第13話

時は、午後2時過ぎであった。


またところ変わって、イオンタウン内にある大垣共立銀行の支店にて…


あらたがデスクワークに取り組んでいた時であった。


あらたのもとに上司の男性がやって来た。


上司の男性は、ものすごくもうしわけない声であらたに言うた。


「京田くん。」

「なんでしょうか?」

「そのままでいいから話を聞いてくれるかな?」

「あっ、はい。」

「この前、京田くんにあと1年だけここにいてと言うたけど…急に都合が悪くなったので予定変更になったのよ…」

「なんで急に都合が悪くなったのですか?」

大垣ほんてんに勤務している若い衆をここに移すことが決まったのだよ…今江くんは、付近の公園で発生した殺人事件で特別手配容疑者になった上に、過去に暴力団関係者の男ともめ事を起したなど…深刻なトラブルを抱えていたのだよ…」

「それで、今江をクビにしたのですね。」

「ああ。」

「それで…私はどうなるのですか?」

「今から、京田くんにお知らせを伝えるから聞いてくれるかな?」

「ちょっとその前に…こちらからお話がございます。」

「それだったらまず、ワシが伝えるお知らせを聞いてからにしてくれ〜」

「それはなんですか?」

「だから、今からワシが言うから聞け!!…あのな、お知らせと言うのは…」

「またよその会社ヘ出向しろと言うことでしょ…」

「ちがうのだよ…大垣ほんてんからうれしいお知らせだよ!!」


あらたは、ものすごくしかめた表情で言うた。


「うれしいお知らせなんてあるわけないよ…」


上司の男性は、ものすごく怒った声であらたに言うた。


「京田くんは、どうして素直によろこぶことができないのだ!?」

「素直によろこぶことができないって…」

「京田くんは、大垣ほんてんに移ることがそんなに不満か!?」


あらたは『不満はありませんが…』と言うたあと、上司の男性に対して『残念なお知らせがあります…』と言うた。


「課長…私は…ミテジマ商事をやめたと同時に、ここもやめることにしました。」

「やめる…なんでもったいないことをするのだ!?」

「もったいないって、どう言うことですか?」

「ミテジマ商事をやめたあとはここ(大垣共立銀行)に籍が移るだけだよ!!」

「ですが、私は銀行のお仕事にあきました。」

「銀行のお仕事にあきたとはどう言うことだ!?」

「単にあきただけですよ~」

「ったく、京田くんはどこのどこまで甘えているのだ!?」

「課長は、私にどうしてほしいのですか!?」

「わしは、京田くんにここ(大垣共立銀行)にいてほしいと思って大垣ほんてん人事たんとうしゃに頼んだのだよ!!」

「頼んだって、何をですか?」

「だから、大垣ほんてんの正社員で働けるようにお願いしますと頼みに行ったのだよ!!」

「私は、そんなことは一切頼んでいません!!」

「わしは、京田くんにここ(大垣共立銀行)でずっと働くことができるようにと思って大垣ほんてんに頼みに行ったのだよ!!京田くんが1日も休まずに小さなことからコツコツと積み上げてがんばって来た…大垣ほんてんのひとはコツコツと努力した人にきてくださいと言うてるのだよ!!」

「私は小さなことからコツコツと積み上げてがんばりました!!ですが、正社員で登用されたいと言うことは考えていませんでした!!」

「それじゃあ、どうするつもりだ!?」

「それをこれから話そうとしたのですよ!!」


上司の男性は、ものすごくつらい表情で言うた。


「ああ、なさけない…なんで京田くんはわしの思いを打ち砕いた…」

「課長の思いとは、なんでしょうか?」

「京田くんがここ(大垣共立銀行)にずっといてほしいだけだよ…京田くんは、正社員になりたいから今までがんばって来たのだろ…大垣ほんてんの正社員になったら、お給料が倍に増えるのだよ!!終身雇用で安定したロウゴが待ってるのだぞ!!」

「もうその話はあきましたよ…もういいですよ…こんなことになるのだったら、ここへ来るのじゃなかった…」


あらたは、はき捨てる言葉を言うたあとロッカーとデスクの整理を始めた。


上司の男性は、あらたに対して怒った声で『恩知らず!!』と言うたあと外へ出た。


時は、夜8時頃であった。


またところ変わって、名古屋大須にあるあらたの実家にて…


広間に置かれているテーブルに亜弥子あやこ晃代てるよがいた。


いさおは、早めに床についたのでここにいなかった。


あらたは、黒の手提げと小物類がぎっしりと詰まっている大きめの紙袋を持って広間に入った。


あらたは、つかれた表情で亜弥子あやこ晃代てるよに言うた。


「ただいま。」

「おかえりなさい。」

「はあ…」


つかれた表情を浮かべているあらたは、イスに座ったあと大きくため息をついた。


亜弥子あやこは、あらたに対してつらい表情で言うた。


あらた。」

「かあさん。」

「おかあさんからお知らせがあるから聞いてちょうだい。」

「お知らせ…」

「今朝早く…立浪課長がとつぜん倒れたわよ。」

「立浪課長がとつぜん倒れた?」

「うん…それで…きょうの夕方頃に亡くなったわよ。」

「亡くなられた?」

「うん…前々からわずらっていた脳こうそくが再発したのよ…」

「そうだったのだ。」


晃代てるよは、テーブルの真ん中に置かれている入れ物に盛られているみかんを一個手にしたあと、皮をむきながらあらたに言うた。


あらた。」

「ねえさん。」

「もうひとつ、お知らせがあるわよ。」

「もうひとつ…お知らせがある?」

「おじいちゃんが…近いうちにトクロー(特別養護老人ホーム)に入所することが決まったわよ。」

「トクローに入所するって?」

「犬山にあるトクローよ。」

「犬山。」

「入所の手続きは、犬山で暮らしている伯父おじさんがしたわよ。」

「そう。」

「同時に、この家もバイキャクすることにしたわ。」

「家を売る?」

「そうよ…しばらくの間は、犬山の伯父おじさま方ヘ転がり込む形になるわよ…伯父おじさまたちも『おいで』と言うてくださっているから…」

「分かったよ。」

あらたはどうするのよ?」

「えっ?」

「キョーリツ(銀行)をやめるのでしょ。」

「ああ…ミテジマ商事に籍を置いたままキョーリツで働くことは苦痛だよ…」

「それじゃあ、伯父おじさんに再就職のお世話を頼むしかないわね。」

「ああ。」

「それじゃあ、サイコンはするの?しないの?」

「しない…」

「そうよね…しない方がいいわよ。」


亜弥子あやこは、困った声で言うた。


「今の世の中は、どんなにいい大学を卒業したからと言うていい会社に就職できるわけはない…どんなにいい学歴で高収入であっても身の丈に合う相手おあいてと結婚できるわけはない…のよ…あらた晃代てるよも、最初から結婚して家庭を持つことに向いていなかったのよ…あらた三重子みえこさんとリコンした…晃代てるよもダンナと不仲になったのでリコンした…うちの子どもたちは、生まれた時から良縁えんがなかったのよ~」

「もういいわよ…やめようよ。」

「そうね。」


このあと、母子3人はひとことも言わずにみかんを食べた。


それから一ヶ月後であった。


あらたは、亜弥子あやこ晃代てるよといさおと一緒に家をバイキャクしたあと犬山ヘ移った。


いさおは、犬山市内しないにあるトクロー(特別養護老人ホーム)に入所した。


あらた亜弥子あやこ晃代てるよの3人は、伯父おじの家族たちが暮らしている家に一時滞在することになった。


その一方で、真央まおは実家に一時帰省することになった。


半兵衛はんべえの家族たちが暮らしていた家がバイキャクされた。


信孝のぶたかは、お仕事の都合で関西に移り住むことになった。


そして、あらたとリコンした三重子みえこは今も行方不明のままであった。


これにより、物語の最初の一幕が終わった。


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