はい、実は俺も持ってたんでした」

 しらじらしいがそう言ってごまかす。

「もう…セイガさんたら、ほんとうにえっちですね♪」

 照れくさそうに笑いながら、レイミアは近くのベンチに腰かけて、セイガの様子を観察することにした。


 それから、セイガはいつも通りの鍛錬を行った。

 とはいえ、大技を出すとまたボロが出るので、この日は単純な素振りや体捌きを組み合わせたものだけに止めてはいた。

 一連の動きを終えた後、軽く深呼吸をする。

「わ~~~凄いです♪ もしかしてこれも『バトルファンタジア』ですか?」

「?」

 知らない言葉にセイガが止まっていると

「あ、違うんですね、自分の動きだけであそこまで出来るなんて、セイガさんの身体能力…凄いです!」

 改めてレイミアが大褒めした。

 自分もダンスなど体を動かしているから、セイガの凄さが分かるのだろう。

「バトルファンタジアというのは、わたしもそこまで詳しくは無いんですが今大人気の体感型格闘対戦ゲームで、拡張現実と運動補正で実現した超リアルなゲームなんですよ♪」

 そう言いながらレイミアが端末の映像を見せてくれた。

 そこには確かに、剣や魔法を使って1対1で戦う若者の姿が映っていた。

「これは…確かに凄いですね」

「ええ、でもゲームだから見た目ほど体に負担は無いそうですよ?」

 戦闘は片方が大きな炎の弾を喰らいKOされていたが、纏っていた衣装が消えると何とも無いように立ち上がり、相手と握手を交わしていた。

 疑似戦闘とでも言ったところだろうか、なかなかに面白そうではあった。

「へぇ……ゲームとしても楽しそうだけど、スポーツみたいな感じもしますね」

「ええ、今は世界大会も開かれているみたい、セイガさんなら結構いいところまでいけそうな感じがします♪」

 レイミアに褒められると、単純に嬉しかった。

 平和な世界でも、こうやって戦う術を競うのならば…それはいいことなのかもしれない、そうセイガは思った。

「セイガさんの鍛錬はこれで終わりですか?」

「はい、そうですね」

 近付いてきたレイミアからタオルを渡される、それは乾いてはいたが、少しだけいい匂いがした。

「それじゃあ、朝食を食べに行きましょう♪ きっとみなさんも起きている頃でしょうからっ」

 そんな風に、嬉しそうに走り出すレイミアに、セイガも付いていくことにした。



 午前中は、そうしてゆっくりと過ぎていった。

 流石にこのセキュリティも強固なレイミアの浮遊島までは犯人も手が出せないのだろう。

 レイミアには心安らかに過ごして欲しかったので、護衛はあくまで傍にいる程度、というか共に寛ぐような感じで行っていた。

 今は、メイが一緒になって書庫で本を読んでいる。

「ねえねえ、さっき聞いたんだけど、レイミアさんって丸一日オフだったのって2年ぶりくらいなんだって!」

 詰所代わりの客間のひとつでセイガ達は談笑していた。

 念のため、セキュリティのひとつ、周囲の映像を借りて見張りも行っているが、現在、異状は無かった。

「それは…大忙しだな」

 セイガも、以前は忙しかったような記憶がうっすらと残っているのだが、ワールドに来てからは毎日が休日のような過ごし方をしているので、とても変というか不思議な気分だった。

「世界的なアーティストだからな、分刻みのスケジュールなんて当然なのかも」

 分かった風な口調のハリュウ、彼はワールドで私設軍隊に属しているので、ハードスケジュールも慣れたものなのだろう。

「私も仕事は好きな方だけれど、流石にたまにはひとりの時間とかオフとか欲しいなぁ……あはは」

 ユメカもワールドに来て何年かは特に当てもなく生活をしていたが、最近、自分の夢、歌手として生きていくことを決意してそのために色々と頑張っている。

「そういう意味では、今日一日くらい気楽に過ごせたらいいのだが」

「狙われてるのは事実だし、公式発表で大ニュースになっちまったし、見た感じは落ち着いているけれど…心中はそこまで穏やかでは無いだろうな」

 先程、アオイを含めた事務所と海上都市ミスミと警察機構による合同発表がミスミの庁舎で行われ、その情報は世界中に広がったのだ。

 元々、ライブハウス襲撃の映像はあちこちで流れていたのだが、公式発表によりいよいよ大掛かりな事件となったのだ。

 特に大惨事にもなりかねなかったミスミの代表の責任は重く、犯人には多額の懸賞金が掛けられることになった。

 当初、軍用スーツを身に着け、逃走に使ったフライングカーも軍用だったため、軍属が疑われたのだが、どちらも金銭的余裕があれば一般人でも手に入れることができる品だったため、今では幅広く捜査が行われている。

 あちこちで噂やデマが飛び交うこの状況の中、レイミアは明日からまた仕事をしなければいけない……

 それがセイガ達からしても心苦しかった。

「ただいま」

 ドアが開き、アオイが入ってきた。

 大きく溜息をつくと、客間のソファーに身を沈めた。

 相当疲れているようである、余談だが、昨夜の女子会はだいぶ深夜までつづいていたらしいので、アオイに至っては寝ていない可能性があった。

「お疲れ様です」

 ユメカがこの家の給仕から前もって渡されていたおしぼりをアオイに渡す。

 アオイはそれを目と額に乗せて、静かに息を吐く。

「……ありがとう、貴方達がいてくれて本当に良かったわ」

 本来なら、焦りと怒りでどうにかなりそうだった。

 全部は振り払えないけれど、今こうして心を休めていられるのは、昨日初めて会った人達…自分でも不思議だったがレイミアが言う通り、この人達は信用できるとアオイも感じていた。

「……明日の話をしなくちゃ、いけないわね」

 ふらりと、アオイが起き上がる。

「もう少し休んだ方が」

「いいえ、場合によっては手筈が必要な案件だから、早くしないといけないの」

 セイガの制止をやんわりと躱しながら、アオイが部屋を出て行った。


「わたしは最初から行くつもりでしたから、大丈夫ですよ?」

 書庫のテーブルに座るレイミアが、はっきりとそう言った。

「でも!危険すぎるわっ」

 一方のアオイは悲鳴のような声でレイミアに迫る。

「どんなお仕事……なんですか?」

 警備が難しい状況なのだろうか?ユメカがおずおずと聞いてみる。

「とある映像作品の公開前イベント、広い野外の会場でトークと新曲の披露をするわ…確かに今更中止には出来ない…けれど」

 アオイの声は弱弱しい、不安が滲み出るような表情だった。

「ま、相手にとっては狙い所だろう、というか最初から昨日と明日の2段構えで考えていた可能性が高いな」

 ハリュウの分析、レイミアにしては珍しいセキュリティの低いライブハウスでのライブ、さらに多くの一般人が集まる野外の会場、どちらもレイミアを狙うのに好都合な場所だ。

「わたし達の歌だけじゃなくて、この作品を楽しみにしてくれているみなさんや、いい作品にしようと尽力してくれた制作陣のみなさまのことを考えると、キャンセルなんて出来ない」

 強い口調のレイミア、それだけ固い意志を持っているということだ。

 アオイが大きく溜息をつく。

「そうね、ただもうひとつ問題があって……彼女の方は明日の出演、それどころかこの曲の歌唱自体、降りたわ」

 その言葉に、初めて表情を崩すレイミア。

「そっか…ミューちゃん……うん、仕方ないよね」

 自分の身を守るのも、大切な決断だ。

 現状、巻き添えを食って命を落とすかもしれない、そんな仕事を回避するのも間違いではないのだ。

 でも、レイミアはとても悲しかった。

「だから明日までに代役を立てないとダメなの……私はこれから何件か伝手をあたってみるわ」

 アオイも、レイミアがこの仕事を断らないことは分かっていた。

 だから自分は明日のイベントが上手く行くよう全力で調整するしかないのだ。

「ええと、新曲を歌うのってレイミアさんひとりじゃ無いんですか?」

 ユメカが確認を兼ねて聞いてみる。

「ええ、わたしとミューちゃん、ふたりで歌う用に作った曲なの、かなり難しい構成だからひとりでは歌えないし……出来ればこの曲は大切な人と歌いたいの」

 作詞作曲はレイミアが手掛けているので、急遽ひとり用にアレンジすることも可能ではあったが、それ以上にレイミアにはこだわりがあった、アオイもそれを知っていたので最初から代役を探すつもりだったのだ。

 大切な人…

「……あ!」

 レイミアが声を上げると同時に、セイガも口を開いていた。

「それだったら、ユメカが歌うのはどうだろう?」

 部屋の中に、沈黙が灯る。

 …

「……え?」

 何が起こったか分からないユメカ

「うん、ゆーちゃんなら大丈夫だよ♪」

「え、いえそれはないよ」

 メイの明るい口調に、即座に反応するが、ただ否定しただけでまだ現状が分かっていない。

 そんな中、レイミアがユメカの手を取った。

「あのね、わたしもね……新しく一緒に歌うならユメカがいいって感じたの!」

 推しの真っ直ぐな瞳が向けられる、これ以上の幸福は無いかも知れない

「あの…その……」

 しかしあまりの出来事にユメカの脳内はパニック状態だった。

「お願いします!わたしと一緒に歌って、ユメカ!!」

「……ハイ」

 今、目の前に最高の笑顔がある、何だろう…これ……

「それじゃ、早速練習しないとね♪ほらほら練習室に行くよ~~☆」

 半ば放心した状態で、ユメカはレイミアに手を引かれて書庫から出て行った。

 残された部屋でアオイが一言、それは自身を落ち着かせるための言葉だった。

「彼女の歌唱力ならきっと大丈夫ね」


   

 昼過ぎから始まった新曲の猛レッスンは、夜まで続き…

 そしてイベント当日がやって来た。

 会場のある場所はレイミアの家からかなり離れていたので、一行は早朝から、専用の大型飛行機で移動をしていた。

「あ~~~~、どうしてこうなったんだっけ?」

 移動中もせわしなくウロウロと歩くユメカは、とても変ではあったが、しかしながら気迫というか、昨日とは違う何かを身につけていた。

「大丈夫、ユメカとならきっと最高のステージが作れるよ♪」

 レイミアは、何か吹っ切れたような、そんな晴れやかな表情だ。

「レイミアさんがそう言ってくれるのは嬉しんですが…」

「ダメ、今日だけはわたしのコトは『レイミア』って呼んで?」

「ええ?」

 驚くユメカの両肩に、レイミアが触れる。

「だって、今日のわたし達は『対等』、なんだから!」

 それはユメカを信じ切った瞳だった。

「うん、わかったよ……レイミア」

 そのまま、ふたりは抱き締め合う、会場まではもう少し、気合は充分だった。


 会場は都市の高層部に広がる多目的フロアを使用している。

 収容人数は1万人近く、開けた場所で周囲には他の高層ビルもあり、狙撃の危険も大きい立地だ。

 会場についてまず、セイガ達はそれぞれの役目を決めた。

「ユメカは参加者としてレイミアさんの保護、俺とメイは舞台の左右に分かれて待機して…」

「オレは会場後方から状況確認と狙撃、だな」

 あまり使いたくはない手だが、狙撃の得意なハリュウに会場全体を見通せる場所に付いてもらうことにした。

 出来れば殺さずに捕まえたいが、もしもの時に手を抜く訳にはいかないからだ。

「一般の通信は傍受される危険性があるから、連絡は額窓を使う、この際気にしている場合じゃないからな」

 ハリュウの言葉に一同頷く、この件はレイチェルにも既に報告済で、許可も貰っている。

『あとの責任は私達が取るから、みんなは全力で彼女を守ってあげてね』

 そんな心強い言葉と

『あと、ユメカさんの歌を聴きたいって何人かはそちらに向かったそうよ?私もこちらでの仕事が無かったら駆けつけたのになぁ♪』

 という不穏な言葉を頂いたりもしたのだが、それはさておき

「本当に、レイミアさんと歌うんだな、ユメカ」

 セイガ達3人の視線はユメカに、正しくはユメカの衣装に注がれていた。

 そこにはネイビーと白を基調とした綺麗なドレス風の衣装、それはとてもユメカに似合っていた。

「うふふ、そんなに見られると照れちゃうね♪」

 覚悟を決めたのか、ユメカは堂々としている。

「あ、それとこれはアオイさんから、少しは役に立つだろうって渡されたんだ」

 ユメカが3人にそれぞれ、ちいさなブレスレット状の物を手渡した。

「これは…収納具?」

 昨日見たアイテムだった。

「そうそう、この中には今回の映像作品である『Variant~暁時にまみえる月は~』の登場人物の装備が入ってるんだって♪ 何かあってもイベントの演出の一環ってコトにすればある程度はごまかせるだろうって用意してくれたの」

 セイガには『ソレイユ』、ハリュウには『エクレール』、そしてメイには『アンジュ』の収納具がそれぞれ着けられている。

「そういえば、ハリュウの名前にも『エクレール』ってあったよね?」

「ま、偶然だろ?」

 ハリュウは気のない返事でいたが、セイガとしてもこの選択には何か意味があるように感じていた。

 何故ならば……

「それじゃ、そろそろみんな持ち場に戻ろ♪」

「そうだな、この隙にレイミアさんが襲われでもしたら話にもならないな」

 そうして、各自が移動して…


「わぁぁぁ♪レイミアさん、綺麗!」

 楽屋に帰るとユメカと同じく準備を終えて衣装に着替えていたレイミアが待っていた。

「ありがとう、メイちゃん♪」

レイミアはユメカと対になるデザインの赤と白を基調にした衣装でふたりが並ぶと、とても様になっていた。

「でも、本当に私が青い方で良かったんですか?」

 ふと、ユメカが思っていたことを打ち明ける。

「ええと私が思うに、この曲のふたりは『赤い太陽』と『青い月』のイメージですけど、内容を見るにどちらかというと月の方に重きを置いてる気がするんですよ」

 新曲は対照的な両者の時には戦い、時には合わさる歌い方がとても鮮烈な曲となっている、ユメカとしては主役はレイミアの方だと思ったのだ。

「そうだね」

「だったら」

「でもね、この曲は最初からミューちゃん…相方を月として考えていたし、今でもユメカの方が合っているとわたしは思っているよ」

 レイミアはふわりと微笑みながらユメカの手を取った。

「…あうあう」

「自信を持って?…ね♪」

「うはは……はい!」

 そんなふたりを見て

「……尊いですね」

 と呟くメイと共にセイガも心の中で拝んでいた。

「みっなさーん! 準備は出来ましたか~♪」

 その時、ドアが開くと、ひとりの女性が元気よく入ってきた。

 栗色の長い髪に、キラキラとした水色の瞳、白くフリルの多いロングのワンピース姿はまるでお姫様のような面持ちだ。

 彼女はこのイベントの司会であり、新作ではヒロインのアンジュ役を担っているタレントの『セクレア・オルツ・ウッドバーグ』だ。

「セスさん、今日はよろしくお願いします」

 レイミアが頭を下げ、それに倣う形でセイガ達も挨拶を交わす。

「出演の皆様やお客様には極力被害が出ないよう万全を尽くしますが、ご迷惑をお掛けするかもしれません、ごめんなさいね」

「そんな、レイミアさんが謝るコトじゃないっすよ、あたし達だってこの作品に掛ける情熱はレイミアさんと一緒ですから…絶対成功させましょ☆」

 とても気さくな人のようで、両手を振りながらにこやかに接してくれた。

「そしてこちらが急遽決まった新人の方っすね、お名前は?」

 セスがユメカをじっと見る、興味津々といった感じだ。

「あは、……はじめまして!私は…ええと『コトコ』と言います、ふふ、セスさん今日はよろしくお願いします!」

 大きく頭を下げるユメカ、今回は一応芸名として偽名を使うことにしたのだが

「今回限りのアーティスト名なの、確か…」

「はい、私が昔…から好きな歌手の方の名前をお借りしました!」

 ユメカが言う昔、というのはおそらく前にいた枝世界の話なのだろう。

 ユメカもまた、ワールドに再誕する前には、どこかの世界で普通に生活をしていたのだった。

 セイガもそのことについてはあまり聞いてはいなかったが、きっと平和な世界だったのだろうと思う。

 ユメカには戦いの気配を感じないから。

「今回限りなんだ~ 勿体ないなぁ、今後も歌手として活躍する気はないの?」

 セスはまだユメカの歌を聴いてはいなかったが、何か感じるものがあったのか気軽に聞いてきた。

「あはは、ご縁があれば歌いたいですね♪」

「そっか、ふたりの歌、今日は楽しみにしてるね♪」

『はい!』

「それじゃあ!あたしはそろそろイベントが始まるから先に行くっすね♪」

 そう言うや否や、風のようにセスは去って行った。

 確かに、もう会場では観客の入場が始まり、イベント開始時間も迫っていた。

「…なんか、凄い人でしたね、ふふ♪」

 でも、とても好感の持てる人だ。

「頭の回転も速いから、イベントではきっと色々助けてくれると思うわ」

「それはとてもありがたいです」

 ユメカがギュッと自分の腕を掴む、緊張しないわけがないのだ。

 でも、となりにレイミアがいる、それが何よりユメカにとっての力になった。

 そんなユメカ達を、セイガは見守ることしかできないけれど、絶対に悪意ある犯人からふたりを守って、イベントを成功させたい。

 そう思うのだった。



 天気は快晴、やや暑いくらいだがとてもいいイベント日和だ。

「ふわ~ ひとがたくさんですね~」

 会場には簡易の椅子が並べられているのだが、そのひとつにその小さい少女は腰を掛けている。

 この会場には似つかわしくない、白と黒のエプロンドレス、所謂メイド服姿、緑色の柔らかそうな髪を後ろでお団子状にまとめている。

「早く始まって欲しいものだな、王は退屈だ」

 その隣には、異様なオーラを纏った金髪碧眼の美形の青年の姿、明らかに高級な服を見事に着こなしている。

「まあまあ、開始まではあと5分ですよ、ユメカさん達が歌うのはイベントの後半なのでまだ時間がありますがね」

 さらに隣には黒いスーツ姿、黒髪に赤い瞳の青年が座っている。

 彼等は『エンデルク・ノルセ・プライム』とその従者『ルーシア』、『テヌート』である。

 ユメカとセイガの友で、今回は急遽歌うことになったユメカをわざわざ見に、ワールドから昇世してきたのだ。

 さらにこのイベントを見に来たワールドの住人がふたり……

「違う世界で歌手デビューなんて、ユメカっちったらズルい! (羨望)」

「ははは、まあいいじゃん」

「ヒロインとして! そーゆーのってオコがやるべきじゃない?(ぷんすこ)」

「何言ってるか分かんないんですけど」

「オコはセイガきゅんが出るかも知れないからわざわざここまで来たのに(何処?)」

「ま、モブ沢が来てるとはセイガも思わないよな」

「モブ沢ってゆーな!(怒)」

 耳を隠すようにアクセサリをつけて、よくしゃべる方が『大沢 多子おおさわ おおこ』、その隣の帽子を被った2m以上の女性が『鬼無里 瑠璃きなさ るり』、共にユメカの友達である。

 ふたりはそれぞれ『ハーフエルフ』と『鬼』なので、プラネットユニシスではその特徴を隠すような恰好をしていた。

 まあ、高身長はどうにもならないが。

「ところで、キナさんの彼ぴは来なくてよかったの?(キョトン)」

「ああ、ノエくんは人が多いところは苦手だからねぇ、きっと…うち達は変な目で見られるしね」

「そっか、そーだよね(ノエくん可愛いし)」

 モブ沢さんはキナさんの彼氏(美少年エルフ)の嫋やかな姿を思い出していた。

「おっ、そろそろイベントが始まるみたいだよ!」

 キナさんが大きな声を上げながら身を乗り出す。

 それを見て2つ横のエンデルクが苦い表情になった。

「煩いぞ、鬼」

「ここでは鬼って言わないでよ、旦那~」

 心外という風ではないがキナさんが非難する。

「知るか、静かにしろ」

 エンデルクが非難を無視して前を向くと、ちょうどステージ上に勇壮な音楽と共に司会のセスが登場したところだった。



「みんな~! こんにちは~!

 今日は期待の新作、

『Variant ~暁時にまみえる月は~』

 のお披露目イベントにようこそ~~!」

 方々から拍手が鳴り響く。


「本イベントの司会はワタクシ

 アンジュ役の

『セクレア・オルツ・ウッドバーグ』がお届けしまっす☆」

 その声と同時に背後の巨大モニターにはセスの姿と、銀髪の可憐な少女の画像が並んで表示された。

 会場からは「セス~~!!」と彼女を称える声があちこちから上がっている。

 彼女もまたこのイベントの主役なのだろう。


「それではまずは早速ですが

 カントクをはじめとした制作陣を

 お呼びしましょうかね?

 せ~~のっ」

『カントク~~!!』

 その声に応えるようにこの作品の監督、演出、作監など数人のスタッフが恥ずかしそうにステージへと現れ、セスとトークを始めた。

『Variant ~暁時にまみえる月は~』はファンタジー世界を舞台にしたアクション超大作で、元々有名な古典作品を新たに映像化したものだ。

 主人公、ソレイユが様々な苦難を仲間と共に乗り越え、最後は父親の仇である悪の親玉を倒すという単純明快ではあるが心躍る物語……

 不思議なことに、それは空想物語ではあるのだが


「ソレイユ・レイナルドは実在するよ」

 それはイベントの前日、レイミアの屋敷でセイガ達4人だけがいた部屋での話だ。

「え?コレって架空の物語じゃないの?」

 ユメカの調べでは、これはプラネットユニシスで昔書かれた幻想小説が元になっている筈…

「ああ、この枝世界では確かにこの物語は空想の産物なのだろうけれど、実は別の枝世界では確かにソレイユは実在して、この物語と同じように活躍しているんだ」

 セイガの『真価』、『剣』には古今東西、沢山の枝世界の剣の情報と、それを用いた達人の技の情報が込められている。

「それってもしかして?」

 メイの問いに

「ああ、俺の技、『ヴァニシング・ストライク』は元々ソレイユの持ち技なんだよ…だからすごい偶然というか、不思議に思ったんだ」

 今回、セイガが借りた衣装もソレイユの姿だった。

「不思議だね? ふふ、そういう話で言うと、実はワールドでは比較的有名な話なんだけど『鎮魂と再生の歌』にも不思議があって……」

 何となく、ユメカの声もひそひそと小声になる。

「うふふ、何故か幾つもの全く違う枝世界で全く同じメロディの『鎮魂と再生の歌』があるんだよ? しかもそれを作ったのは全部『レイミア』って人なの、勿論レイミアさんとは別人だけど……うふ…ね、凄いでしょ?」

「そうなんだー、うわぁそれって絶対何かあるんだよ」

 初耳だったメイとセイガはひどく驚いている、ハリュウは既に知っていたのか特に反応はしなかったが…

「枝世界同士は本来繋がりは無いはずだが、もしかしたらオレ達が知らないだけで、何か縁のようなものがあるのかもな」

 そう締めくくった。

「あ~~~、私が言おうとしてたのに!」

「へへへ」

 そんな話をしていたのだ。


 会場の方では、本編の映像を交えた制作陣のトークが続いていた。

「僕たちは、この作品に関われたことを心から誇りに思っています、だからこそ何があってもこの作品を成功させたい、そう心から思うんです」

 制作サイドからも、このイベントの延期や中止の話は出たのだろう。

 実際に歌う筈だった歌手など、今回のイベントを回避した人もいる、その判断も間違ってはいない。

 けれども、制作者にとって、命を削っても作品を大事にすること。

 それもまた大切なことなのだと、カントクの言葉からは感じられた。


「カントクのありがたいお言葉でした~

 次はいよいよ

 みんなお待ちかねっ

 あのっレイミアさんがこの作品のために作曲した

 新曲の初おめみえですよ!!」

 大歓声、舞台袖のユメカの喉がごくりと鳴る。

 それを見守るセイガも強い緊張を感じていた。

「……」

 無言で、レイミアがユメカの手を握る。

 きっと緊張はしているのだろう、けれどレイミアの瞳は真っ直ぐ前を向いていた。


「それじゃお呼びしましょう

 せ~~~~のっ!」

『レイミアさ~~~~ん!!』

 実は、新曲を歌うのがふたりというのは、制作者など一部の人しか知らない、トップシークレットだった。

 だから、前の歌手の急な降板も知られていないまま、闇に消えたわけだが…

 大歓声と拍手の中、レイミアが登場……

 さらにその後ろに見たことのない女性がいたので会場は期待を上乗せして騒然となった。


「わ~~~~

 レイミアさ~ん♪

 それにその後ろの方は?」

 ステージの中央まで、ユメカはレイミアに手を引かれる形での入場となった。

 皆の視線がレイミア達に注がれる。


「みなさん

 こんにちは~♪

 レイミアです!

 実は今回の新曲は彼女とふたりで

 歌うんですよ?

 彼女の名前は……」

 レイミアの手がそっと離れる、ユメカは一歩前に出て


「こ…

 ここ…

 コトコです!

 よろしくお願いします!!」

 大きな声で立派に挨拶をした。

 舞台袖にいたセイガとしては

(なんかニワトリみたいだな)

 と、少しにやけてしまっていたが、それでもユメカの晴れ舞台はとても眩しいものだった。

 会場の空気も歓迎ムードで、見知らぬ新人が世界の歌姫、レイミアの相方に大抜擢されたことに期待しているようだった。

 そしてその渦中のユメカは……

(スゴイ…輝いてる)

 目の前の光景に感動していた。

 すぐ横には最愛のレイミア、袖にはセイガとメイが見守ってくれていて、探すことはできないがハリュウや、ルーシア達も見てくれている。

 そしてこれだけのお客さんが…レイミアと自分の歌を心待ちにしているのだ。

(コレが、レイミアさんのいる世界)

 ユメカは、その一端を知って、尚更レイミアのことを好きになった。

 そんなレイミアさんを害するモノなんて…絶対に許してはいけない。

 そう、ユメカが考えていたその時、ステージで異変が起きた。

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