もうひと・F  ~もうひとつの真なる世界で For first-time users~

中樹 冬弥

 世界は、青く澄み渡っていた。

 4人の若者はその蒼穹に届かんばかりの、高く、斜めに伸びた巨大な木の幹を長い時間を掛けて登ってここまで来たのだ。

 竜樹、黒光りする樹皮の幅だけで10m以上あるだろう、傾斜は40度ほど、かなりきつくはあるが徒歩で進むことができる。

 高さは2000m以上、枝は主に下へとぶら下がり、根元に近い部分はその重量を支えるためさらに太くなっていて、その姿はまるで天を目指し吼える竜のようだ。

 そのため、この場所は竜樹の尖塔と呼ばれている。

 そんな稀有な場所に、彼等が挑んでいるのには勿論、理由がある。

「やっと……辿り着いた、これが竜樹のうろ…だよな?」

 先頭を歩くは若い男性、短く切られた黒い髪と、黒い瞳が特徴的な背の高い青年、見るからに誠実そうな雰囲気だが、それだけではない何かを感じさせる男だった。

 彼の名は『聖河・ラムル』、この4人の中ではリーダーと言える立場だ。

「ふふ、そうだね…それにしてもここまで厳しい山登りになるなんて思わなかったよぅ」

 セイガのすぐ後ろに続いていた少女が大きく息を吸う。

 その背格好は身長182cmのセイガと比べると…とても小さい。

「……すまない、ユメカ」

 彼女の名は『沢渡 夢叶』、年の頃は十代後半くらい、お洒落な薄紫のパンツにサスペンダーをつけて、トップスは白地に花柄の七分袖のブラウス、靴はスニーカーだがこんな場所に来るのにはとても軽装に見えた。

 さらさらと柔らかい茶色の髪を後ろで丸めてまとめ、毛先は薄桃色に染めている。

 光の加減によっては紫にも見える黒い瞳は、意志の強さを感じさせた。

「いいよ♪大体さ、そもそもこの冒険は私が受けたものだし……ね☆」

 ユメカはそう言うと、セイガと後ろのふたりにちょっとだけ申し訳なさそうに顔を向けた。

「ボクも……激しい運動は絶対苦手だけど、これも修行だと思えば何とかなるよ?それに景色が良いのは確かだもんね~」

 ユメカよりは年若い少女がにこりと微笑む。

「めーちゃぁぁん♪」

 ひしと抱きつくユメカに対して、少女はちょっとだけよろめく。

「ゆーちゃんっ、そんなに強くこられると落ちちゃうよぉ」

 彼女の名は『メイ・フェルステン』、腰にまで届く長く綺麗な黒髪が特徴的だが、幼げな茶色の瞳など歳相応の元気さ、可愛らしさの方が勝っている風だ。

 青いワンピースに足を守る白いズボン姿、背中には大きな弓を背負っている。

「おととっ」

 ふらふらと動く女子ふたりを最後尾に控えていた男が軽く支えた。

「おいおい……ここまで来て落下とかマジ勘弁だぜ?」

「むぅ…ハリュウってばそんなコト言いつつこの状況、役得とか思ってない?」

 いち早く、メイが男からすり抜ける。

「な!?」

「…確かに、えっちな目をしてる気がするよ?あはは」

 ユメカもやんわりと手を伸ばし、ハリュウから離れてジト目で見上げた。

 彼の名は『破龍・Z・K・エクレール』、背はセイガよりやや低いが、体格はよりがっしりとしている。

 金髪に赤い瞳、美形と言えるだろうが、その雰囲気はかなり軽そうだった。

「えっちなのは良くないぞ、ハリュウ」

 セイガが戒(いまし)めるが、どこか羨ましそうに見えるのは気のせいだろうか。

 ハリュウもそれに気づいたのか、軽く笑うのみだ。

 そんな会話も終わり、足を止めた一行の目の前には、巨木に穿たれた大きな穴、洞がある。

 竜樹の一番上にある洞の中……それこそがセイガ達の目的地だった。 

「さあ……行こう!」

 セイガが最初の一歩を踏み出し、4人はそのまま青空の下から、仄暗い穴の中へと入っていった……


 安全を確認しながら、魔法による明かりをつけて一行は洞の中へ…

 暗転、視界が慣れてくるとようやく世界が見えてきた。

「うわぁぁ♪」

 最初に、ユメカが感嘆の声を上げる。

 洞の天井部に、何やら金色に光るものが、無数に付いている。

 それがキラキラと輝き、あたかも夜空を照らす星々のように見えたのだ。

「宇宙みたい、凄い、綺麗、カッコいい!」

 星をなぞるようにユメカが指を動かす、セイガもメイも感動しながらその光景をみつめている。

「アレが竜琥珀か……結構な量だけど、ホントに一番上にしか出来ないんだな」

 ハリュウが思い出しながら言葉を発する、道中にも幾つか洞は存在していて、念のためそちらも調べていたのだが、そこには竜琥珀は無かったのだ。

上野下野こうずけしもつけさんの話だと、竜樹の樹液と、高い高度のより純粋なマナが反応してはじめて竜琥珀になるのだそうだ」

 セイガ達の目的はこの希少な竜琥珀を依頼主に渡すこと…

 長い登山?の末、ようやくお宝に巡り会えたのだ。

「どうしよう?ほとんど天井にあるから採るの大変そうだね?」

 メイが困りながらつぶやくと、傍らから声が聞こえた。

『成れば、某が採取致しましょうか?』

 それは、緑色の古い巻物だった。

「マキさんが採ってきてくれるの? それはいーかも♪」

 ユメカが労うようにふわふわと浮いている巻物を撫でた。

『擽ったいです、ユメカ殿……それと某のことは「新緑山水鳥獣絵巻しんりょくさんすいちょうじゅうえまき」とお呼びいただきたいのですが』

「だって長くて呼びにくいんだもん」

『ね~♪』

 ユメカとメイの声が重なる、ちなみに『マキさん』と命名したのはメイだ。

 マキさんは絵巻物の付喪神…長らく大切にされていた結果、意志を持った存在で、今は故あってメイに仕えている。

『……仕方ありませんね』

 マキさんが諦めたのかそのまま天井へと飛び上がる……

 しかし

「待った!」

 セイガが制止する、今まで静寂を保っていた洞の中…

 マキさんに反応したのか、変化が現れたのだ。

 まずは…風、本来対流など無かったのに、いきなり渦巻くかなり強い風……

 それから…気配、風の中心部に……何かがいる。

「これは、ボスモンスターかも、気をつけろ!」

 ハリュウが手持ちの武器、木製の槍を構える、モンスターというのはこの世界の自然ならざる存在……その大抵は人類に悪意を持っている。

 さらにそのボスともなれば……相当の脅威になりかねない。

「来い、アンファング!」

 セイガが叫ぶ、すると彼の目の前に『剣』の文字が光りながら浮かび上がり、それと同時に刃渡り50cmほどの発光する小剣、アンファングが現れた。

 セイガはそれを手に取ると、渦の中心に対して光を浴びせた。

 そこには

 金色の大鷲の上半身と、白い獅子の下半身を持つ大きなモンスター、グリフォンがその雄々しい姿を見せていた。



「おいおい…今更グリフォンかよ、オレ達の相手にしては物足りないぜ」

 ハリュウが明らかに落胆を含めて言い放つ。

 体長は4m近く、かなりの威圧を感じるが……

 セイガにとっては貴族等の紋章で目にしたことのある、あの伝説の存在を直接見ることが出来た喜びの方が大きかった。

 風が止んでも、グリフォンは動かない、それはまるで彫像のように美しかった。

「ま、さっさと倒してお宝を回収しようぜ!」

 ハリュウが攻撃を仕掛けようと一歩踏み出した。

 その瞬間、

「クワッ」

 グリフォンの攻撃が炸裂した。

 セイガ達の前方全てが金色に包まれる…それはグリフォンが纏った黄金色のオーラで神速の突進を繰り出したのだ。

 躱す暇もなかったセイガ達は洞から吐き出されるように外へと飛ばされる。

 それだけでも大きなダメージなのに、このままでは…

「!」

 セイガは空を舞いながらも状況を把握する、近くには運良くユメカとメイがいた、グリフォンの技発動の際、躱せないまでも防ごうと力を放出した結果、後ろにいた女子二人にはダメージはそれ程行かなかったらしい。

 幸運に感謝しつつ、セイガは右手でユメカの、左手でメイのそれぞれの手を掴み、体を捻ると瞬間的に木の幹へと舞い降りた。

「大丈夫か!?」

 近くで改めて見ても大きな傷は見当たらない。

「うん、ありがとっ大丈夫♪」

「ボクも…ケガとかは無いデス」

 ふたりはセイガの手を放し、自分の体を確認する。

 その間、

「オレの心配もしてくれぃ!」

 ずっとグリフォンはハリュウを空中から攻撃していた。

 鋭い嘴と爪、それらが武術の達人の技の如くハリュウを襲う、空中ではハリュウに不利で防戦一方だった。

 そしてグリフォンはハリュウを逃がすつもりはないらしい。

「今行く!」

 セイガが飛び出そうとした刹那、セイガの気配を感じたのか、グリフォンはハリュウを嘴で突き上げ、その勢いのまま傾斜の上、洞の手前に着地する。

 相当の手練れだ。

「くそっ、はぁっ…意外に強いじゃねえか……このグリフォン!」

 初手の突進のダメージ、さらに連撃を受けてハリュウの息は荒い。

「いがグリくん、だね☆」

 何かに(ユニークな)名前を付けるのが好きなユメカが嬉しそうに指を立てる。

「いや…そんな可愛いものじゃあ……無いだろう」

 セイガがユメカとメイを守るように前へ出る、最初に感じた威圧感…そして今までの動き、気を抜けばどうなるか分からない、それほどの強敵だ。

「行くぜ!」

 ハリュウが先手を取るべくグリフォンへと向かう、それに合わせて

「高速剣!」

 セイガがグリフォンの背後に現れる、恐ろしいまでの移動速度だ。

 グリフォンは4本の足を巧みに動かしてセイガとハリュウ、ふたりを叩いた。

 そのまま真上に逃げる、しかし

『降陣風雷!』(ダブル)

 メイとマキさん、ふたりが同時に唱えていた御業が発動して、大きな風と幾重もの雷がグリフォンを襲った。

「さすがメイちゃん♪ ふふふ、こっちも頑張らないと、ね」

 両手を組み、祈るユメカの前が光り輝き、セイガとハリュウに力が注がれる、ユメカが回復と防御の魔法をかけたのだ。

「ありがとう! 俺達も『真価ワース』を出し惜しみしている場合じゃないな……来い、狼牙!」

 セイガの目の前に再び『剣』の文字が浮かび、セイガはアンファングをしまい新たに現れた長い日本刀に持ち替えた。

「是が『空』だ!」

 ハリュウが叫ぶと同時に『空』の字と共に木槍が黒い光に包まれた。

 『真価』、この世界の住人がそれぞれ選び持つ大いなる力。

 セイガの『剣』は様々な剣とその技を使うことが可能であり、ハリュウの『空』は強力な攻撃技、大気滅殺拳を使うための力だ。

 ユメカも魔法を使うために自らの『真価』を使っていたりするが、それについて今は詳しく説明しないでおく。

弩窟盧波どくつろうは!!」

 ハリュウが木槍を振り上げると共に、黒い水のような波動がグリフォン目掛けて放たれる、セイガもそれに合わせて狼牙で斬りかかった。

「クワッ!」

 グリフォンの姿が微かに揺らめく、そして…

『躱した!?』

 セイガとハリュウの声が重なる、グリフォンは恐ろしい速さでふたりの攻撃を回避したのだ。

 そして4人はグリフォンの姿を見失ってしまった。

「こうなったらっ」

 メイが次の御業の詠唱を始める。

『メイ殿、それはもしかして?』

 メイがニコリとしながら両手を上げる。

「覚えたばかりの…とっておきだよ! シュニー ブルーメ……」

 メイの『真価』、『花』の字が詠唱と共に浮かぶ。

「危ない!」

「……え?」

 セイガが手を伸ばす、しかしその前にメイの眼前に現れたグリフォンがメイを蹴り上げ、メイは幹の外、中空へと投げ出されたのだった。

「いやあぁぁぁぁ!」

「メイっ!!」

 セイガが空を駆け、メイを抱え上げる…そしてグリフォンから逃げるようにかなり下の方、竜樹の中腹へと降り立った。

「メイっ……痛いところは無いかっ?」

 蹴られた際に、服の一部が裂け、布にも…うっすらと血が滲んでいる。

 早く上に戻ってユメカに回復してもらわないと…

「セイガさん、ダンケ♪ うう……ケガの方は…ダイジョブ」

 無理をしているのか、メイの顔が赤い。

「大丈夫な訳ないだろ、こんなに顔も赤いのに」

 セイガの手にも無意識に力が込められてしまう。

「はぅ…ええと……痛みはそれほどじゃあないんだけど」

「…だけど?」

 メイが俯く、

「セイガさん、胸…触ってる」

 確かに、セイガの手はメイの胸の所に添えられていた。

 道理で、とても柔らかいはずである。

「す、スマン!!」

 急いでセイガは手の位置をずらす、お互いに動悸が激しくなっているのを感じる。

「ボクは……セイガさんなら…~……っ」

 メイの最後の声はとても小さくてセイガには届いていなかった。

「まずはユメカの所に行こう! そうしなきゃ!」

 セイガはメイを抱き上げたまま、所謂お姫様抱っこの状態で竜樹を駆け上がった。


 頂上付近、洞の前ではハリュウがどうにかグリフォンの猛攻を凌いでいた。

 グリフォンの方もそれなりにダメージを抱えていたが、それ以上にハリュウの方がボロボロだった。

「おせえよ……ま、無事でよかった」

 ユメカの方には傷はない、おそらくハリュウが頑張ってくれたのだろう。

「めーちゃん! 早くこっちへ!」

 セイガはユメカにメイを託すと、ハリュウの元へと赴いた。

「あとは…任せてくれ」

 油断があったのかもしれない、しかしそれ以上にグリフォンは強かった。

 今こそ、全力を出す時だ。

「聖河・ラムル……参る!」

 セイガの体を赤と黒の流れが包む。

 体を捻り、渾身の突きを繰り出す。

「ヴァニシング・ストライク!!」

 赤い奔流がグリフォン目掛けて突進する、グリフォンもまた全力の形態、金色の彗星となってセイガと衝突する。

 衝撃が両者に走る。

 さらに両者はその状態を維持したまま空中で何度もぶつかり合う、それはまるで赤と金、ふたつの流星が競い合って飛んでいるようだった。

「…ボクも、やらなきゃ」

「めーちゃん?…ダメだよ、まだ動いちゃ」

 竜樹の幹ではユメカがハリュウとメイを治療していたのだが、そんな中、メイは再び戦おうとしていた。

「ううん、ボクがセイガさんを助けないと……今はボクしかいないんだから」

『某も助力しますぞ』

「うん、そうだね♪」

 上空の激戦を見上げながら、メイが詠唱を始める。

 ユメカも止められないと気付いたのだろう、優しくメイの背後に回り、その小さな体を支えた。

「…シュニー ブルーメ アイン リヒトブリッツ……」

 大切なのはタイミング、グリフォンだけを狙わないと。

 メイは弓を引く時の感覚で天壌を見た。

「今だ! 雪花一閃!!」

 『花』の『真価』が閃き、雪のように白い大きな刃が打ち上がる。

 それは狙い違わずグリフォンの体を切り裂いた。

 グリフォンの翼は落ちて、その切り口からは白い雪の花弁が舞い落ちる。

「…綺麗……」

 グリフォンは翼を失い、金色のオーラも弱まっている。

 その体躯に、最後のセイガの突進、ヴァニシング・ストライクが落とされた。

「クワぁぁァ!」

 最期の声を上げ、グリフォンは地上へと沈んでいく。

「…強い、相手だった」

 セイガが皆の待つ幹の上へと降りてくる。

 近くで見たグリフォンは最後…笑っているようにセイガには見えた。

「なんかちょっと可哀そうだね、いがグリくん……」

 ユメカが両手を結んで、地表を見下ろした。

 ふと空から金色の羽がセイガの手に残る、モンスターを倒した証拠、ドロップアイテムだ。

「金鷲獅子の羽根…か、ありがたく貰っておくよ」

 セイガはその羽根を懐に入れると、洞の中へと再び向かった。


 

「それでゲットしたのがこの竜琥珀、なのじゃな?」

 話が一通り済んで後、店主が拳大ほどの金色の宝石、竜琥珀を手に取り、明かりに透かした。

 ここは楽多堂らくたどうという、道楽を追及した店である。

 店主である『上野下野』は長い銀髪に紫色の瞳、相当の美形であった。

 けれども、その名前、口調などから分かるように、只者ではない。

 竜樹の尖塔での一件の翌日、セイガ達は揃って今回の依頼主である上野下野の元に赴いたのだ。

 店を入ってすぐ、玄関と廊下が続く店内、その廊下の中ほどに置かれたカウンターに5人が並んでいるのでこの場は少し狭かった。

「はい、思った以上に大変でした」

 セイガが息を吐く、語ってみて尚更…あの時の綺麗な景色とグリフォンの強さに心動かされていたのだ。

「まあ、今回は難易度が高いからこその依頼じゃったからのう」

 店主は実際は無い顎髭を擦るように指を動かしていた。

 彼は何故話し方がジジイ言葉なのか……

「でもこれでOKなんでしょ?上野さん♪」

「メイちゃん、儂の名前は『上野下野』でひとつなのでその呼び方は良くないの」

「あ、そうだった……ごめんね上野下野さん」

 その名前が本名なのかも分からないが、それらはきっと店主の拘りなのだろうと、セイガ達は納得することにしていた。

「ふふふふ…さあ、こちらはちゃあんと依頼を果たしたわよ、シモちゃん☆」

 ユメカが店主に大きく指を突き付けて言い放つ、心なしかいつも以上にテンションが高いようにも見える。 

「おおふ、ユメカさんから『シモちゃん』と呼ばれるとは…幸せが過ぎるわい」

 どうやらユメカはわざと店主が喜ぶようにしていたようだ。

「確かに、この品質及び量ならば充分条件は満たしておるの、完璧じゃ」

「やったぁ♪」

 満面の笑みのユメカが店主とハイタッチを交わす。

 セイガから見てもここまで喜びを露わにするユメカの姿は珍しい気がする。

「それで……成功報酬はキチンとあるんだよね?」

 そわそわしながらユメカが店主を見つめる。

 どうやら、その報酬こそがユメカの心を騒がしている要因なのだろう。

 ユメカ以外の3人はその点を詳しくは聞いておらず、とにかく手を貸して欲しいと竜樹の尖塔まで同行したのだ。

「ほっほっほっ……モチのロンじゃよ♪」

 言葉と共に作務衣の襟元から店主が4つの板片を取り出す。

 余談だが店主は顔立ちは日本人離れしているが、和風のものが好みで、この店舗兼住居の楽多堂も日本家屋を改装したものである。

 板片は何かの情報端末のようだった。

「ふ~~ん、額窓ステータスほどでは無いけれど、かなり便利な代物らしいな」

 今まで黙っていたハリュウの目の前に不意に青い額縁のようなものが浮かび上がった。

 彼はそのまま板片のひとつを手に取り額窓をかざす。

 額窓、それはこの世界の住人が持っているもので、自分の状態や身分を表したり、様々なデータを入手したり、所持品を仕舞うことができたりする非常に便利な道具である。

「なるほど、これはチケットか」

 額窓の解析結果……

「そう!しかもコレはただのチケットじゃありません!倍率1万近いまさに壮絶な関門を越えて当選した激レアものなのです!!」

 ユメカが自分の分の端末を大きく掲げる。

 端末は4つとも当選を証明するデータが入っていた。

「それって……とても凄いな、ユメカのことだからこれもアレだ…レイミアさんのライブ?なのだろう?」

 レイミアというのはユメカがずっと推している歌姫の名前だ。

「そう!!今度のライブは何とレイミアさんの故郷にあるライブハウスで行われる同時配信はあるとはいえリアルでは招待数200名というプレミアムライブなのだぁぁ!!」

 ユメカは一息で語ると、余韻に浸るように夢見心地の笑みを浮かべた。

「それは絶対スゴイね、ホントよく当たったね♪」

 メイもようやくその凄さに気付き、ユメカの両手を取って上下に振った。

「ま、儂に任せればこんなものよ……と言いたいところじゃが、今回は儂は何もせんくての、これを用意してくれた奴の話だと『きっと当たる運命だった』とのことじゃ、ほんに良かったの」

 店主の話だと、竜琥珀が必要だったのがそのチケットを用意してくれた人だったらしく、お互いに良い取引になったのだという。

「でもさ、コレってプラネットユニシス…ってことは『この世界じゃない』よな」

「うん、そうだよ…うふ♪」

 ハリュウの問いにユメカが当然とばかりに微笑む。

 それはセイガもかつて行ったことのある、『ここ』ではない別の枝世界なのだ。

 

『もうひとつの真なる世界』


 セイガ達のいるこの世界はそう、呼ばれている。

 別名『ワールド』ともいうこの世界は非常に特殊な場所だ。

 セイガはそれを改めて教えて貰った時のことを思い出していた。

 


「世界は大きく分けるとふたつの種類があります、セイガ君…分かりますか?」

 セイガは木の机に座っていた。

 そして目の前には黒いタイトスカートにガーターベルト、黒いストッキングを履いた若い女性の姿……

 腰まで届く青い髪は先でまとめられ、歩くたびにふりふりと揺れる様子は海豚のようにも見える。

 眼鏡の奥の青い瞳は理知的で、歩きに合わせて強調される白いワイシャツから透けて見える体のラインは非常に蠱惑的だった。

 セイガはそんな美女にみつめられ、緊張しながらも

「はい、レイチェル先生……真世界と、枝世界……です」

 そう答えた。

 レイチェルと呼ばれた女性はそれに満足しながら頷く。

「正解です♪ 真世界の方はまだまだ謎も多く、説明の難しい面もありますから、枝世界とは違うという事だけ覚えておいて貰えばいいわ」

 セイガ達のいるこのワールドは真世界ではあるのだが、今現在そこにいる者たちでさえ分からないことだらけなのだ。

 そもそも、セイガ達はずっとワールドにいたわけではない。

「枝世界……それは私達が元々いた世界、私達は再誕してはじめて自分たちのいた世界以外にも無数の世界が存在する事を知りました」

 セイガも、ユメカもレイチェルも、それぞれ別の世界からある時突然ワールドに訪れ…再誕した者だ。

 セイガも最初は自分の状況が分からず、しかも元の世界での記憶もかなり欠落していて戸惑ったが、レイチェルやユメカをはじめ、様々な人と出会い、経験を重ねてここまで生きてきた。

「それでは、どうして枝世界と呼ばれているか説明出来ますか?」

 手にした指示棒を唇に当て、レイチェルが小首をかしげる。

「ええと……枝世界は誕生から今まで、幾つもの可能性の数だけ分岐して似たような世界、並行世界が存在しています、その枝分かれしながら増えている様子や、幹ともいえるワールドと区別するために枝世界と呼ばれてます…でしたっけ?」

 セイガ自身もこのワールドに来てから学んだ言葉が多いので、ややおっかなびっくりという様子だ。

「ふふ、大体正解です。真世界を幹に例えるのは初耳ですが、そういうイメージもあるかも知れませんね。枝世界が分岐するのは大きな揺らぎが発生した時など要因は幾つかありますが認識としてはセイガ君のいうように可能性の数だけ、ほぼ無限に存在していると思っていてくれて大丈夫よ」

 枝世界は多種多様な様相、そしてその中でさらに分岐をして幾重にも存在している。

 だから、再誕したセイガ達が自分のいた元の枝世界を特定して帰ることは非常に困難なことなのだ。

「このワールドだけでもとんでもなく広大なのに…ここからは枝世界に行き来することができるなんて、とても素晴らしいですよね」

 ワールドは分岐をしない、そしてワールドでは他の枝世界の観測や往来が可能なのだ。

 だから、ワールドも真世界だと定義付けられている。

「そうね、すごく素敵な事……ですよね、でも…だからこそ留意しないといけない事象もあるわ」

 セイガの目の前で豊満な胸が揺れる。

「セイガ君、どうしたの?」

(気をつけなければいけないこと……)

 セイガはずっと、ぼーっとしていたが少し違和感を感じていた。

「ねぇ……こちらを見て?」

 レイチェルが机に手をついて、上目遣いをしている。

 眼鏡を直そうと手を動かした際、白いワイシャツの襟が微かに開く。

(眼鏡……って俺はこんな姿のレイチェル先生を実際には見てないっ)

「これは…」

「セイガ君……」

 レイチェルの細い指先がセイガの顔に伸び

「これは妄想だ!」


「わぅ!」

 セイガは思った以上に大きな声を上げたのだろう、目の前で手を振っていたユメカがビックリしている。

「あっはは♪ どうしたのセイガったら……寝てた?」

 どうやら枝世界のことを思い出し整理しようとして、過去の記憶と妄想が混合されてしまったらしい。

「すまない…最近楽しい日々が続いているからか、少し弛んでいたようだ」

 勝手に妄想して変な行動を取らせてしまったレイチェル先生に心の中で謝りつつ、セイガはチケットを手に取った。

『レイチェル・クロックハート』は実在するワールドの先生である。

 ワールドには再誕した人達の教育と補助を行う機関『学園』があり、レイチェルはその教師として沢山の人にワールドでの知識を教える講義を行っているのだ。

 セイガが調べてみると、レイミアのライブは3日後の夕方から行われるようだ。

 ワールドと枝世界では一部例外はあるが、ほぼ同じ時間が流れている。

「3日後か、楽しみだな♪」

「うふふ、もう今からワクワクが止まらないよぅ☆」

「ボクも直接会うのは今回がはじめてだから、なんだかすっごく嬉しいな」

「ミーハー共め」

 一見興味無さそうなハリュウだが…

「それじゃあハリュウは楽しみじゃないの?」

「馬鹿野郎、こんな美人と逢えるんだ、興奮するに決まってるじゃないか!」

 別の意味で喜んでいるようだった。

「ああ、そういえばアルザスの奴もそう遠くないうちにプラネットユニシスに行くつもりらしいぞ?」

 店主が意外なことを口にした。

『アルザス(さん)が?』

 あまりに意外だったので、ハリュウ以外の3人の声が被る。

 アルザスというのはセイガ達の知り合いだが、友達というよりは好敵手というか、セイガにとっての大きな壁のような存在だ。

「剣聖であるアルザスがどうしてあの世界に……」

 奇しくも同じ『剣』の『真価』を持つアルザス…しかも向こうは『剣聖』の称号を持っているので彼に対してはセイガはどうにも気になってしまうようだ。

 セイガの知る限り、プラネットユニシスは平和な世界でアルザスが望む、戦闘力の高い強敵がいるようには思えなかった。

「今度は軍隊とでも戦う心算じゃないか?」

「ほっほっ、詳しくは知らんがね、何やら調べ物があるようで儂の所に来たんじゃよ…アレの性分としては軍隊よりも1対1で戦える強者を求めてそうじゃがな」

 話によると、アルザスは様々な枝世界の達人と戦うためによく世界を渡っているそうで、セイガとしては心に残るものがあった。

「レイミアさんのライブとは関係無いから、私達とは会えなさそうだよね」

「……そうだね」

 ユメカはあまり気にしてなさそうだったが、メイは少しだけ間を持って答えた。

「? ホントはルーシアやエンちゃんたちも誘いたかったけど仕方ないよね」

 ルーシアというのはユメカの友達で、エンちゃん…エンデルクに仕えている少女だ。

「流石に4枚取れただけでも奇跡的じゃからの」

「うはは、そうだよね…ルーシアたちはまた今度、レイミアさんの大きなライブがあった時に誘うとしよ♪」

「それがいい、この4人で行くのも勿論楽しみだけれど、またエンデルク殿達とも旅がしたいから」

 セイガにとってはエンデルク達は尊敬できる友達だった、友達と言うとエンデルクは嫌がるかも知れないが…

「まずは3日後が最優先、だよ♪」

 そうして、各自報酬であるチケットを手にして、4人は帰路についた。



 北の昇世門、ここはそう呼ばれている。

 ワールドから枝世界へと移動するには、行き先の枝世界を設定するための鍵と、鍵の所持者を運ぶための門が必要なのだ。

 霊峰グランディアの麓、緑の草原の一角にある白い石造りの門…

 ここから4人は歌姫レイミアのいるプラネットユニシスへと旅立つ。

「はぁ~~、ここに来るのは久しぶり、だね」

 大きく深呼吸してから、ユメカが感慨深く呟く。

「ああ、本当に」

 セイガとユメカにとって、ここはある意味忘れられない場所だった。

「さあ、さっさと行こうぜ!」

 その雰囲気を知ってか知らずかハリュウが先頭を切って門の下へと走り出す。

「そういえば、めーちゃんはここははじめて?」

 ゆっくりと先を歩くメイに、ユメカが不意に尋ねた。

「うん、こういう風に枝世界に行くのは、ボクははじめてだよ」

 メイの長い髪が風に揺れている、かつて咲いていた白い花は、今はその葉を青々と伸ばしている。

「…どうかしたの?」

 メイは、ユメカとセイガの様子がいつもとちょっと違うことに気付いた。

「ふふ……なんでもなーい♪ セイガも一緒にいこっ?」

 ユメカが手を伸ばす、セイガはその手を取る、とても柔らかくて温かい…

「あ、ボクもボクも~♪」

 セイガのもう片方の手をメイが取る、口調こそ軽かったが、緊張しているのか、セイガには少し汗の湿りと手のこわばりをメイから感じた。

 両手に花状態のセイガが門の下に着くと、4人はそれぞれ持っていた鍵…金色の金属のプレートを取り出した。

『確認 昇世するのはこの4名で間違いないですか?』

 どこからか柔らかな声が聞こえる、おそらく昇世門の機能なのだろう。

「はい、大丈夫です」

 代表して、セイガが答える。

『最終確認、準備の方は宜しいですか?』

 各自頷いたり、声を上げる、静寂が広がり

『それでは昇世を開始します カウント10…9…』

 門の周りが光り輝く、本格的に起動したのだろう。

 4人とも、声は出さないが…緊張と期待が見える。

『5…4…』

 今日はきっといい日になる、そうセイガは思った。

『1…0』

 光が4人を完全に包み込む。

『それでは、良い旅路を』

 そして世界はかたちを失った。



 最初に気付いた時、そこは薄暗い洞窟だった。

 足元に小さな祠があるが、今は徐々に光を失っていっている、それよりも

 日の光と、海の臭いと、潮風が呼んでいる。

 セイガ達は出口と思われる方へ歩き出す、その先には

『うわわあぁぁぁ♪』

 感嘆の声が自然と溢れた。

 ここは崖の中腹に開いている窪みだったのだ。

 まず目に入ったのは、何処までも広がる青い海、それからその先には

 天まで届きそうな構造物の群れ、綺麗な建物の塊が海上に設置されていた。

 クリスタルのようにキラキラと光っている。

 それは都市であり、かなりの人が生活しているのだろう。

 構造群のあちこちを飛行する物体を確認できる。

 セイガがかつていた世界、それより遙かに優れた技術がそこにはあった。

「いつ来ても、こっちは未来都市って感じだよね、ホントかっこいい~」

 ユメカはレイミアに会うため、何度かここには来ているがそれでもこの景色には感動するばかりだ。

「ひえ~~、ボク、こんなの初めてみたかも」

『これは凄いですな』

 メイとマキさんは驚きのあまり硬直している。

「ところで……ライブがあるのはあの都市なんだろ?」

「ああ、そうだな」

「どうやってここからあそこまで行くんだ?」

「……あ」

 セイガはハッとした。

 ハリュウのいうことはもっともだ、そもそもこの崖から外に出るのも容易ではないだろう。

「ふふふ……こんなコトはすでに織り込み済みなのですよ♪」

 ユメカが余裕の笑みで額窓を出す。

 閑話だが、ワールドにいる者はワールドだけでなく枝世界に移動した際にも額窓や自分の力…そもそも居た枝世界特有の法則に則った能力を行使することが出来る。

 それを『世界構成力』と呼び、それがあるのでセイガ達はそれぞれ別の世界の人間であっても会話などが問題なく可能なのだ、そしてそれはこのプラネットユニシスでも通用する、世界同士を繋ぐとても便利な力なのだ。

 閑話休題、ユメカは額窓を操作すると、手に取っていたチケット、この世界の携帯端末が鳴動した。

「それは?」

「へへ、ちょっと待っててね♪」

 ひとまずすることが無いので、セイガ達はそれぞれ景色を眺めながら静かに時を待つ。

 そうして5分程すると、前方から何かが近付いてくるのが分かった。

 それは無人の乗り物、長さ5m程の車のような物体だった。

 ユメカ達の前に綺麗に制止すると横のドアが開く。

「これは、この世界の乗り物なのか?」

 セイガが前にこの世界に来た時も大小のこういう飛行する乗り物を使っていたので、なんとなく理解は出来たがつい尋ねてしまう。

「うん、今回のためにレンタルしたんだ♪ 全部自動で動くから安全だよ~」

 とはいえ、地面と車体の間は少しだけ開いているので、乗り込むのはちょっとの勇気が必要だ。

「うう…足を滑らせたら、絶対大変だよね」

 特にメイは自動車も知らない世界で育ったので、恐怖の方が大きかった。

「あ、ダイジョブだよ~、みんなが持っている端末には重力制御の安全装置も付いているから落下するコトはないんだ☆」

 プラネットユニシスはその構造上、高所があちこちに存在する。

 落下事故に対する安全策は非常に多く、今では交通事故と落下事故はほぼゼロなのだという。

 一度紐付けられた個人と情報端末とは切り離すことがほぼ出来ないという面も心強い。

「つまり、このチケットを失くす心配もないの?」

 メイが首を傾げながら端末を見やる。

「うふふ、そう♪目的地を設定すれば迷子にもならないし安心安全なのだ~」

「えへへ、それは絶対大丈夫だね☆」

 方向オンチで、どちらかと言えば忘れ物も多いメイとしては夢のような話だった。

 メイはぴょんと嬉しい足取りで乗り物、フライングカーに乗り込む。

 続いてユメカ、セイガ、ハリュウの順で乗ると、ドアが自動で閉まった。

『乗車確認、それでは目的地に向かいます』

 アナウンスの後、軽やかにフライングカーは海上都市へと走り出した。


「ライブ会場までは、あと15分くらいだね……ふふ」

 海上都市ミスミ、基本的に全てのフライングカーは都市部がその制御を行っており、全ての乗客が渋滞も事故も無く目的地へと移動することができる。

 降りた後も自動で格納施設へと送られる点も安心だ。

「あのね……みんな今回は本当にありがとうね♪ 私のワガママに付き合って貰っちゃったし……でもすっごくね…嬉しいんだ♪」

 ユメカが改まって、セイガ達を見渡す、その表情はとても晴れやかだ。

 車内はなかなかに広く、座席もあったがセイガ達は各々思う場所で立っている。

「ふふふ、みんなはどう?楽しめそう?」

「ああ、俺は前もレイミアさんのライブ?を見たけれど…とても楽しかった」

 いち早く、笑いながらセイガが答える。

 隣で窓から外を眺めているいるメイを見ても同様に楽しそう。

 ハリュウは何やら前面のコンソール類を眺めていた。

「そっか☆ でも遊んでばっかりだとセイガの修行の邪魔になってないかな?」

 ユメカの眉が少しだけ揺らぐ。

「毎日の鍛錬は怠っていないから大丈夫だよ」

「そうそう、最近はメイの家の建築の手伝いまでしてるんだぜ、コイツ」

 視線はパネルを追いながらハリュウがからかう。

 メイは今、ユメカの家に居候しているのだが、自分だけの家が欲しいとの要望を受け、セイガの家の隣に新しい住まいを用意しているのだ。

「中を見られるのはちょっと恥ずかしいけれど、助かってます♪」

 ワールドでは手早く建築する方法もあるが、メイのこだわりか、今回は建築家と大工を雇ってひとつずつ作業をしている。

 時間は掛かるが納得できる方法だった。

「それに……俺が強くなりたいのは」

「それがセイガの目指す、『カッコいい』だから? うふふ♪」

 セイガの言葉を遮るように、ユメカが覗き込む。

 その視線にセイガは恥ずかしさを覚え、視線を逸らした。

「ああ、俺は俺が誇れる自分でありたいと…そう思うんだ」

 それに…

 セイガの目標、それは

(ユメカを狙う、どんな敵からも守れるくらい……強くなりたい)

 そう、セイガは考えていた。

 ここでは多くは語らないが、ユメカの『真価』には大きな秘密がある。

 もしその秘密が世界に知られる事態になれば、ユメカの命に危険が及ぶほどの重大な事項……

 セイガは全力でユメカとその秘密を守る、そう決めていたのだ。

「だからユメカは気にせずに…ずっといて欲しい」

「セイガ……うん、わかったよ」

 照れくさそうにユメカがネックレスを指で転がす。

 この日のユメカはライブ向けにおめかしをしていて、髪は少し高い位置でまとめたツインテール、アイボリーの半袖ブラウスに長いネックレスを掛けている。

 黒いデニムのホットパンツと足にフィットするタイプのサンダルとで動きやすさを重視したスタイルだった。

 そんなユメカの姿を改めてセイガが意識する…と

「ねぇ! さっきからハリュウはどうして機械を見てるの?」

 メイが、わざと大声を上げてハリュウの背中をたたいた。

 皆の注意がそちらへと向かう。

「あ? そりゃコイツの仕組みを調べてんだよ、手動だとどうやって操作すればいいかは大体わかったぜ!」

 ハリュウが嬉しそうにグッドサインを出しながら振り向く。

「操作って……ハリュウってば見ただけで運転とか出来るの!?」

 ユメカが心底羨ましそうにハリュウを見つめる。

 ユメカ自身はどちらかと言えば器用な方だが、何度も練習してものにするタイプ、所謂努力家な面が大きい。

「オレは天才だからな、それと元々飛行機とか空を飛ぶ乗り物が大好きだから理解が速いのも当然あるけれど、…とにかく一度コイツも動かして見たいなぁ」

 ハリュウが操縦桿と思われるパーツを手に取る。

「ダメだよ?都市部ここで許可無しに手動運転するのは禁止なんだからねっ」

「はいはい分かってますよ」

「でも、空を飛びたいってのは共感できるなぁ♪」

「だよな!」

「私も小さい頃は鳥とか虫になりたかったもん!」

「……ゴメン、それは分かんない」

 先程述べたように、都市部では何万ものフライングカーが完全制御されている。

 そんなデリケートな空間で、勝手に手動運転をすれば事故は免れないだろう。

「俺だったら、この環境で運転するのは流石に怖いな」

 外を眺めるセイガ、すぐ傍を幾つものフライングカーが並走している。

 セイガもかなりセンスがいいのか、物覚えがとても早い。

 それでも安全面を考えると手を出そうとは思えなかった。

「寧ろ、こんな状況だから飛ばしてみたいんだが…ま、それはいっか、そろそろ目的地に着いたようだぜ♪」

 ハリュウの伸ばした指の先、そこには人が300人ほど入れる程の大きさの四角い建物、会場であるライブハウスがあった。

 入口の前には既に100人以上が集まっている。

 ここからでも分かる、そこは熱気に包まれた……戦場のような場所だった。

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