会場の傍で、セイガ達は車から降り、その列に加わった。

「これは…物販?」

 以前の経験を頼りにセイガが呟く。

 今回のライブのグッズ販売のため、参加者は並んでいるのだ。

「ふふふ……そう、先行物販♪ しかも今回は物販も特別なのです!」

 4人の中では先頭に並んだユメカが振り返りながら大きく指を上げた。

「グッズ自体は今回限定のTシャツとタオルのみなのです、だがしかしそれとは別にチケットひとりに付き1回だけ引けるプレミアムくじ(無料)が開催されていまして、コレの賞品がっ、まさにっ、プレミアムなのです!」

 ユメカの声にも熱が込められる。

「ハズレ無しで、下位賞は記念のプレート(サイン無し)なんだけど、それだってこの会場に来れなかった人からしたら相当レア物なのです!それから上位賞は直筆サイン入りプレートやレイミアさんの複製不可画像フォト、それに物販のとは色違いのサイン入りグッズ等々……そして!特賞はなんと!!ペア2名様限定、終演後にレイミアさんの楽屋に行けて直接お話ができてその場で複製不可画像を撮影できる権利なのです!!!」

 力説するユメカに対して、周囲から万雷の拍手が送られた。

 ここにいる者は皆、それが欲しくて集まった生粋のファンだからだ。

「それは……凄いな」

 セイガも周囲の様子を見て、その特別さを実感する。

「参加者全員、間違いなく引くとして確率は200分の1…それでも当たる可能性がある限り皆祈らずにはいられないのです……特賞が当たるコト、をね☆」

 真っ直ぐな目でユメカがセイガを見つめる。

 そこには大きな期待が見えていた。

 実は以前にもセイガはこういうくじで大きな賞を引き当てていたからだ。

「なんか…いけそうな気がしない?」

「ううむ、流石に難しいとは思うが……」

「ダメ、こういうのは『当てる!』って最後まで信じた人が当選すると思うの」

 ぐっとユメカが自分の両手を強く握りしめる。

「……そうだな」

 セイガが頷く脇で

「ボク、この手の運は悪いんだよね」

 メイがつい水を差すようなことを口にしてしまう。

「めーーちゃあぁん!」

「あ、ゴメン…ゆーちゃんなら当たるよ、きっと」

 先頭のユメカと後ろのセイガに挟まれるような位置にいたメイがやんわりと微笑む、ちなみに一番後ろがハリュウだ。

「オレが当てればユメカさんと……ぐふふ、両手に花だな」

 ハリュウもすっかり当たる気でにやけていた。

『それでは、時間になりましたので先行物販、及びプレミアムくじを開始します 参加者の皆様はチケットのご準備をお願いします!』

 入口の方からスタッフのアナウンス、いよいよ…この日の命運を握る一幕が降りたのだった。


 セイガ達は全体としては中盤の位置にいる。

 ユメカとしてはもっと早く並びたかった面もあったが…おそらく最前の人などはかなり早くから並んでいたと考えられるので、ここはいっそ気にしないことにしていた。

 まだ直接状況は見えないが、周囲の声や雰囲気で特賞が出たかどうかは予想でき…どうやらまだ、大丈夫。

「あ~~~~、この待ってる時間が切ないよぅ!」

 つい声に出してしまうユメカ

「ボク、こーゆー緊張するのって苦手だなぁ」

 メイも雰囲気に飲まれている

「……ふふふ」

 ハリュウはまだ妄想を続けているようで

「……」

 そんな中、セイガは不思議と冷静でいた。

 自分としてはよく緊張する方だと思う、けれども今はユメカの方が緊張しているからか、温かい気持ちで待つことができた。

(俺がもし当たったら、ユメカは喜ぶだろうな)

 セイガもユメカのおススメということでレイミアの歌をよく聴くようになったし、レイミア自身、かなりの美人だと理解しているが、それでもレイミアに会いたいというよりはユメカが喜ぶ顔を見たいという気持ちの方が大きかった。

 その間にも列は進んでいく、基本的に皆チケット1枚につき1点まで購入可能なTシャツとタオルを買ってくじを引くだけだからだ。

 いよいよ、ユメカの番が来た。

 ユメカは情報端末からチケットの画面をスタッフに見せる。

「Tシャツとタオル、サイズはSで♪」

 そしてスムーズに購入処理をする、これも端末から行うので簡単なのだ。

『それでは、くじをどうぞ♪』

 薄く光りながら浮いている直径1m程の球体、その中にはキラキラと光る紙片が漂っている。

 ユメカはその球体に手を差し伸べる、指先からすっと入っていき…

 狙いを定めて、紙片のひとつを手にする。

「え~~い!」

『プレートになります♪』

「あうあう」

 寂しそうなユメカの手にプレート(サイン無し)が手渡された。

 ユメカは列の外、待機スペースまで引き下がる。

 続くメイ…

「あ~~、プレートだったよ、サインは入ってるけど♪」

「嘘?いいなぁ…」

 プレートを見せながら手を取り合うユメカとメイ…

 そのまま、ふたりの視線がグッズ購入中のセイガへと注がれた。

『それでは、くじをどうぞ♪』

 ここに来て、急にプレッシャーを感じながら、セイガも手を差し伸べる。

 キラキラと舞い散る桜の花弁のようなくじ、セイガの指は自然とそのうちのひとつを掴んでいた。

「……」

 引き抜く、球体から出た途端、紙片が虹色に煌めいた。

『! おめでとうございます! 特賞です!』

「……え?」

 喜びと悲しみ、その両方が混ざった歓声が会場を包んだ。

『こちらに説明が御座いますので、必ず確認の上、終演後に指定の場所までお越しください☆』

 スタッフの案内でどうやらチケットの情報が更新されたようだ。

 セイガは狐に摘ままれたような表情で待機スペースまで移動する。

『おめでとうっ!』

 ユメカとメイの声

「ああ……うん」  

 今でも信じられないのか、セイガの声に力が無かった。

「あ~~~、オレもプレートだったわ」

 セイガの後ろからハリュウが圧し掛かる。

「よし、それじゃあ一度会場から離れよっか♪」

 4人は移動するが、周囲の視線はセイガへと注がれたいた。

「ところでセイガさん?」

 メイがそわそわしながらセイガを見上げる。

「その特賞ってペア…つまりもうひとり参加出来るんだよね?……誰を誘うの?」

 ユメカはメイ以上にそわそわしていたが、それに気付かれないよう、平静を装おうとしていた。

「……」

「この場だったら、いくら払ってでも欲しいって奴ばかりだろうけど、みんな様子を窺うばっかりで声を掛けてこないのな?」

 ハリュウの言う通り、周りの目線が痛いくらいセイガに注がれていた。

「それはね、レイミアさんが転売とかそういうのはして欲しくないって普段から言ってるからだよ」

 少しだけ、落ち着いたのかユメカが説明する。

「だったらそもそも…こんなくじなんてしなけりゃいいのに」

「そうなんだけど、純粋にくじを楽しんで欲しいとか、色々あるんだよきっと」

 元来このライブ自体がプレミアで、転売対策はしているとはいえ、稼ごうと思えばそれは出来たのだろうけれど…

 ここには誰一人、そんなことをした者はいなかった。

 だからこそ、セイガの動向を皆が気にしているのだ。

「俺は、最初からユメカに渡すつもりだったのだが…それでいいかな?」

 セイガがハッキリと言う。

「……ありがとう…すごく嬉しい」

 ユメカが両手で顔を隠す、期待はしていたとはいえ、やはり直接聞くその言葉が嬉しかったのだ。

「……だよね、ゆーちゃんが一番レイミアさんに会いたがってたもんね」

「もしかしてメイも欲しかったのか? だったら俺の」

 セイガの言葉を止める。

「ううん、ボクは大丈夫だからセイガさんとゆーちゃんで行きなよ♪ あとでその時の話を聞かせてね?」

 メイはそう言うと先頭を歩いた。

 会場のファンは少しだけ落胆しながらも、気持ちを切り替えライブを楽しむことにしたのだった。



「どうしよう、レイミアさんと逢ったら何を話そう?」

 開場前、ユメカは終始そのことで頭がいっぱいになっていた。

 セイガ達は今回の黒いライブTシャツとタオルに身を包み、会場前の人だかりの中に戻って来ている。

「まあ、それもいいけどライブをどう楽しむか…今回はオールスタンディングなんだろ?」

 会場の広さはキャパ300人くらい、参加者は200人なので、ある程度スペースはあるのだが、とにかくステージの近く、前に行きたいとなると、どうしても窮屈になったり開演中ぶつかったりするからだ。

「一応、女性他用の優先エリアが脇にあるんだけど……今回、私達の番号が意外と良いんだよね」

 会場へは、整理番号順に入場する、セイガ達は連番でそこそこ前の方、最前は狙えないがある程度は前にも行ける、そんなポジションだ。

「折角なら4人一緒がいいなぁ」

 メイの提案、セイガも同意だった。

「後ろや端っこに行くのも手ではあるよな」

 多少後ろからでもライブは楽しめる。

「でも……私はレイミアさんの近くに行きたい…な」

「だったら俺とハリュウが左右から女性二人を守る形で行けばいいと思う」

「ま、そうだな♪」

 そうなることを予想してたのか、セイガとハリュウがニヤリと笑う。

「じゃあ、私が狙うポイントまで案内するからみんなついてくる形でいい?」

 ユメカが3人を見渡す、そこにはもう、逡巡はない。

『了解』

「ボクもそれでいいよ♪」

 それぞれが笑顔、そうして行動指針は決まったのだが

「でもレイミアさんに何を話したらいいんだろう?」

 ユメカの悩みは尽きないようだった。


『レイミア・ラサム』

 プラネットユニシスで現在、最高の歌姫として知られる存在だ。

 その噂は密かにワールドでも知られており、ユメカのようにワールドから昇世してまで見に来るものも珍しくない。

 今回は200名というごく少数でのライブだが、普段なら10万人以上を集めることも多く、同時配信も含めればかなりのファンが世界中にいる。


 そして本日、たった一夜の宴の門が開いた。

 開場と同時に、チェックを受けた整理番号の者から急いで中へと進む、走るのはご法度だが、みな急ぎ足になってしまう。

 セイガ達は打ち合わせ通り、ユメカを先頭にして、フロアのステージ寄り中央へと雪崩れ込んだ。

 どうにかいい位置、ステージがはっきりと見える場所へと着いた。

「これから…前後左右から圧がくるから気を付けて」

「ああ」

 下手(しもて)からセイガ、ユメカ、メイ、ハリュウの順で並ぶ、ユメカとメイは半歩前にいて、左右後ろを男性陣が守るような形だ。

 メイとしては、本当はセイガの隣にいたかったが、そうなるとハリュウがユメカの隣になって、それはそれで不安だったのだ。

 メイがふと横を見ると

(この、裏切りやがって)

 と言わんばかりのハリュウの顔、それにそっぽを向くとセイガが何となく居づらそうに首を曲げていた。

 どうしても各人の距離が近く、ふとしたことで触れてしまうのだから、意識しない方が難しいだろう。

 ただ、ユメカはこのあとのライブと終演後とで既にドキドキなので、そちらに意識は向いていないようだった。

 メイは軽く溜息をつくと、ステージを見上げた。

 運良く、メイやユメカの身長でもレイミアの姿が見えそうだった。

 そうして… 


 照明が落とされる。

 無人の、何も置かれていないステージ。

 天井に近い所にある大きなモニターから、映像と音楽が流れる。

 モニターには白い海鳥がこの海上都市ミスミに向かう映像が流れている、街中を、走り去る車の合間を疾走するように飛んでいき。

 街の下層部、いよいよ見慣れた建物、このライブハウスへと辿り着く。

 そして、画面が変わりカウントダウン……

 表示に合わせて観客も大声で時を刻む……

『3!…2!…1!…!』


「いくよ!

 あたらしい世界へ!!」


 レイミアの掛け声と共に無人だったステージにバンド編成とマイクが出現する。

 白い羽がひとつ、そのマイクの上からひらひらと現れ、床へと落ちた。

 途端、そこには白い衣装を纏った長い金髪の美女が現れる。

 見る者を圧倒させる力持つ翡翠色の瞳が観客を魅了する。

 右手の人差し指で天を示すと高らかに


『NEW∞WORLD』!!

 

 それと同時に演奏が始まった。

「いきなり『NEW∞WORLD』だよっ!」

 歓喜のあまり、ユメカが傍らのセイガの胸板を左手で叩いた、右手は曲に合わせて振り上げているからだ。

 セイガも、メイもハリュウも準備していたペンライトを振る。

 会場全体が波のようにうねりながら、盛り上がる中、歌が始まる。

 そこからは、本当に夢のような時間が続いた。

 レイミアの歌声はとても綺麗で、聴く者の心の深くまで届いた。

 さらに、様々な曲調、それぞれに印象を変える歌い方は絶妙でしかも衣装も曲毎に一瞬で変化して、まるで魔法を見せられているような演出……

 レイミアはダンスも上手で、横幅10mほどのステージ上を縦横無尽に駆け回りながら歌い、踊り続けていた。

 MCも最低限で、ほぼノンストップで歌い続けるレイミア、バンドメンバーも観客もそれを追いかけるように夢中で走り続ける。

 凄い体力の消耗の筈だが、不思議と観客も演者も皆疲れた表情をしていなかった。

 それほど、このライブが楽しかったからだろう。

 セイガも時には前後の人とぶつかったり、ユメカに足を踏まれたりしたが、そんなの気にならないくらいに熱中した。

 何度か泣きそうになりながらも笑顔で応援するユメカ、はじめてでも心底楽しそうに動くメイとハリュウ、そして目の前で光を放ちながら歌うレイミアの姿…

 約二時間、時には会場の熱気にもみくちゃになりながら、セイガ達も全力でこの一夜限りの特別なライブを堪能したのだった。



「はぁ……スゴイ、ホントスゴイライブだったよ…ふふっ」

 通常の公演が終わり、フロアではアンコールを待つ声が響いている。

「そういえば……今回ユメカは泣かなかったね」

 声を潜めてセイガ

「あはは…今回はレイミアさんがあまりに近かったから…そっちに夢中だったのかも、それにめーちゃん達の前で泣いちゃうのはまだちょっと恥ずかしいのだ」

「ゆーちゃん、呼んだ?」

「ううん、ナンデモないよ」

 ユメカは一息つくと、コールをしながら大きく右手を振り続けた。

 セイガは少し気になる面もあったが、まずはアンコールに集中することにする。

 セイガから見て、メイとハリュウは初めてのライブだと思うのだが、ふたりとも十分満足した、そんな微笑みだった。

 ふと、ステージに灯りが点る。

 今度はステージ脇からひとりずつ、バンドメンバーが戻ってきて、最後に歓声の中、レイミアがステージ中央に帰ってきた。


「みなさん!

 アンコール、本当に

 ありがとうございました!」

 レイミアが大きく頭を下げる。

 長い金髪はサイドでひとまとめにして、服装は色違いの白いライブTシャツを色々改造したものを着て、下はライブ中のスカートのままだった。


「今回は曲をとにかく詰め込んだ

 少々無茶なセトリでしたが

 みなさんはどうですか?

 楽しかったですか?」

 肯定の声が会場に響く。


「ありがとうございます!

 でも折角アンコールも頂きましたし

 みんなまだまだ大丈夫

 ですよね!」

 その声と、歓声と共にアンコールでも曲が披露され……

 そして


「みなさんに

 最後にお話したいことがあります」

 レイミアが神妙な声でそう告げると、ステージにいたバンドメンバーが次々と退出していく。

 その雰囲気に、会場も静かになる。


「このライブは

 すべて

 わたしのワガママから生まれた

 そんなライブでした」

 レイミアは一度、目を瞑り、息を吸う。

 セイガには、目の前の女性が、ライブ中はあそこまで圧倒的な強者のオーラを持つレイミアが、今は儚い少女に見えた。


「今回のライブは配信があるとはいえ

 この場に来たくても来れなかった

 沢山のファンのみなさんがいて

 心苦しい人も

 多くいたと思います

 その点は

 本当に

 ごめんなさい」

 ライブの前には、心無い憶測がネットで流れたりもしたのだ。


「それでも

 転売などひとつもなく

 このライブが成功したこと

 それはすべてみなさんのお陰です」

 もう一度、レイミアが頭を下げる。


「わたしは

 この街で生まれて

 このライブハウスにもとてもお世話になりました

 だからこのステージで

 この距離でみなさんの前で歌いたかったんです!」

 それが、ただ一つの彼女の願いだった。

 会場が、その想いに触れ、各所で泣き声がする、そして


「だから……ふえっ」

 そこでレイミアも感極まって泣き出してしまった。

 そもそも、レイミアは非常に涙もろく、本公演中はけして泣くことはないがアンコール後はボロボロに泣いてしまうことでも有名だったりする。

 そういう意味では今回は長くもった方だともいえた。

 数分後、ようやく涙を拭うレイミア


「…ごめんね……

 やっぱり泣いちゃいました」

 その表情はくしゃくしゃになりながらも、とても美しかった。


「気を取り直しまして

 みなさんに

 此処から最後に

 ありがとうの気持ちを込めて

 この曲をうたいたいと思います

 聞いてください

『鎮魂と再生の歌』」


 沈黙

 演奏は当然、無い

 レイミアは大きく息を吸うと

 万感の想いを込めて

 歌った

 それはとても綺麗な時間

 悲しくもどこか最後に希望を持てるような曲

 レイミアは歌い続ける

「わたしの魂は

 あなたと共にある」

 それを知って欲しかったから……


 レイミアが歌い終わった時、会場はとても温かい拍手と歓声で包まれた。

 それはレイミアの想いが伝わった証拠であり、みんなの心がひとつになった瞬間であった。

 再びバンドメンバーが戻ってきて、大歓声の中、出演者全員で大きく頭を下げる。

 そうして、大成功のまま、ライブは終演した。



 ファンの方々ほうぼうが、満足顔で会場を後にしていく。

 そんな中、セイガとユメカは会場のエントランスの一角の待機スペースにいた。

 特賞が当たったからである。

 ハリュウとメイには先に外で待っていて貰っていた。

「はぁぁーー、結局何も思いつかなかったよぅ」

 ユメカの肩が震えている、セイガからしてもここまで緊張しているユメカを見るのは初めてだった。

「俺はユメカとレイミアさんの楽しそうな話を聞ければそれで嬉しいよ」

「ありがと、でも絶対私…レイミアさんに会ったら絶対正気を保てないと思う」

「ははは、『絶対』って何だかメイの口癖みたいだ」

 セイガも緊張はしていたが、強敵と戦うことを想定して、気合を入れることにより、なんとか平静を見せていた。

「本当に、とても素晴らしいライブだったな」

「……うん、そうだね」

 帰り路につくファンの、それぞれ満足そうな笑顔…

 誰にとっても最高の思い出になる、そんなステージだった。

「私は、レイミアさんの覚悟…みたいなのを感じられて…すっごく嬉しかった」

 ユメカの心からの笑顔、それを見ることができただけでセイガも幸せだ。

「だったらそのことをレイミアさんに伝えればいいのではないかな?」

 きっと、レイミアも喜んでくれる、そうセイガは確信している。

「ふふ…そうだね♪もし言葉が出なくなったらセイガも助けてね」

「ああ、了解だ」

 ひとり、またひとりと観客が帰っていき、あれだけ熱狂に満ちていた会場が静まり返っている。

 そんな中、ひとりの女性が近付いてきた。

「『セイガ・ラムル』さんと『ユメカ・サワタリ』さんですね、おめでとうございます♪」

 伊達メガネだろうか、大きく丸い眼鏡を掛けたグレーのスーツ姿の彼女こそ…

「あ、カサハラさん! マネージャーさんですね♪」

 レイミアのマネージャーである『アオイ・カサハラ』だった。

 ユメカはその辺の情報にも詳しいのた。

 短めの青い髪に細身の体、真面目そうな顔立ちでスーツがよく似合っている。

「ご存じでしたか、レイミアさんの準備が出来ましたのでご案内しますね」

 事務的にそう告げると、アオイが前を歩く。

 年齢は20代半ばくらい、おそらくレイミアと同じ程だろう。

 因みにレイミアは年齢非公表なのだが、路上ライブの頃から逆算して、おそらくこれくらいだろうと一般的には受け取られている。

「ここです……入りますよ?」

 軽くノックをすると

「どうぞ♪」

 と綺麗な声が返ってきた。

 やや大き目なドアをアオイが開くと、ふたりを中へ招いた。

「あ……あ」

 ユメカがフリーズしている、それも仕方ないだろう

「どうも、お疲れ様です♪」

 そこにはアンコール時の衣装のままのレイミアが立ったまま部屋の中央で待っていてくれたのだ。

 メイクは流石にし直したのだろう、とても整っている。

 因みに、近くで見ても10代後半くらいにしか見えないほど、その姿は若々しく綺麗な肌をしていた。

「今日は本当にありがとうございました☆」

「こちらこそ、とても素晴らしいライブ、楽しかったです」

「はい!全部良かったです!最高でした!」

 レイミアも嬉しかったのだろう、ニコニコしたままセイガ達へと近付く。

「あ! おふたりってこの前のスカイアリーナの時も来てくれましたよね?」

「え? あ、はい」

「ええ……ってええ!?」

 まさか、覚えられているなど露にも思っていなかったふたりは驚く。

「……見えてたんですか?」

 ユメカが信じられないといった表情で聞いてみる。

「はい、2階席の前の方にいらしたでしょう? 仲良さそうな雰囲気だったのも、ちゃんと覚えてますよ♪」

 まさかの記憶力とその言葉にセイガも愕然とした。

 戦闘力とは違う、何か敵わない…そんな風格を彼女からは感じていた。

「おふたりは恋人同士、ですか?」

 そしてその言葉にもセイガは打ちのめされる。

「あ、いえ……」

「友達!仲のいい友達です」

 ユメカの言葉からもダメージを感じてしまう。

「そっか………」

 レイミアが何かを隠すように両手を振る。

「え?」

「なんでもないですっ、おふたりはこういう場所ははじめてかな?」

 改めて、セイガ達は楽屋の様子を見る、やや簡素な個室、だが壁面には沢山のアーティストのサインが直書きで並んでいた。

 レイミアが、そのひとつを指差す。

「これがね、8年前…初めてここでライブをさせて貰った時のサインなの♪」

 そこには、ちょっと拙い線で描かれた小さなサイン、まだ世界的に有名になる前のレイミアの字だ。

「懐かしいですね」

 珍しく、アオイが声を出していた。

「え?カサハラさんってこの頃からマネジだったんですか?」

 ユメカも初耳だった。

「ええ」

「アオイちゃんには事務所に入ってからずっとお世話になってます♪」

 すました表情のアオイだったが、レイミアの声に反応する間、ずっと嬉しそうにセイガには見えた。

「そろそろ、写真を撮りましょうか」

「えーーーー? 折角のファンとのふれあいだからもっとお話したいよぅ」

 何だか、セイガ達というよりレイミアの方が喜んでいるようだった。

「あ!あの…今日のライブ本当に素晴らしくて…私も今度ライブをする予定なんですけど…レイミアさんの今夜のは私にとって理想のライブでした! 私もあんなふうに…なりたいです!」

 ようやく、ユメカがずっと温めていた本心を言えた。

 心臓がバクバクと音を立てている、世界の歌姫に対して結構な物言いに聞こえてしまうかもしれないが…ユメカは謙遜せずに言い切った。

「ええと…」

 レイミアが手元の端末を確認する。

「ユメカさんも歌を?」

「……はい」

「良かったら今度、聴かせてね♪」

「……はい!」

 そのままふたりは固く手を握り合った。

 そんな光景を見ることができて、セイガも嬉しかった。

「はいはい、早く写真を撮りますよ?ひとりずつがいいですか?それとも3人で撮りますか?」

 アオイが間に入るようにしてこの場を仕切る。

 流石にレイミアのことだ、次の予定もあるのだろう。

「えっと…どうしようセイガ?」

「俺は3人一緒が嬉しいかも、記念になるし」

「そうだね、それじゃあ3人でお願いします!」

 レイミアを中心に、セイガが右、ユメカが左側に立つ。

 レイミアは身長160cm以上あったので、この並びだと階段のような感じだ。

 いちばん背のちっさいユメカがレイミアに近付こうと背伸びをする。

「ポーズはいいですか?」

 アオイの声にセイガが困るが、見よう見まねでふたりと合わせて…そして

「いきますよ~~」

 アオイが端末を構えたその時、背後のドアから何者かが侵入してきた。



「なっ!」

 セイガが真っ先に反応、とっさにレイミアとユメカの前に立つ。

「何者ですか? 警察を呼びますよ!?」

 アオイが毅然とした態度を取る。

 全員が即座に感じたのは…敵意だ。

 それは全身を金属製の軍用スーツで固めた、正体不明の存在だった。

『退け』

 それはレイミアを守ろうと立ち塞がったアオイを弾くように排除した。

 アオイは勢いのまま壁に当たり倒れ込む。

「アオイちゃん!」

『レイミア…こっちに来るんだ』

 銀色の巨体、2mほどのそれがレイミアへと

「させるか!」

 セイガはアンファングを取り出すとそれに切りかかった。

『五月蠅いっ屑が!』

 それは左手でセイガの剣を受け止めた。

 さらに右手を突き出し、実弾を発砲する。

「くっ!」

 セイガは何とかそれを防ぐが、狭い室内での銃撃、危うい状況だ。

「…すいません」

 先に、セイガが謝った、ユメカはそれでセイガの真意に気付いたのか、レイミアの手を引いてアオイの元へと進む。

『俺のレイミアに触るな!!』

 それ、どうやら声を加工しているが男のようだ…がレイミアへ向けて激しく両手を伸ばす。

 しかし、その前にセイガが渾身の一撃を

「ヴァニシング。ストライク!!」

 赤い奔流となりてその男ごと外へと、壁を壊しながら突進した。

 大音響、騒然とした雰囲気が会場に走る。

『糞が!』

 建物の裏口、機材などの搬入のためのスペースがある場所にセイガ達はいた。

 外はもう夜になっていて、煌びやかな照明が街を包んでいた。

「諦めて捕まれ! もう逃げ場はないぞ!」

 このままならすぐに誰かが来るだろう、レイミアとユメカの安全さえ守れれば…

 セイガにとってはそれが全てだった。

『死ね!』

 男が両手を前に出すと、幾つものミサイルが現れ、セイガ目掛けて飛来した。

 下手に逃げればライブ会場など建物にも被害が出るだろう。

「はああぁぁぁ!」

 セイガが集中する、ミサイルは見えない刃のようなもので真っ二つに切り落とされ、その場で爆発した。

『貴様!』

 男はセイガに背を向けると裏口に置いてあった一台のフライングカーに乗り込む、どうやらそれで会場ここまで来たらしい。

「逃がすか!」

 セイガが叫ぶが一度飛ばれたらこの街ではフライングカーには多分追いつけない。

 焦りながら攻撃しようか迷うが、その時

「助けに来たぜ相棒!!」

 頭上から、見知った声……ハリュウがフライングカーに乗って現れたのだ。

 空中でドアが開く、セイガは瞬時に移動すると中に乗り込んだ。

「助かった……ナイスタイミングだ」

「急な破壊音で、イヤな予感がしたからな……おい!あの前の車を追え!」

 ハリュウの指示で前方にいた男の車にターゲットサインが表示される。

 逃がすわけにはいかない、追跡さえすればきっと…

 その時、セイガの額窓に着信があった。

『セイガ!そっちはどう!?』

 ユメカだ、緊急事態ということでこの世界の端末ではなく額窓を使用している。

「今、ハリュウが持ってきてくれた車でヤツを追っている」

『良かった♪』

 そう言いながらスクリーン上のユメカも不審者のフライングカーを確認する。

「カサハラさんが警察機構に犯人の情報を送ってるの、これで車の特定もできるしもうすぐ無力化できると思う」

 そう、フライングカーの制御は都市部で管理しているので、特定さえ出来れば捕まえたも同然なのだ。

「よし!」

 セイガが前方の車を睨む…そして異変に気付いた。

 犯人の車は止まるどころか、急にスピードを上げ、周りのフライングカーを強引に抜き始めたのだ。

「おいおい!アイツ、手動操縦に切り替えやがった!」

 ハリュウが焦る、このままでは犯人を逃がしてしまう可能性が高いが…

「こうなったらオレ達も追うぜ!」

『無理です、許可は出来ません』

 フライングカーがハリュウの命令を拒絶する。

『無茶だよ!こんな状況で操縦したら事故っちゃうよ!』

 ユメカの指摘通り、徐々に離れていく犯人の車もいつクラッシュしてもおかしくない挙動をしていた。

「大丈夫だ!オレを信じろ!!」

 ドンと操縦桿をハリュウが叩く、無理矢理にでも操縦する、そんな意思を剥き出しにしていた。

『分かりました、手動操縦を許可します』

 その声は、レイミアだった。

「え?」

 すると、セイガ達の車のスピードが上がり始め…

「よっしゃ!動くぞ!」

 ハリュウの手に合わせてフライングカーは飛翔した。

 前方には犯人の車、それに四方八方の構造群とそこを行き交う車達、一瞬のミスが命取りになる状況で……

 ハリュウは笑っていた。

「セイガ、どこかにしがみ付いとけよ!」

 運転席に座り、集中する。

 目の前を別の車が横切る。

「うわっ!」

 セイガも声が出てしまうが、それを見事に躱すとハリュウはさらにスピードを上げる。

 前方の大型フライングカーを左に大きく移動しながら抜かす。

 その勢いでセイガの体が流される。

 一方の犯人もこちらに気付いたのか、振り切ろうと上空へと逃げた。

「逃がすかよ!」

 車列を飛び越し、2台が進む先には巨大な構造物。

 犯人はギリギリでそれを回避すると一気に落下した。

「こなくそ!」

 ハリュウもまた、同じように錐もみしながら地上を目指す。

 再びフライングカーが整然と進むエリアに飛び込む2台……

 光の渦の中を疾走する。

「……うぷ」

 セイガは自分が高速移動する分には平気なのだが、どうも閉鎖された、自分以外が運転する乗り物には過敏なのか…かなり気持ち悪くなっていた。

 そんなセイガを無視して、続く建物の間を急カーブで降り行く2台

「うおおおおお!!」

 ハリュウの方はこのチェイスに完全にハマっていた。

 少しずつだが、2台の距離が縮まる、ハリュウの方が操縦技術で勝っていた。

 そして2台は海上都市ミスミの底辺、巨大な柱が並ぶ土台へと舞い降りた。

 ミスミは島から作られたのではなく、海上に固定された風船のようなものなのだ。

 必要があれば海からパージして自律移動も可能である。

 障害物は一気に減った。

 夜の海上を犯人の流線型の車が疾走する、用途と型式の違いだろう、最高速度ならば犯人のフライングカーの方が上だ。

 しかし

「増援だ!」

 警察機構の車だろう、沢山のフライングカーが堰き止めるように2台を囲もうとしていた。

 車と車の間にはネットのような光が見える。

『前方の車に命ずる 抵抗をやめ停止しなさい!』

 サイレンの音と、機械音が海上に鳴り響く、これで万事休す。

 の筈なのに、犯人の車はさらにスピードを上げた。

「おいおいおい!」

『…死ね』

 確かに、そう聞こえた。

 犯人の車から、一条の光線が放たれ…前方を守っていた車を焼き切った。

 警察の車はそのまま爆発、落下する。

「あの野郎!」

 ハリュウが最高速度で踏み込む。

 犯人の車は今の攻撃でエネルギーを消耗したのか、スピードは落ちている。

 ただ、警戒した警察の車は退避行動に出ていて、セイガ達だけが犯人を追う形となってしまった。

「……行けるか?」

 犯人に迫りながら、ハリュウが確認する。

「ああ、大丈夫だ」

 セイガが答え、フライングカーの中から走る。

 そして、消えた。

 再び現れたのは犯人の車のすぐ前、100m程を瞬時に移動したのだ。

「いけえ! ファスネイトスラッシュ!」

 セイガの鮮烈な一閃、それは犯人の車を捉え、切断した。

 そのまま、犯人の車は海上へと落下し、大きな水柱を上げた。

「よっしゃぁ!」

 おそらく、運転席には当たっていない筈、セイガの見事な攻撃だった。

 セイガは犯人の車の上に降り立つ、そして状態を確認すると、手にしたアンファングで外壁を切り取った。

 犯人の男を救出するためだ。

 しかし…

「嘘……だろ?」

 そこには、誰もいなかった。

 落下するまでは確かに人の気配はあった。

 それを頼りにセイガは車を切断したのだ。

 だが、車を開けるその一瞬の間に、男は姿を消したのだった。

 それはまるで、この世界から消えたかのように……

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